07 剣聖シリカ、おっさんに叩きのめされる



 なんだ?

 今、何をされた?


 理解が追い付かないシリカは立ち上がり、もう一度手合わせを願い出る。


「も、もう一度……、もう一度お願いします」

「うん、いいよ。何度でもおいで」


 再度距離を取って互いに構え直す。


 オルトには手合わせと言い、手紙にもそう綴った。


 しかしシリカは手合わせのつもりはない。自身が師よりも強くなったことを証明する為に今日この場を整えた。


 つまり手加減は一切していない。

 なのに先ほどは訳も分からない内に一本を取られてしまった。


「行きますッ!」


 シリカが10歳の時に見つけた自身の最適解──抜刀術。


 そこから放たれる一撃は6年の鍛錬を経て、魔法も加わったことでより完成度が増している。


 バチン、と奇妙な音が響いたと同時に、シリカが一瞬でオルトへの間合いをゼロにする。


 この歩法は『雷』属性の魔力を用いて自身の筋力に圧力を掛け、限界以上の移動速度を実現する【神速魔法】だ。


 常人なら反応すら出来ない。

 だがオルトの目線はしっかりとシリカに合わせられている。


「せあッ!」


 シリカは神速を維持する。


 そこから放たれた居合切りは神速魔法の威力が乗る一撃だ。

 なのに側面から木刀を合わせられて力を受け流されてしまう。


「よっと」

「あっ!?」


 オルトに足を掛けられ、体勢を崩された。


 シリカは勢いそのまま前方に体を傾けるも、前足を出してなんとか踏みとどまる。しかし背後のオルトに後頭部を木刀の先端で小突かれてしまう。


「ほら、2本目だ」

「……ッッ!」


 2本目。

 実戦なら二度死んでいる。


「す、すごい反応速度ですね。何か魔法を使っているのでしょうか?」


「いや? ちゃんと目で見て合わせてるよ」


「魔法を用いずに私の剣を? じ、冗談を。いくらオルト様でもそんなことは……」


「出来る。このまま不意打ちを受けても対応出来るよ」


 と、言われたのでシリカは腕に【神速魔法】を掛けて斬りかかった。


 雷撃の様なスパーク音が修練場に響くも、オルトの体がまるで陽炎のように揺らいで木刀が空を切ってしまう。


「……くッ!」


 また何かの魔法を使ったのかと思ったが、違う。

 オルトは半歩下がってこちらの木刀を躱しただけだった。


 体が揺らいで見えたのは、オルトが用いる独特な歩法のせいだろう。

 それを見ていた野次馬の騎士達も目を疑っていた。


「な、何だ今のは?」

「お師匠様の体が揺らいで見えたぞ」

「魔法、なのか?」


 彼らもシリカと同様に狼狽えている。

 このままではいけない。

 

「それならば、これはどうでしょうか!」


 再び腰に木刀を添えて重心を落とす。

 神速の魔法を合わせた『剣撃魔法』──飛ぶ斬撃だ。


「おっと」


 放たれた横一文字の斬撃を相手に、オルトが空を蹴って身を横に回転させた。


 オルトの背を寸前で斬撃が通過する。

 シリカの飛ぶ斬撃は、そのまま修練場の壁に施された結界に吸収された。


──まずい。


 地に足を下ろしたオルトを見て、シリカは反射的にその場から飛び退こうとするも判断が遅かった。


 コン、と木刀で頭を小突かれてしまう。


「そら、3本目だ」

「…………ッ!!!」


 3度目の敗北。

 シリカは思わず力が抜けて、手にしていた木刀を床に落としてしまう。


 その瞬間、野次馬の騎士達から拍手と喝采がオルトへと送られた。


「ま、まさか剣聖様を圧倒するとは」

「素晴らしいです! 良い物を見せて貰いました!」

「すごい……まさに達人の域」

「シリカ様があなたを師匠と仰ぐ理由が分かりました」

「これがのシリカさんのお師匠様の実力かッ!」


 騎士達の称賛の声を聞いてシリカは青い顔をする。


 これが師匠の実力?

 違う。


 オルトは以前に教えてくれた『剣撃魔法』を一切使用しなかった。彼の実力はきっとこんなものではない。


 いくら手合わせという名目であっても、剣聖シリカはオルトの実力の一端すら引き出すことは叶わなかった。


 遠い、遠すぎる。

 剣聖に登り詰めてなお、師との距離が計り知れない。

 

 オルトを守ってあげられるようになったなどと、そんな甘い考えを持っていた自分がおこがましく思えてくる。


 完膚なきまでに叩きのめされたのはシリカの方だった。


「シリカ」

「……は、はいっ」


 オルトがこちらの肩に手を置いてくる。


「君は今まで出会った相手にどう戦ってきた」

「す、全て……一撃に」

「だから反撃を受けた場合の対応が甘いんだ。行動を読むことを心がけよう。最低でも一手二手先まで考えておかないと、いつか痛い目を見る」

「……はい、すみません」


 邪な考えを持っていた自分に、オルトはまだ師でいてくれている。


 シリカは心から自身の行いを反省した。

 

「さあシリカ、手合わせしたかったと手紙に書いていたね。胸を貸してあげるから、存分に打って来るんだ」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

「なんだか色々とごちゃごちゃ考えてるみたいだけど、今は忘れると良い」

「……お見通し、だったんですね。では、お言葉に甘えさせてもらいます」


 オルトは剣を構えると目つきが変わる。

 6年前、あの姿と面構えに憧れを抱いたことを思い出す。


 シリカはその時の心情を思い起こし、雑念を捨てて剣を構えた。


(ぐうううう! 久しぶりのあの目つき! ああ、カッコイイ! やっぱりカッコイイ! ああああ雑念が捨てられないぃぃ!!!)


 しかし心を新たにしてもシリカは雑念を捨てられなかった。


「また何かごちゃごちゃ考えてないかい?」

「考えてません」


 シリカははぐらかした。



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