かくれんぼ

@kotoha191210

かくれんぼ

 また同じ。

生暖かいバスの車中で、毎日思う。

誰かと一緒に帰るわけでもなくただ一人。両耳にイヤホンをつけて、いつもの景色を窓から眺めている。公園で無邪気に遊んでいる小さな子どもたちがやけに輝いているように思える。いつから私はこうなってしまったんだろう。


 高校に入学して、私はバスケ部に入った。中学では部活に入っていなかったが、同じ中学だった仲の良い先輩から誘われてなんとなく入った。スポーツは好きだったので、我ながら始めは頑張っていたと思う。けれど、だんだん周りの人についていけなくなって、差を感じて落ち込んだり、上手くいかないことが増えていってしまった。最初は上手になっていくことに喜びを感じていたが、それがほとんどなくなり、ただただ辛くて、苦しかった。それに加えて、バスケならではのチームスポーツという重圧に耐えられなくなってしまった。

そして私は高校一年生の秋の終わりに部活を辞めた。


 少し前は、毎日部活をして疲れきった体をなんとか動かして、他愛もない話をしながら部活の友達と一緒に歩いて帰っていた。それが今は解放されて、一人バスに乗っているはずなのに、なぜだか心にぽっかり穴が空いている。

部活を辞めてからは、学校に行く理由がわからなくなった。全てのことに対してやる気を失った。全部全部、部活のためにやっていたことに気づいた。部活を辞めたことを後悔した日もあった。高校二年生になった今も自分のやりたいことがわからず、学校の授業でもペンをただ握るだけで、黒板と時計をずっと行き来している。何のために私はいるんだろう。気づいたらそう考えている。


 ある夏の日、いつも通り家に帰ろうとバス停に行くと、バスが大幅に遅れているようだった。待つのも面倒だと思い歩いて帰ることにした。歩いて帰るのは久々で、汗が噴き出て来るのが鬱陶しいが、少しわくわくしていた。いつも窓越しに見ている景色が自分に近く見えて不思議な感覚だった。いつもより大きくみえる車、歩行者信号、普段は寄らないコンビニや公園。見慣れた風景のはずなのに、いつもと違う世界に踏み入れたような感覚だった。


 私はコンビニでアイスを一つ買って、公園に向かった。ベンチに座って溶けかけているアイスを食べた。今日も小さな子どもたちがいっぱいいる賑やかな公園。その風景の中に私が加わっていると想像すると、似合わなくて面白い。

そんな想像をしていたら、

「おねーちゃん何食べてるの?アイス?おいしそー!ひなも食べたい!」

驚いた。突然子供に話しかけられて心臓が止まるかと思った。

「ねーねー、一緒に遊ぼうよ〜!」

遊ぶ、、、、?私と?突然の事に困惑した。

「おねーちゃん遅い!かくれんぼね!お友達のみゆちゃんが鬼だから隠れよ!」

と、私は腕を引っ張られて木の裏にひなちゃんという子と隠れた。何も言わないのは少し気まずかったので、少し話しかけてみる事にした。

「ひなちゃんは何年生?」

「ひなはねー、小学一年生!」

「そっか。学校は楽しい?」

「うん!おねーちゃんは?」

「…うーん。どうだろ、あんまりかな。」

「そうなの?ちょっと悲しいね。」

その後も、ひなちゃんは好きな食べ物の話や飼っているという犬の話をしてくれた。私と話してもつまらないだろうに、あまりにも楽しそうに話すから私も少し楽しくなってしまった。

「ひなちゃんみーつけたー!」

「わ!みつかっちゃったー。」

「ひなちゃん、隣にいる人誰?」

「ひなの友達!」

「あ、えーと、高校二年生の青木杏夏です。」

「こうこうせいなの?すごいね!」

「でしょ!おねーちゃんすごい!」

高校生なだけで凄いらしい。そんなことないのに、と心の中で苦笑した。

「ひなもう一回かくれんぼやりたい!」

「いいよ!じゃあ次はひなちゃんが鬼ね!」

「じゃあいくよ!いーち、にー、さーん、…」

みゆちゃんは一目散に遊具の裏に走って行った。私はというと、もう一回同じ木の影に隠れた。ひなちゃんがいない分、さっきよりも木の下が広く感じた。葉の間から太陽の光が差し込んでいるが、木の裏はちょうど陰になっていて気持ちが良い。日陰に差し込む光が気になって、目で追っていると、突然光に引き寄せられ、体がふわりと浮き上がった。次の瞬間、わたしは木の一部となっていた。


 しばらくの間、驚きと戸惑いから抜け出せず、

「みゆちゃーん!おねーちゃんいないー。」

という声でハッとして、ようやく自分が木に変身してしまったことに気づいた。意味のわからない出来事に恐怖しか感じなかった。

「おねーちゃんどこー?でてきてー!」

「おねーちゃん帰っちゃったのかな?」

「やだよー、まだばいばいしてない、」

さっきまで笑顔で遊んでいたみゆちゃんは心配そうな顔をしていて、ひなちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。好きでこんな姿になった訳ではないのに。二人に申し訳ない。

