第九話「幸福の時間」
「う、うん」
私はなんとか声を絞り出し、頷いた。けれど、その言葉を口にする間にも、心臓が激しく跳ねるのを止めることができなかった。
――一体、何が起きているの?
私は自分の内心を整理しようとするけれど、思考はまとまらない。
「……ふっ」
その時、
「
「えっ……?」
私は一瞬、耳を疑った。
「無理だったらいいけど、この前一緒に食べたのにそれっきり何も無かったし」
どうしよう、どう返事をすればいいのか分からない。けれど、こんな機会を逃すわけにはいかない。私は精一杯の勇気を振り絞り、言葉を紡いだ。
「う、うん……! 一緒に食べよう!」
自分の声がどこか震えているのを感じたけれど、それでもなんとか返事をすることができた。
教室で一緒にお昼ご飯を食べることになり、私は
「……じゃあ、いただきます」
何を話せばいいのだろう?こんな機会を得られたことが夢のようで、胸が高鳴るのを抑えられない。でも、そのせいで会話がうまく続かない。
「
「ありがとう。いつもは母が作ってくれるんだけど……今日は自分でも少しだけ作ったんだ」
「そうなんだ。どれが
そう聞かれると、私は少し考えてから、卵焼きを指差した。
「これかな。卵焼きだけど……よかったら、どうぞ」
思い切って、彼に卵焼きを差し出してみた。
「あ……ありがとう。じゃあ、いただきます」
「あ、美味しい。
その言葉に、私は顔がさらに熱くなるのを感じた。自分の作ったものを褒められるのは、とても嬉しい。
「ありがとう……でも、まだまだ練習中なんだ」
「それでも美味しいよ。俺も今度、自分で作ってみようかな」
そんな会話が交わされる中、少しずつ緊張が解けていくのが分かった。教室内のざわめきも、少しずつ遠く感じられる。
こんな感じの穏やかな時間が長く続いた。
昼休みの時間はあっという間に過ぎ、気づけば教室内のざわめきが再び増していた。
「そろそろ時間だね」
「うん、そうだね」
私も自分のお弁当を片付け、立ち上がった。
「今日はありがとう、
その言葉に私は心臓が跳ねるのを感じたけれど、なんとか笑顔で返事をした。
「うん、明日も一緒に!」
やがて、五限目の授業が始まった。しかし、先程の記憶が強すぎて記憶はほとんどない。圧倒的な幸福感によりそれ以外のことは全て吹き飛んでいた。そうして始まった次の六限目もあっという間に過ぎていった。放課後になり、隣の席を見る。
帰りの支度をする
教室を出た瞬間、緊張していた身体が一気にほぐれるのを感じた。
家までの道を歩いていると、空はすっかり青く澄んでおり、風も心地よい。そんな中、ふと足を止めた。いつもの道とは違う感覚が、私を包み込んでいた。けれど、その感覚に浸る間もなく、背後から勢いよく声がかけられた。
「
振り返ると、そこには
「げっ」
顔が引き攣る感覚がする。完全に忘れていた。あんなことがあったらこの二人が面白がらないわけないのに。
「何があったの? さっき教室で
その問いかけに、私は思わず目を見開いた。二人に見られていたことに気づいていなかった。
「え、えっと、ただ一緒にお昼を食べただけで……」
動揺して言葉を探す私に、今度は
「本当にそれだけ? 絶対になにかあったでしょ。顔赤くして、隠し事はなしだよ」
二人の勢いに押され、私は後ずさる。けれど、彼女たちの視線から逃れることはできない。心の中で葛藤が渦巻く中、どうしようもなく彼女たちの追及にさらされる。
「そ、そんなことないってば! 本当に、ただ一緒にお昼を食べただけで……」
そう言いながらも、私の言葉はどこか説得力を欠いていたのか、二人はさらに身を乗り出してきた。
「じゃあ、なんでそんなに動揺してるの?」
「
「……何もなかったよ。でも、ただ……少し、嬉しかっただけ」
「まあ、好きな相手に誘われたら嬉しいよね」
「ねえ、やっぱりそうなんだよね?」
「
私は必死に否定しようとしたけれど、言葉が喉に詰まって出てこない。どうしようもない沈黙が私を包み込み、顔がますます熱くなるのを感じた。
「隠さなくてもいいんだよ。
その優しさに、私は心の中で何かが解けていくのを感じた。これ以上隠し通すことなんてできない、と。息を深く吸い込んで、意を決して言葉を口にした。
「……うん、そうだよ。私、
その瞬間、
「やっぱり!
「……ぐぬぬ」
しかし、
「ワタシにも彼氏がほしい。
「……
「あー、まだとか言った!
「ごめんって。とりあえず、私もう帰るね」
小走りで自宅へ向かう。
――
貞操逆転世界で地味男やってます @aroraito
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