05 誓いの指切り──未来の剣聖へ



 シリカが家に来てから一年が経過した。


 四か月ほど前に『君が君で考えて』と教えた甲斐もあってか、シリカが自主性を見せるようになり、一人で山に修行に入ったりするようになった。


 剣の腕前も更に何段階にも上に押し上げ、今ではオルトが見守る必要もなくなってしまう程。


 以前は『教えて教えて』が口癖だったのが、現在は『知りたい』に変わっていた。


「……師匠は、どうしてこんな山の中で一人暮らしをしているんですか?」

「皆から嫌われてるからだよ」

「で、でも、たまに人里に下りてるじゃないですか」

「どうしても必要なものは買い物に出なくちゃいけないからね」


 一年経った今でもオルトは忌み子であることを明かしていない。


 オルトは稀に必要あって人里に下りることがあるも、あれは獣の皮や角などを売りに行き、薬などの必需品を買いに出掛けているからだ。


 忌み子であることがバレるのを防ぐ為に、必ず3日以上は滞在しないようにしている。


「なんで……、師匠はこんなに優しいのに」


 そんなオルトを見てシリカは悲しそうな顔を浮かべてくれた。

 優しいのはシリカみたいな子のことを言う。とオルトは考えている。


 

 そこから更に2ヶ月が経ち、シリカの剣技も更に上達してくると、


「師匠が剣撃魔法を使う時って、どうして師匠から魔力が感じられないんですか?」


 とシリカが尋ねてきた。


 オルトはこの時が来るのを恐れていたが、同時に楽しみでもあった。

 

 この質問をぶつけてくるということは、オルトの剣撃魔法が魔法ではないことにシリカが気付けたということ。


 立派に成長した証とも言えるだろう。


「魔法じゃないからだよ」

「え?」


 忌み子であることは伝えない。

 代わりとして、オルトはずっとお金を貯めて、やっとのことで購入した一本の高価な剣を取り出した。


 それをシリカへと渡す。

 

「これは?」

「別に流派はある訳じゃないけど、免許皆伝の証と言って良いのかな。シリカ、これで本当にもう、君に教えることはなくなったみたいだね」

「……は、え?」


 シリカは目を丸くしていたが、オルトははっきりと伝える。


「山を出てすぐ近くにある村に、孤児院をやっている教会がある。これからはそこで暮らすと良い。君みたいな小さな子供を、ずっとこんな寂れた山の中に置いておく訳にはいかない」


「え、い……いや、私、ずっとここで……」


「既に院長とは話を付けてある。いつでもここを発って大丈夫だ。それにシリカには、目的があるんだろう?」


 彼女が初めてこの家に来た時、復讐心に駆られていた目をしていたことを覚えている。


「わ、私の目的は、お父さんとお母さんを殺した悪人を掴まえることです。でもそれは、ここに居たって……」


「駄目だ」


 シリカは才能溢れる子だ。

 こんな山の中に居るより、世の中に出るべきだろう。


 その背を押してやるのが大人の役目だ。


 それに村の教会で孤児院をやっている院長とは古い仲だ。

 オルトが故郷を追われた忌み子であることを知っても、彼は手を差し伸べてくれた。


 あの院長ならシリカを悪いようにはしないだろう。

 だからオルトはシリカに告げる。


「3日以内に、ここを出ていくんだ」


 と。







 それからシリカは口を聞いてくれなくなってしまった。

 毎朝、山に入っては修行に明け暮れている。


 そして夜中に衣服をボロボロにして帰って来たかと思えば、水浴びをしてすぐに寝床に就いてしまう。


 これが2日間続いたので、オルトは胃が痛んで眠れなかった。


「ぐうううぅ! やっぱりあんな言い方しない方が良かったかッ!」


 オルトは子供を持ったことがないので、子供との接し方がよく分からない。


 シリカの為を思って厳しい言い方をしたが、却って彼女に悪いことをしてしまったかも知れない。


 毎日ボロボロの状態で帰ってくるので心配が勝る。

 怪我はしていない様子だったが。


 今日も、3日以内で出て行くように伝えた最終日だと言うのに、シリカは日も出ていない内に山の中へと入って行ってしまった。


「眠れない」


 4時間後。

 日が差し込んでくる。


 すると、


「師匠! お別れを告げに来ました!」


 家の外からシリカの声が聞こえてきた。

 その直後にズシンと地面が揺れる。


 何事かと思ってオルトが慌てて家から飛び出ると、


「ど、ドラゴン……」


 以前、シリカに話していた竜の首が転がっていた。

 その首の前で、ボロボロの姿をしたシリカが手渡した剣を持ってこちらに手を振っている。


「シリカ? それは?」

「以前聞いたドラゴンを討伐してきました! その証拠です!」

「は、はぁ……」


 やるなぁ、とオルトは感心した。

 それでここ数日、毎日山に入っていたのかと納得する。


 それと同時に何故、竜を討伐したのかが気になった。


「どうしてドラゴンを?」

「師匠にもう教えることはないって言われて思ったんです。本当に私は一人前になったのかなって。だから、腕試しして来ました!」

「……すごいね。びっくりしたよ」


 シリカは今年で10才だ。

 そんな子供が単身で竜の討伐を果たしてしまったと。


「だけど苦戦しました! だから、私はまだまだなんです! だから……」


 そう言って剣を鞘に納めたシリカが、目元に涙を浮かべてオルトの方へと寄ってくる。


「約束通り、ここを発ちます。でも、まだ未熟者の私に、また今度、剣を教えてください……」


 シリカが泣いている。

 どうやら今日を、オルトと会う最後の日にしたくなかったらしい。


 だから竜に苦戦したという建前を作って、約束を取り付けに来たのだろう。自主性は身に付いたようだが、まだまだ精神的には未熟者だと確かに感じる。


「そうだね。また今度、剣を教えてあげるよ」

「本当……、ですかッ!? 約束ですよ!」

「うん、約束だ」


 オルトはその場にしゃがんでシリカと目線を合わせる。


 そして小指を差し出した。

 シリカも目元に涙を溜めながら小指を出してくる。


「絶対……、ですからね?」

「ああ」


 頷いたオルトは強く指切りを交わした。



 これが幼いシリカとの最後の記憶だった。

 そこから6年が経ち、オルトはこの山の中ではなく、王都で彼女と再会を果たすことになる。


 『剣聖』にまで登り詰めたシリカと。


 

 そんなことをまだ知らないオルトは、たくましく成長したシリカの背を見送ってポツリと呟いていた。


「外の世界か」


 山の中で何年も引き篭っていたが、外の世界にはシリカというとんでもない才能を見せる子がいた。


 少しだけ、興味が湧いて来る。


「俺も、出てみるかな」

 



 

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