09 魔力0おっさん、デートに連行される
「ふふっ、これはもうデートですね」
「……そ、そうだね」
街を歩いていると、機嫌の良さそうなシリカが腕を組んでくる。
慌てて解こうとするとがっちりホールドされてしまった。
どうやら力まで増しているようだ。
その細腕のどこにそんな力があるのかオルトは気になって仕方がない。あと昨日の手合わせで筋肉痛が酷いので力を込めるのはやめて欲しい。
そして、更に気になるのはやはり周囲の視線だ。
天下の剣聖が男と腕を組んで歩いているのだ。
どうしても視線が集まって来てしまう。
「オルト様、どうしてまたフードを?」
「……街中では師匠呼びで良いからね」
「え、良いんですか! ふふ、ふふふ、師匠、師匠ッ」
顔はおろか名前まで覚えられてしまっては非常にまずい。
何かの拍子に忌み子であることがバレれば全てが広まってしまう。もう二度とこの街に来ることは出来なくなってしまうだろう。
そんなことは露知らずのシリカは呑気に未だ腕を組んで、更には体まで寄せてくる始末だった。
もう訳が分からない。
シリカの成長した胸が腕に当たるので心臓に悪い。
「シリカ、どうして君はそんなにべったりなのかな。不思議でしょうがないよ、たった少し剣を教わったおっさん相手に」
「師匠だから良いんですよ。王都に来る前も、王都に着た後も、私の剣技に付いてこれる人は居なかったんです」
「まあ、シリカもう剣聖だからね」
「剣聖になる前もですよ? 私は常に教える側で、この人から剣を教わりたいなって思ったことなんて一度もなかったんです。その時、身に染みて思いました」
シリカがこちらを見上げてくる。
「ああ、やっぱり師匠ってすごい人だったんだなって」
にへ、とシリカが屈託のない笑みを浮かべてきた。
少しだけ照れたオルトは頬を掻きながら目を逸らしてしまう。
「これだけで師匠はもう私にとって特別な人なんです」
「だからと言って、良い年頃の娘がこんな冗談みたいな真似はするもんじゃないよ。それもおっさん相手に」
「冗談? 何を言っているんですか、本気ですよ?」
「じゃあ俺も本気になるよ」
「え!? 本当ですか!?」
「ははは、嘘だよ。冗談だって」
「えぇ~!? そ、そんなぁ~!」
なんてからかってやると、シリカは頬を膨らませて分かり易く怒りを表現していた。
シリカは年齢は今16歳か。
6年前で10歳だったのでやはりそうだろう。
16歳を超えれば立派な大人として世間では見られるが、やはり中年のオルトとしてはまだまだ子供としか扱えない。
腕を組んできたり、頬を膨らませたりと、仕草まで子供っぽいのでなおさらだ。流石に向こうがどうこう言ってこようが、残念ながら恋愛対象としては見れない。
しかしシリカはそうは思っていないようで、
「ちなみにどれだけ本気かと言いますとね、私、この王都で既に自宅を持っているんですけど」
「それはすごいね。その歳で家を持ってるなんて立派だよ」
「でしょう。ちなみに師匠のお部屋、既に作ってあります。いつか一緒に住めるようにと思って」
「へぇ」
怖っ、とオルトは思った。
「お庭には、専門の庭師に頼んで常にジャスミンを生けてあります。師匠、ジャスミンの香りが好きでしたよね?」
「何で知ってるのかな。教えたこと無い筈だけど」
「師匠の好きなワイン、『ヴァン・ド・フィニステール』も収獲年が優れた年代物を各種揃えてあります。我が家に来ていただければいつでもお楽しみいただけますよ?」
「何で俺がそのワインが好きだって知ってるのかな。ちょっと怖いよ」
「このワインを活かした料理も練習しました。ムール・マリニエールにワインリゾット、それにベッカフィーユなども。どれも師匠の好物ですよね?」
「だから何で知ってるのかな。どれも教えたことないんだけど……」
若干恐怖を感じて来たので、再び腕を解こうとするもやはりがっちりとホールドされてしまう。
「ねぇ、師匠」
頬をほんのりと赤く染めるシリカが、目を妖しく細めて見上げてきた。
「一度、我が家に来てみませんか?」
「今の聞いて行きたいと思う?」
「え……、ぜ、絶対来てくれると思ったのに……っ」
目に見えてがっくりと肩を落とすシリカが腕を解いて頭を抱えている。逆にあれでどうして来てくれると思っていたのだろうか。
ましてや良い年頃をした娘の自宅に招かれて、良い歳したおっさんがほいほい付いて行くと思っていたのだろうか。
色々まずいでしょ、とオルトは断固拒否の意志を示す。
「で、では、今日だけは私とデートしてください」
涙目でこちらに振り返ったシリカが昔と同じようにおねだりしてくる。こういうのにおっさんは弱い。シリカはよく分かっている。分かってないかも知れないが。
「まあ、それくらいなら」
それにオルトは了承した。
リーゼンから受けた仕事である、剣聖シリカを狙う者の排除。
彼女と一緒に居れば、もしかすれば何か情報を得られるかも知れないのだから。
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