04 魔力0おっさん、お誘いの手紙を貰う



 剣聖様の功績を称えるパレードも終わり、夜の静けさが戻ってくる。


 宿屋『野郎の墓場』に戻って来ていたオルトは、椅子に腰を下ろしながら今後どうするかについて考えていた。


「さて、これからどうしようかな」


 オルトは山の中で暮らして居た頃から、もし人里に下りたとしても3日以上は滞在したことがない。


 それは忌み子であることがバレるのを防ぐ為であり、この王都でも3日以上は滞在しないつもりだった。


 今日、初日は旅を続けるのに必要な物資を買い集めていた。


 パレードでは剣聖になったシリカに公衆の面前で『師匠!』と言われて注目を浴びてしまったが、あの場からはすぐに立ち退いたのでオルトの顔を覚えている者は少ないだろう。


 試しに買い出しに市場へ足を運んでも、オルトの顔を見てどうこう言ってくる者はいなかった。


 剣聖に剣を教えたことはバレていない。


 それは良かったと思う反面、シリカに申し訳ないことをしてしまったと反省する。しかし、これはオルトの生き方なので今さら変えることも出来ない。


「明日、ちょっと顔を出しみた方が良いかなぁ」

「ああ、そうしなよ」


 借りた自室で独り言を呟いていると、背後に居た宿屋の女主人レイゼスの肩を叩かれる。


「うおッ!? 何勝手に入って来てるんだよレイゼス!」

「何回もノックしたさ。あんたが気付かなかっただけさね」


 はぁ、と溜息を漏らしたレイゼスが一枚の手紙を差し出してくる。


「これは?」

「見て分からないかい?」


 手渡された手紙には『聖十字騎士団』の封蝋が押されていた。

 裏返してみると差出人である剣聖シリカ・オルキスの名が刻まれている。


 どうやらこの宿屋に泊まっていることは既にバレているらしい。


「あんた、シリカちゃんの師匠なんだってね」

「……どこで聞いた?」

「シリカちゃんがこの手紙をあたしに渡して来た時に言ってたんだよ。これを師匠によろしくってね」


 今日この宿に泊っているのはオルト一人しか居ない。

 自動的にシリカの言う『師匠』とはオルトということになるだろう。


 それはともかく、


「あの子、何でここに居るって知ってるんだ」

「剣聖様は何でもお見通しってことじゃあないかい?」

「ちょっと怖いなぁ」


 6年前はその才覚に恐ろしさを感じたが、今は何か別の意味で恐ろしさを感じてしまう。


「ちょっとオルト、これお願いね」


 なんて顔を青くしていると、レイゼスが一枚の色紙を差し出してくる。


「なんだいこれは」


「アンタ、シリカちゃんの師匠なんだろ? それにサイン書いとくれよ。剣聖様の師匠が宿泊した宿だってサイン掲げて宣伝したら、絶対に商売繁盛するに決まってるさね」


「レイゼス、あんたきっと長生きするよ」


「余計なお世話だよ」


 オルトは色紙へのサインを断らせて貰うことにした。

 忌み子なので注目を浴びるのは非常にまずい。


 しかしこの部屋にはシリカのサインが飾ってあったので、あちらの方にはサインを貰うことに成功しているようだ。


「シリカはここに一週間泊ったことがあるって言ってたね? その時は俺のこと、何か言ってた?」


 そのシリカから貰った手紙を開封する傍らに、オルトは自分のことをどう言っていたのかをレイゼスに尋ねた。


 純粋な好奇心だ。

 彼女は自分のことをどう思っていたのだろうかと。


 しかし尋ねられたレイゼスはなんとも言えない表情をしていた。

 眉間に皺を寄せて表情を引き攣らせている。


「な、なに?」

「シリカちゃんはね、アンタのこと……こう言ってたよ」


──『とても格好良い人! 何て言えば良いだろう、男性的であって、でも面倒見が良くて心優しい人! 身長が高くて、とにかく格好良いの!』


 と。


「それがこれとはね。死んだ魚みたいな目してるじゃないかい」

「うるさいなぁ」


 他には、ほんのりと頬を染めてこう言っていたらしい。


──『たった1年ちょっとしか一緒に居られなかったけれども、とても幸せで充実した日々だったなぁ。あの頃に戻れるなら戻りたい。ああ、そうそう。師匠はね、目がキリっとしていて……、その目で見据えられると、こう、胸がドキドキと──』


 だとか、なんだとか。


「死んだ魚みたいな目しとるじゃないかい」

「今日でそれ言ったの3回目だからね」

「じゃあ改善することだね」


 鏡を見てみると確かに目元のクマが濃くなってきている。

 レイゼスの宿でぐっすりと眠れば、少しは改善するだろうか。


「あんたの死んだ目なんてどうでもいいさ、それより手紙にはなんて書いてあったんだい?」


「そうだなぁ」


 手紙を開封すると何故かジャスミンの香りが広がった。


 恐らく魔法で香り付けをしていたのだろう。

 貴族社会や上流階級、または若者の間では手紙に香りを付ける風習があるらしい。

 

 なんでもおしゃれだとかなんだとか。

 剣聖となってもシリカは女の子なんだなと思わせられる。


 そして、手紙にはこう綴られていた。


────

 拝啓 旅人さんへ。

 お忙しい中、このような手紙をお送りしてしまい、誠に申し訳ありません。ですが、どうしてもお伝えしたいことがあり、勇気を振り絞って筆を取りました。


 もしよろしければ、師匠にまた稽古を付けていただけたらと、お願いしたく存じます。


 私、まだまだ未熟な部分が多く、師匠の教えをさらに深く学びたいと強く願っております。


 師匠と手合わせ出来ることが叶うのならば、これ以上の喜びはございません。

──── 


 女の子らしい柔らかい字で綴られた手紙の最後には、こう書かれている。


──明日の朝、迎えに行きますね。



「積極性の塊みたいな子になったなぁ」


 昔、自主性が足りないとして教えを説いたことがあったが、どうやら反動で積極さが振り切ってしまったらしい。

 


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