05 魔力0おっさん、騎士団に連行される
シリカからの手紙には『明日の朝、迎えに行く』と書いてあった。
なんでもまた剣を教えて欲しいとのこと。
6年前の約束を心待ちにしていたらしい。
「師匠! おはようございます! シリカです! お迎えにあがりましたよ!」
宿屋の前にやたらと豪華な馬車が止まったと思えば、騎士団の鎧を着込んだシリカがオルトを出迎えてくれた。
左胸の拳を当てて敬礼する姿がサマになっている。
もう、小さかった頃のシリカではないことを寂しく思う反面、立派に成長した彼女の姿を見てオルトは少し誇らしくなる。
たかが1年ちょっと、剣を教えただけで保護者面するのもあれだが。
「師匠! お話したいことが山ほどあるんです!」
金の装飾が施された真っ白な馬車に乗り込むと、シリカがそう言って何故か隣に座ってくる。
どうして対面の席が空いているのに隣なのだろうか。
若干、居心地の悪さを感じたオルトが端に寄ると、空いたスペースを埋めるようにツツ―とシリカが腰を滑らせて来る。
手紙に付いていた物と同じジャスミンの香りがシリカから漂ってくる。どうやらこの香りがお気に入りらしい。
「し、シリカ? どうして隣に?」
「何か問題がありますか? だって久しぶりの再会なんですよ?」
ふふっ、と悪い笑みを浮かべるシリカ。
こんな小悪魔みたいな女の子だったかなとオルトは自身の記憶を疑う。
問題があるかないかで言えば、問題はやはりあるだろう。
御者の騎士がこっちをチラチラと見ている。
「アベル、あまりチラチラ見てこないでください」
「す、すみません……、シリカさん」
チラ見していた騎士がシリカに注意を受けていた。
オルトは気休めとして上着のフードを被る。
「……どうしてフードを?」
「こっちの話だよ、気にしないで」
たとえシリカ相手だとしても忌み子であるとは言えない。
この街でそれを知るのは昔馴染みのリーゼンだけで良い。
これ以上、身の内を知る者の数を増やしたくはない。
「……それは、師匠が同じ街に3日以上滞在しないことと何か関係があるのですか?」
「どこでそれを聞いたんだい」
「ふふふ、耳が良いのですよ。それと、人里に下りていた頃もそうでしたからね」
人差し指を立ててシリカが得意気に鼻を鳴らす。
そして指を折り畳むと、今度は小指を差し出して来た。
「この約束を覚えていますか? また、剣を教えてくれると」
「ああ、覚えてるよ」
「ではどうして、あれから何年も、孤児院に来てくれなかったんですか?」
「う~ん……実はね、シリカに刺激を受けて旅に出てたんだよ」
「旅ですか?」
「旅に出ている間、本当に色々あったんだよ。竜と戦ったり、逆に竜に懐かれたりとかさ」
他には魔女と恐れられる魔術師に命を狙われたりだとか、自分を弟子にしろと暗殺者に殺され掛けたりとか、
「とにかく忙しくてね。会いに行けなくてごめんね」
「竜に懐かれたり、魔女に狙われたりって……、本当に師匠って何者なんですか?」
「何者でもないよ、今の俺は旅人だからね。それに前も言ったけど、君の師匠になったつもりもないから、その呼び方はやめなさい」
「えぇー! じゃあなんと呼んだら良いんですか? 名前だって以前は教えてくれなかったじゃないですか」
剣聖の師匠呼びがとにかく目立つのでオルトがやめるように促すと、シリカから暗に名前を教えろと言われてしまう。
「師匠……、お名前を、教えて貰っても良いですか?」
今度は直接言われる。
その姿はあの頃『教えて教えて』とおねだりして来た時と重なる。唯一違う点は上目遣いを使用してきたところか。
女の子という武器をここぞとばかりに使ってくる。
おっさんはこういうことされると弱いのだ。なのでオルトは溜息を吐いて名乗ることにした。
「……オルトだよ」
まあ、シリカに名前を教えても問題はないだろう。
ついでに馬車の御者をやっている騎士にも聞かれてしまうだろうが、きっと彼はシリカと近しい人物の筈だ。でなければ剣聖が乗る馬車の御者は任されない。
恐らくは剣聖に剣を教えた者の名を売るだなんて真似はしないだろう。
その剣聖が師匠に体を近付けて上目遣いしているので、御者の騎士がすっごい目で睨みつけて来ているのが気になってしょうがないが。
やっぱり名乗るのはまずかったかも知れないとオルトは思った。
「おると……オルト。ふふっ、オルト様っ」
しかし隣のシリカが嬉しそうな顔をしていたので、これはこれで良いかとオルトは考えることにした。
そしてしばらくもすれば、馬車が向かっていた目的地が見えて来る。
やがて馬車が止まったのは、聖十字騎士団の本部だった。
オルトは目に見えて顔を青くする。
「し、シリカ? なんでここに?」
「ふふっ。オルト様の剣を騎士の皆さんにも見て貰いたいと思いましてですね。きっと彼らもその剣技を見て一層レベルアップを果たすでしょう」
なんて言ってシリカは小悪魔のような笑みを浮かべていた。
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