03 魔力0おっさん、剣聖に『弟子面』される
「私です、シリカです! 覚えておりませんか?」
オルトが困惑する顔を見せたことで、シリカは少々不安になってしまったのだろう。
なにしろ6年の歳月だ。
オルトが自分を忘れてしまったのかも知れないと、そんな不安を表情に灯してオロオロしていた。
しかしオルトからすれば、10歳でドラゴンを討伐するという非凡な才能を見せたシリカを、忘れてしまうことなんて出来やしなかった。
「いや、ちゃんと覚えてるよ」
「ほ、本当ですか……ッ!」
シリカが目元に浮かべた涙をそのままに、パッと表情を明るくさせる。
とても眩しい笑顔だった。
剣聖という称号がそう感じさせるのか、忌み子であるオルトには目を背けたくなる光を発しているような気がした。
身長は160くらいだろうか。
昔はオルトの腰より低かった癖に、今は見上げて来るその顔が以前よりもだいぶ近くなっている。
色気を覚えたのか髪も綺麗に整えられており、肩の高さで切り揃えられたそれは金糸のように陽光を反射している。
見違えた。
オルトはそれしか言えなかった。
「でしょう! 私、あなたに認めて貰えるように、あれから6年間ずっと……鍛錬と研鑽を重ねて来たのですから!」
でなければ困ります! と言って、シリカは剣聖となった今でも変わらず、当時の人懐っこい笑みを浮かべていた。
オルトは記憶の奥で「師匠!」と幼いシリカに囁かれた気がしてくる。
大きくなったシリカとの再会に思わず目柱に熱が篭ってくるが、これはこれで少々まずい事態でもある。
周囲の民衆がざわざわとしながらこちらに視線を寄せているからだ。
「今、剣聖様があの人に師匠と言わなかったかしら?」
「ああ、言った。じゃあまさか、あの人が噂の」
「まだ決まった訳じゃ……」
「剣聖様が目の前で師匠と言ったんだぞ」
「腰に剣を差しているし間違いない」
興味、好奇の目が集まって来ている。
そこでオルトはギルドマスターのリーゼンが言っていた話を思い出した。
── すげぇよな、邪竜を討伐する剣聖様を鍛えた師匠が居るなんてよ。今、街中じゃ結構な話題になってるぜ。
そんな話をリーゼンが口にしていた。
だから視線が集まるのだろう。
オルトに対してではない。
剣聖の師匠として今は注目の的にされている。
魔力0の忌み子であるオルトとしては今の状況は非常にまずい。注目を浴びるということ自体に危険が孕んでいるのだ。
顔を覚えられると今後に支障が出るかも知れない。
「シリカ、ひと目会えて良かったよ。じゃあね」
「え?」
次の瞬間、忽然とオルトの姿が消失した。
野次馬たちの目にはそう映っただろう。
聖十字騎士団の騎士達も、人間が目の前で突然姿を消したので驚いていた。
「し、シリカ様ッ!? い……今のは」
「彼がお話にあった例のお師匠様……なのですか?」
シリカがそれに頷く。
「いやはや、流石ですな。まさに疾風の如し、目にも止まりませんでしたよ。一体どんな魔法を使ったのか……、剣聖様には心当たりが?」
シリカはそれに頭を振るう。
「いや、分からないです。あの人は常日頃からそうでしたから。いつも何か隠している様な、そんな不思議な人でしたよ」
そう言って寂しそうに小さく笑みを漏らしたシリカは、オルトが飛んで行った上空を見上げる。
独特な歩法だった。
そこらの者が目にも止まらぬと評価するのは当然だ。
空を蹴っていた気がしたが、気のせいではないだろう。
あれは果たして魔法なのだろうか。
だとすればこの魔法はまだ教えてもらっていない。
6年前は【剣術魔法】を教えて貰っただけ。
「師匠、6年前の約束……守ってもらいますからね」
誓いの指切りを思い起こしたシリカは、涙を指先で拭ってパレードへと戻った。
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