しばらくして、木の下でひなちゃんをみゆちゃんが慰めているところを、お母さんらしき人が迎えに来て二人は帰って行った。

 結局わたしはこの姿のまま日が暮れてしまった。


 子どもたちで賑やかだったとは思えないような真っ暗で静まり返った公園。シンプルに怖い。人が来ても一人、二人が公園の中を通るだけ。隣の木にずっと見られてるような感覚で気持ちがザワザワする。なんとなく落ち着かず、明日からどうしようと考えていたけれど何も思いつかなかった。本当にどうしよう。


 次の日の朝、まずはじめに公園に現れたのはおばあちゃん、おじいちゃんたち。こんな早くに公園に来る人がいるのだと驚いた。木陰のベンチにおじいちゃんが腰をかけて人を待っているようだった。

「鈴木さんは今日くるかい?」

「鈴木さんはお祭りの準備があるらしいよ。」

「そうかい、お祭りかあ。楽しみだな。」

続々と人が集まっていき、おじいちゃん、おばあちゃんたちはラジオ体操をはじめた。朝日に照らされてみんなでラジオ体操を楽しそうに踊っている姿を見て、なんだか自分も踊りたくなった。朝日は少し眩しかったが、光を浴びる感覚や、ときより風が吹いて揺れる感覚がとても心地よかった。自分が木だったから感じたのかと思ったが、おじいちゃん、おばあちゃんたちも心地良さそうな顔をしていて、ここにいれば誰でも感じれたものだったんだなと思った。今までこの感覚を知らなかったように、知らない世界は身近に広がっているんだと気づいた。


 時間が経つにつれ、私は木としての役割を理解するようになった。私は人々に影を提供し、鳥たちの巣を作る場所にもなる。そして何よりも、人々が木の下で集まり、笑い合う姿を見て、心の中で満足感を感じた。自分がいかに狭い世界に閉じこもっていたかを思い知った。いつもの光景を別の角度からみてみたら、素敵な人との出会いや笑顔が広がっていると実感した。

 もう一度ひなちゃんとみゆちゃんと話したいな。素直にそう思った。けれど、このまま木の状態では一緒に遊べない。私は、再び人間に戻りたいと願った。けどどうしたら戻れるんだろう。


 「おねーちゃーん!どこにいるのー!」

 「いないね、どうすれば会えるかな。」

ひなちゃんとみゆちゃんの声が聞こえてきた。

ランドセルと黄色い帽子をかぶっているから学校帰りかな。今すぐにでもここにいるよと叫んであげたい。

「今日も暑い!今日もおねーちゃんいないし!」

「木の下が一番涼しいよね〜。」

二人は木の下で話していた。

「ねえねえ!ひな良いこと思いついちゃった!かくれんぼしようよ!そしたらおねーちゃん来てくれるかも!」

「それいいね、じゃあひなが鬼ね。」

「わかった!いーち、にー、さーん、…」

いつのまにかかくれんぼが始まっていて、みゆちゃんは前と同じ遊具の裏に隠れていた。

「みゆちゃんみーっけ!あとはおねーちゃん!」

と、ひなちゃんは私が変身した大きな木に向かって走って来た。けれど、ひなちゃんはいきなり立ち止まった。

「おねーちゃん!この木の裏にいるでしょ!ひなにはバレてるからねー!」

ひなちゃん、わたしはここにいるよ。ずっとここにいるよ。ずっと二人と会いたいって思ってるよ。私をみつけて、お願い。

 ひなちゃんが木の裏に回ってこようとした次の瞬間、突然自分の体が重くなり、木の裏にしゃがんでいた。人間に戻れた!

「え!みつけた、おねーちゃん?おねーちゃんだ!」

と、ひなちゃんに抱きつかれた。以前なら暑苦しいと鬱陶しく思っていたかもしれないが、そんなことよりも再び会えたこと、人間に戻れたことが本当に嬉しかった。

「え!ほんとに?うそ!」

と、みゆちゃんも駆け寄って来た。

私は小さな二人を強く抱きしめた。気づいたら涙がでていた。

「おねーちゃんどうして泣いてるの?」

と、ひなちゃんに笑顔で聞かれた。

「二人に会えて嬉しいからだよ。」

というと、二人は満足気に笑った。

「やったね!あんなおねーちゃんって呼んでいい?」

「いいよ。あんなおねーちゃんです!」

と、三人で笑い合った。自分の名前を呼ばれるのってこんなに嬉しかったんだ。


 いつもの景色から飛び出して、一人じゃなくて誰かと話すのも案外楽しい。ずっと同じ日々を選んでいて、ただただ考えていただけ。それは勿体ない。いつもと違うことを選べば、日常に隠れている自分の知らなかった世界を見つけることができる。わたしたち人間は自分たちの選択で見える世界を変えていくことができる。

 それってなんて素敵なことなんだろう。

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