02 魔力0おっさん、少女と再会する



 パレードを眺めに行く前に、オルトは先にとある宿屋へ立ち寄っていた。


 看板に『野郎の墓場』と書かれているここは冒険者ギルドが紹介してくれた宿屋で、経営しているのはレイゼスと言うリーゼンの奥さんだ。


 彼女もまた孤児院に居たのでオルトは懐かしく思う。


「おっさんになったね、アンタ」


「久しぶりに会って一言目がそれなんだ」


「だってアンタ、死んだ魚みたいな目してるじゃあないかい。どうせならもっと、ピチピチで若いイケメンを泊めたいよ」


「レイゼス、俺も噂の剣聖様みたいに可愛い子が看板娘やってる宿に泊まりたかったよ」


「アンタも大概失礼な奴だね。おばさんで悪かったよ」


 ほら入りな、と言われてレイゼスに案内されるまま廊下を進んでいく。


 話は既に通っていたようで、割と広めで小綺麗な一室に入れて貰えることになった。


「そう言えばオルト、あんたは剣聖様のこと知っとるのかい?」

「いや、知らない。見た事もないよ」

「じゃあ何で可愛いって知ってるのさ」

「リーゼンに聞いたんだよ」

「まったくあの色ボケは」


 レイゼスがコメカミに青筋を立てて溜息を吐いている。

 オルトは荷物を部屋の隅に寄せてレイゼスに振り返った。


「レイゼスは剣聖様のこと知ってるのか?」

「ん? ああ、そうだね。聖十字騎士団に入団したばかりの頃……、と言っても一週間だけど、今まさにこの部屋に泊ってたんだよ」 

「へぇ~」

「変なこと考えるんじゃないよ」

「レイゼスが見てる前で何するって言うんだよ」

「おぞましいこと考えるんじゃないよ。変態だね」


 おぞましいのはあんただよとオルトは思った。

 

「それで、どんな人だったんだ?」


 上着を着替えて部屋を後にし、廊下を進む傍らにレイゼスに尋ねる。


 リーゼンはあんまり関わったことがないと言っていたが、実際に宿に泊めていたというレイゼスなら多少は詳しい話が聞けるだろう。


「良い子だよ。めんこいしね。曲がったことは大嫌いで信念を貫き通す、まさしく騎士みたいな娘だったよ。この街に居たチンピラ共を全員しょっぴいちまう程さ」


「随分出来た子なんだな。どっかの上流階級出の人間なのか?」


「いや? 田舎の村出身って言ってたね」


 騎士は基本的に貴族出身の者が多いのだが、剣聖様は違うらしい。


 レイゼスいわく田舎出身とのことで、そのせいもあってか国王や貴族の言い付けであっても、自身が間違っていると感じたら『私は誰の言いなりにもならない』と言って断るらしい。


 『剣聖』は神に見初められた存在だ。

 だからこそ通せる我儘だろう。


「いいね、結構好きだよそういうの」

「何でもお師匠さんに『言いなりになるな』って教えられたらしいよ」

「なるほどね、師あって弟子ありって感じなんだ」


 6年前にシリカにも似たようなことを言ったのをオルトは思い出す。


 また剣を教えると言ってから6年経つが、旅に出てしまったので、それ以来は会っていない。


 オルトは今回、王都でひと稼ぎしたお金でお土産を買って、シリカが居る筈の孤児院に顔を出すつもりだった。


 元々可愛らしい子だったので、今ではきっと美人になっているだろう。


「じゃあ、その剣聖様を拝んでくるとするかな」

「失礼するんじゃないよ」

「分かってるよ。どうせ見るだけだしね」


 宿屋『野郎の墓場』を後にし、王都と外界を一本で繋ぐメインストリートへと足を踏み入れる。


「これはすごいな」


 大通りの両側には無数の旗が風になびき、白や金の絹で飾られた大きな紋章が高く掲げられていた。


 太鼓の低い響きが街中に鳴り渡り、ラッパの音が高らかに鳴り響いている。


 丁度タイミングが良かったのか、聖十字騎士団の行進と思しき先頭集団がチラリと遠くで見えた。


「あの子が剣聖様か……」


 行進が進んで剣聖の姿が見えると、群衆から歓声が沸き起こる。


 『剣聖様! 剣聖様!』と叫ぶ声が次第に大きくなり、メインストリート全体が彼女を称える声に包まれていく。


 綺麗な金色の髪をした可愛らしい少女だった。

 

 今は群衆の前に居ることもあってか柔らかそうな笑みを浮かべ、自身を称える民衆に向かって白馬の上から愛想よく手を振っている。


 笑みを浮かべるその剣聖の顔を見て、リーゼンが『可愛いと評判だ』と言っていたのも頷けた。


 行進する騎士達の後方では、剣聖が邪竜を討伐した証として、巨大な竜の鱗を掲げる騎士達が居た。


 あんな虫も殺せ無さそうな子が、邪竜を討伐したのいうのだからオルトも驚きである。


 それと同時にとある疑念が浮かんできた。


「……どこかで見たことがあるような」


 剣聖の碧色の瞳を見て、オルトはふとそう思った。

 目元も口元もその眉も表情も、どこかで会ったような気がしてならない。


 オルトは旅人なので、もしかすればどこかで顔を見た可能性もある。しかしあんな子を一度でも見れば絶対に忘れないだろう。


「ん?」


 なんて剣聖の顔をじっと眺めていると、ふとその剣聖と目が合った。


 その瞬間、今まで笑みを浮かべていた彼女は目を見開く。まるで時間が止まったかのようにピタリと身振りで手振りを止めてしまう。


「な、なんだ?」


 こちらに目を合わせたままの剣聖が、馬を止めて飛び降りる。


 その拍子に彼女が身に纏っている鎧がガシャリと音を立てると、パレード隊がそれに驚いて音楽を止めてしまう。


 突然のことで周囲の騎士達もまた驚いていた。


「け、剣聖様? どうかされたのですか?」

「何か異常があれば、私達が対応しますので……」


 困惑する騎士達が剣聖に声を掛けるも意に返さない。


 まるで信じられないものを見たかのような表情をする剣聖が、無言のままオルトの方へと進んでくる。困惑する群衆が道を開ける。


 そして、オルトの前に彼女は立ち尽くした。

 何かを伝えようとしているが、上手く言葉が出ないと言った様子だ。


「あ、あぁ……ッ」


 目元いっぱいに涙を溜めて、肩を震わせている。

 オルトは訳も分からず『な、なんですか?』聞き返してしまった。


 すると、剣聖は左胸に拳を当ててオルトに敬礼する。


「師匠! お久しぶりです! 私です、シリカです!」


「……は? え、シリカ? 君シリカか!」


「そうです! 6年前に師匠から剣を教わったシリカです!」


 ぐッと涙を堪えるシリカが再びオルトに向かって敬礼する。


 行進の後方に居る騎士達は呆気を取られたのか、手にしていた鱗をその場に落としていた。



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