番外編「大人の階段昇るかもしれない、今日はまだ大晦日さ」最終話


「……ええと、ママが貸してくれた着物なのだけれど、似合わなかったかしら?」


 少し悲しそうに俯きながら雪月は言った。


 僕は千切れんばかりの勢いで首を横に振った。


「い、いや、まさか。似合ってるよ」

「本当?」


 雪月の表情が初日の出のように明るくなる。


「ああ、本当だよ。ちょっと驚いてただけだ。まさか着物で来るなんて想像もしてなかったからさ」

「そう。安心したわ。びっくりさせてしまうつもりはなかったけれど、せっかくのお正月だもの。こういうときじゃないとこんな格好できないものね」


 雪月は両袖を握って、僕に着物姿を見せるように身体を左右に動かした。


 一方の僕はと言えば昨日と同じ少し汚れた上着姿だ。


 うーん。


 紋付き袴くらい着てくるべきだったか?


 いや、そもそもそんなもん持ってねえか。


「お姉ちゃんこんなところにいたんですか? こんな日陰を好むのは根が明るくない人ですよ。例えば朝日さんみたいな――って朝日さん!?」


 金糸雀だ。


 しまったとでも言いたげに、両手で口を押えている。


「誰が『根が明るくない人』だよ……新年早々失礼な奴だな」

「朝日さんの方こそ、新年早々なんでこんな暗くてジメジメしたところにいるんですか? 予想通り過ぎて逆に不気味なんですけど」

「…………」


 金糸雀は、いつもツインテールにしている髪をまっすぐにおろしていて、白色をベ

ースにした花柄の着物を着ていた。


 かなり似合っている。


 貧乳の方が着物は似合うと聞いたことがあるが、本当だったんだな。


「朝日さん、なんか失礼なこと考えてません?」


 訝しげな眼で僕を見る金糸雀。


「そんな馬鹿な。考えすぎだよ。金糸雀も意外と似合ってるじゃないか、着物」

「どうも。『意外と』っていうのは余計ですけどね」

「さて、金糸雀も揃ったところだし神社へお参りをしましょうか」


 雪月がそう言って、僕らは本殿の前に出来た行列の一番後ろに並んだ。


 …………。


 なんかさっきからめちゃくちゃ周囲の視線を感じる。


 僕の顔に何かついてるんだろうか。


 いや――違うだろう。


 これはあれだ。


 着物姿の美少女二人に挟まれているのが、なんであんな男なんだという世間からの非難の視線だ。


 気持ちは分かる。


 僕自身、雪月と金糸雀の二人と釣り合いが取れているとはとても思えなかった。


 銀髪碧眼の、赤い着物に身を包んだ現実離れした美少女と。


 目が覚めるような金髪の、幼さを残しながらもスタイル抜群な、二次元から飛び出してきたような美少女。


 そしてその間に立つ、薄汚れた上着と青いマフラーをした顔色の悪い男子高校生――すなわち僕。


 せめてもう少しよそ行きの格好をしてくるべきだった。


 まさか、このクォーター姉妹が初詣にこんな気合を入れて来るなんて想像もしていなかった。


「ああ……えっと、昨日はありがとな、雪月。おかげで無事帰れたよ」

「良いのよ。ママも朝日くんの顔を見られて喜んでいたわ」

「僕の顔で? そんなに面白かったか、僕の顔」

「『華蓮に仲の良い子が出来て良かった、今までそんな子いなかったから』って」

「おっと、余計なこと訊いちゃったかな。すまんすまん」


 雪月のダークサイドに触れてしまったかもしれない。


 マジで友達いなかったんだな、雪月……。


 そんなことを想っていると、雪月は僕を軽く睨んだ。


「その憐れむような目はどういう意味かしら?」

「あ、いや、なんでもないよ。雪月のお母さんにもお礼、言っておいてくれ。助かったって」

「分かった、伝えておくわ」


 列に並んでしばらく待っていると、ようやく僕らの番が回って来た。


 賽銭箱に小銭を投げ入れ、お参りをする。


 具体的な願い事も考えつかなかったので、とりあえず今年が良い一年になりますようにと願っておいた。


 お参りが終わり列から離れると、雪月が立ち止った。


「さて、どうしようかしら。おみくじでも引く?」

「そうだな。結局、あの神社では人が多すぎて引けなかったもんな」


 僕は昨夜のことを思い出しながら言った。


「じゃあ私、お守り買って来ても良いですか?」


 金糸雀が手を上げる。


 着物の袖が捲れて細い手首が見えた。


 細くて白い、手首が。


 ……いやさすがに手首に興奮し始めたらフェチズムの末期だろう。落ち着け、僕。


「どうしていきなりお守りなんだ?」

「はい。私、来年の冬にはもう受験生なので!」


 金糸雀の言葉に雪月が頷く。


「ああ、そうだったわね。買ってらっしゃい」

「それじゃ、ちょっと行ってきますね!」


 からからと履物の音を立てながら、金糸雀が小走りで社務所へ駆けていく。


「……とりあえず引くか、おみくじ」

「ええ、そうしましょう」


 社務所の隣にあるおみくじコーナーは、ラッキーなことにほとんど人がいなかった。


「おみくじって色々種類があるんだな。どれにする?」


 ノーマルなおみくじから誕生石おみくじとか、恋みくじとかいうものもある。


 おみくじも多様性の時代というわけか。


「特にこだわりはないわ。一番スタンダードなものにしましょう」

「そうだな」

「私から引かせてもらおうかしら」


 と、雪月がハンドバッグから財布を取り出そうとしたので、僕は咄嗟に言葉を発していた。


「いやいいよ。おみくじ代、僕が出すから」

「どうして?」

「ほら、家まで送ってもらったお礼。気持ちだと思って受け取ってくれ」


 雪月は一瞬迷うような表情を浮かべたが、首を縦に振った。


「分かったわ。お言葉に甘えさせてもらうことにする」

「よし。ちょっと待ってくれ」


 上着のポケットから財布を取り出した僕は、小銭を出そうとして――手を滑らせた。


「あ」


 思わず声が上がる。


 財布はゆっくりと地面に落ちて、その中身が散らばった。


 その瞬間、僕の全身から血の気が引いた。


「朝日くん大丈夫? そんなに慌てなくても良かったの―――に?」


 僕の財布を拾ってくれようとしたのか、雪月は膝を屈めた。


 そして、見てしまった。


 見られてしまった。


 小銭と一緒に地面へ落ちた、0.02ミリのゴム製品の包みを。


 昨日から財布の中に入れたままにしていたそれを。


「……………」


 僕は何も言えなかった。


 雪月もまた、屈んだ状態のまま固まってしまって動かなかった。


 ただ、結った銀髪の間から、真っ赤になった耳が見えた。


「すみませんお待たせしました! ちゃんとお守り買えましたから――ってこのお守り、合格祈願じゃなく安産祈願じゃないですか! うわー、神社って返品交換とか受け付けてくれるんですかねえ?」


 金糸雀の能天気な声だけが、僕と雪月の間に鳴り響いたのだった。



――――――


【あとがき】


最後まで読んでいただきありがとうございます。


今回を持って、本作は一応の完結となります。


みなさまの応援コメントや☆レビュー等々が、大変励みになりました。

抑止旗ベルの次回作にご期待ください!

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同じクラスの銀髪クーデレ美少女に金を貸したら 抑止旗ベル @bunbunscooter

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