08 魔力0おっさん、剣聖に出待ちされる



 その後、オルトが調子に乗って『存分に打ってくるんだ』と言ってしまったので、シリカは休憩もなしに木刀を次々に打ち込んで来た。


 時間が経てば経つほど、野次馬の騎士達が増えていく。


 それも当然のことか。

 邪竜を討伐してしまう剣聖と、その師匠が修練場で手合わせをしているのだから。


 オルトでもそんな噂話を聞いたら一目見たいと思ってしまう。


 だからこそ、オルトは『剣撃魔法』と偽っている自身の剣技を一切使用しなかった。


 野次馬している騎士達の一人一人のレベルが高かったからだ。


 シリカは既に気付いているかも知れないが、他の騎士がオルトの剣技を見た場合、それが偽りの魔法だと勘付く者が現れるかも分からない。


 シリカには悪いことをしてしまったが、手合わせの約束は果たしているのでそれで許して欲しいと心内で謝罪した。


 そして、


 

「──だあっ! つ、疲れたぁ~!」


 夜。


 散々、手合わせに付き合わされたオルトはようやく宿に帰還した。

 久しぶりに体いっぱい動いたので既に全身が痛い。


 シリカからはどうにかこうにか一太刀も受けることはなかったので、打撲などの怪我はなかったが、それでも体が悲鳴を上げている。


 毎日素振りしているとは言え、6年間も旅人生活を送っていると思った以上に体は鈍ってしまうらしい。


「おっさん相手に容赦なく打ち込んで来るんだもんなぁ」


 シリカの姿を思い浮かべる。

 彼女は魔法を用いて得意の剣技を放ってきた。


 空気がパチンと弾けると、急に動きが早くなるのだ。

 あれも魔法なのだろうか。受け流すので精一杯だった。


 オルトは魔力0ともあって、ほとんど魔法に対しての知識はない。なのでシリカがどんな魔法を使っていたのか全く分からなかった。


 だが、『雷』属性の魔力を用いて戦闘能力を向上させていたのだけは理解出来た。


「立派に魔法も覚えて……、本当に末恐ろしいよ」


 今回は手合わせとのことだったので、恐らくあの時のシリカは本気ではなかっただろう。


 それでも受け流すのに精一杯だった。

 本気を出した彼女は一体どれほどの実力を発揮してしまうのか。

 考えるだけで恐ろしかった。


「そもそも10歳で竜を討伐してるからなぁ」


 それほどの才能を秘めているからこそ、剣聖となったのだろう。


 パレードを見た限りだと、民衆の支持も厚いようだ。

 たった6年であそこまで登り詰めてしまうとは。


 忌み子であるオルトはちょっとだけ羨ましく思えてしまう。

 だが、そんな剣聖だからこそ、疎ましく思う者も居る。


「さて、明日からは一仕事だ」


 ギルドマスターのリーゼンからは、剣聖シリカを狙っている者が居るので排除して欲しいとの依頼を受けたのだ。


 元々この王都に来たのも、リーゼンから仕事を請け負って欲しいと言われたからだったのだが、まさかシリカの敵を排除して欲しいと言われるとは考えてもいなかった。


 普通ならば街の兵や、それこそ聖十字騎士団の仕事なのだろうが、わざわざ冒険者ギルドを通してオルトに仕事が回ってくるということは、何か訳ありなのだろう。


「ちょっと、守ってあげるとするか」

 

 シリカは強いのでわざわざ守ってやる必要はない気がするが、オルトは幼かった頃のシリカを思い起こしながら、今日はもう寝ることにした。




 次の日。

 さっそく街に出ようとすると、宿の前で一人の少女が出待ちしていた。


「あっオルト様! おはようございます!」


 シリカだった。

 今日は聖十字騎士団の鎧ではなく私服のようだ。


 軽いフリルのあるブラウスに、シンプルで長めのスカートを身に纏っている。しかし腰には帯剣しているので、剣聖としての自覚は忘れていない。


 大人っぽくもあり、どこか少女らしさが残るそんな私服姿を『似合ってるなぁ』と眺めながら、オルトは小首を傾げながらシリカに尋ねる。


「剣聖様がこんな所で何をしてるんだい?」


「師匠が街に滞在しているんですから、不自由ないように付き人として同行するのは弟子の役目です!」


「そ、そういうもんかなぁ」


 天下の剣聖様が何をしているんだとオルトは本気で頭を抱える。

 

「そもそも、たった1年ちょっとくらい剣を教えただけなんだから、弟子面するのはやめなさい。昨日だって少し手合わせに付き合っただけだよ」


「えぇ~! 良いじゃないですか、私が弟子で、オルト様が師匠でも!」


 言っても聞く耳を持たないシリカ。

 ここらへんはまだ子供っぽさが残っている。


 そして、そこに加えて、


「それに『俺の言いなりになるな』って教えたのは、オルト様の方ですよ? なので、私は好きにさせて貰います!」


「た、確かにそう言ったね……」


「でしょう!」


 狡猾さも兼ね備わっていた。

 変な所で成長を見せないで欲しいとオルトは思った。



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