04 魔力0おっさん、不慣れに教える



 シリカが家に来てから8ヶ月。

 オルトは彼女にありとあらゆる【剣撃魔法】を身に付けさせていた。


 本来ならゆっくりと段階を踏んでいきながら 自身が編み出した剣技を教えていきたかったのだが、シリカが全てにおいて飲み込みが早過ぎるのと、


『師匠! 次はッ! 教えて教えて!』


 このおねだり攻撃に耐えることが出来なかった。



──「師匠、ただいまです!」


 太陽が真上に登ったお昼の時間。

 早朝に森へと入って行ったシリカが、何やらでかい荷物を引き摺りながらオルト家に帰還した。


 引き摺っていたのは巨大なイノシシだった。


 この猪は『ホーンボア』と呼ばれる危険生物であり、森を出てすぐ近くにある村では危険生物と認知されている。


 討伐する際には大人の手が10人必要になる程の生き物だ。


 それをシリカはたった一人で討伐して来てしまったらしい。以前のボロ雑巾みたいだった頃が既に思い出せなくなってくる程の成長だ。


 シリカは魔力の扱いも上手であり、身体能力を高めることで簡単に巨大イノシシを引き摺って来られる。


「すごいねシリカちゃん、どうだった?」

「ちょっと苦戦しましたけど、師匠の炎剣で無事倒せましたよ!」


 オルトが教えた剣撃魔法の一つ──『炎剣』とは、剣を高速で振るうことで空気との強い摩擦を起こし、剣身自体を発火させる剣術のことだ。


 しかしホーンボアに火傷の痕跡はなく、腹の一部分が抉れたように焼け焦げていた。


 これはシリカが扱う炎剣が成せる技だ。


「シリカちゃん、ちょっと炎剣見せてみて」

「え? あ、はい。良いですよ」


 頷いたシリカがホーンボアから手を離して木刀を一振りした。


──ボンッ!

 と空気が爆ぜる音が響き渡る。


 シリカが炎剣を使うと、何故か空気が爆発してしまう。

 あれはもう炎剣じゃなくて爆剣だ。


 この技に関してだけは、シリカはオルトよりも優れている。

 32年の研鑽を数か月で追い抜かれてしまったので、オルトは驚くことしか出来ない。


「それ、人に使ったら駄目だからね」

「はい! 分かりました!」


 その後、二人でホーンボアの処理を行い、採れたての肉を調理して腹ごしらえすると、さっそくシリカのおねがり攻撃『教えて教えて』が始まった。


「師匠! 今日は何を教えてくれるんですか!」

「う~ん、それなんだけどさ」


 シリカには自主性がない。


 今回森へ修行に出ていたのも、オルトがそう言い付けたからだ。的を相手にただ木刀を振るうだけでなく、生きた生物と剣を交えた方が良いと考えてのこと。 

 

 でなければ、シリカは延々と的を相手に木刀を振るっていた。

 自分で考えるという発想自体がシリカには欠けている。


「シリカちゃん、このままだと君は俺に依存してしまうかも知れない」

「別に良いじゃないですか、私は弟子なんですし!」

「最初に言ったよ、師匠になるつもりはないからって」


 オルトは困っていた彼女に手を差し伸べただけだ。

 大人の手が必要だと判断してそうした。


 ホーンボアを一人で狩ってしまうシリカにはもう必要ないだろう。


「もし俺が、例えばそこの山の頂上に居るドラゴンを狩って来いって言ったら、シリカちゃんはドラゴン討伐に出れる?」


 言ってオルトが遠くに見える山──『竜峰』を指で差し示す。

 あの山には恐ろしい竜が住んでおり、人は決して近付かない。


 オルトでさえ必要と判断しないかぎり足を踏み入れない。


「ど、ドラゴン討伐? い、嫌ですよ……、私、死んじゃう」


「うん。だから何でもかんでも俺の言いなりじゃ駄目なんだ」


「そんな……、もっと剣、教えてくださいよ」


「駄目だ。それだと君の剣は俺の剣の劣化にしかならない。それに【剣撃魔法】も全て教えてしまったからね」


 だから、とオルトは続ける。


「これからは君が君で考えて、剣の腕を磨いていくんだ」

「……う、うん」

「もうこれ以上、君には何も教えない」


 それだけ伝えてオルトはいつもの稽古場である庭から離れる。厳しい言い方になってしまったが、これもシリカには必要なことだと判断した。

 

 シリカはもっと強くなれる筈だ。



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