第3章:風の転校生
新学期の始まりを告げる鐘の音が、月光女学院の構内に響き渡った。蒼羽と優莉奈は、互いの手をそっと握り合いながら、教室へと向かっていた。二人の間には、秘密の逢瀬以来、目に見えない絆が芽生えていた。
「ねえ、蒼羽。今日は転校生が来るんですって」
優莉奈の声は、朝の空気のように清々しかった。
彼女の金髪は、朝日に輝いて見えた。
「そうなの? 珍しいわね」
蒼羽は少し驚いた様子で答えた。月光女学院は、厳格な月華律のもとで運営されている。転校生を受け入れるのは極めて稀なことだった。
教室に入ると、すでに生徒たちの間で転校生の噂で持ちきりだった。
「あのね、その子すごく可愛いんだって!」
「でも、月華律のスコアはどうなのかしら?」
そんな会話が飛び交う中、担任の先生が入ってきた。
「静かに。今日から新しい仲間を迎えます。
教室のドアが開き、一人の少女が入ってきた。
その瞬間、教室全体がシーンと静まり返った。風華ことはは、まるで別世界から来たかのような存在感を放っていた。彼女の周りには、目に見えない風が吹いているかのようだった。
ことはの髪は、淡いラベンダー色で、風に揺れるように柔らかく揺れていた。その瞳は、深い森の中にある湖のように神秘的な碧色をしていた。彼女の肌は陶器のように白く、頬には自然な薔薇色が差していた。
制服は規定通りだったが、どこか独特の雰囲気を醸し出していた。スカートの裾には、かすかに風の意匠の模様が刺繍されているようにも見えた。
「風華ことはです。よろしくお願いします」
ことはの声は、風鈴のように澄んでいた。その声に、クラスメイトたちは息を呑んだ。
蒼羽は、ことはの姿に見とれていた。彼女からは、月華律では測れない何かが漂っていた。優莉奈も同じように魅了されているようだった。
授業が始まると、ことはは月華律を全く気にせず、自由に発言し、行動していた。それは、厳格な規律に慣れた他の生徒たちにとって、新鮮で魅力的に映った。
◆
昼休み、蒼羽と優莉奈は中庭でことはに話しかけた。
「風華さん、こんにちは。私は月影蒼羽、こちらは天音優莉奈よ」
ことはは、二人を見て微笑んだ。その笑顔は、春の風のように爽やかだった。
「蒼羽さん、優莉奈さん。二人ともとても綺麗ね」
ことはの言葉に、蒼羽と優莉奈は思わず顔を赤らめた。
「風華さんは、月華律についてどう思う?」
優莉奈が尋ねた。
「月華律? そんなの気にしないわ。人の価値は数字じゃ測れないもの」
ことはの言葉に、蒼羽と優莉奈は驚きと共感を覚えた。
その時、中庭に不思議な空気の変化が訪れた。
突如として、ことはの周りで風が舞い始めたのだ。それは目に見えないものの、確かに存在を感じさせる不思議な風だった。花びらが宙を舞い、木々の葉がそよぐ。
その風は、まるで意思を持っているかのように、蒼羽と優莉奈の間を通り抜けた。二人の髪が風になびき、制服のスカートがわずかに揺れる。蒼羽は思わず優莉奈の手を取った。
「あら、二人ともとても仲が良さそうね」
ことはの声には、かすかな笑みが含まれていた。
その言葉に、蒼羽と優莉奈は慌てて顔を見合わせた。
「い、いえ、そんなことは……」
蒼羽が否定しようとした瞬間、不思議な風がさらに強くなった。まるで意図的であるかのように、その風は二人の体を押し寄せるように近づけていく。
「ちょっと、なに……」
優莉奈の言葉が途切れた。風に押されるように、彼女の体が蒼羽に向かって傾いていく。二人は抵抗しようとしたが、風の力は予想以上に強かった。
次の瞬間、優莉奈の柔らかな胸が蒼羽の胸に押し付けられた。
「きゃっ!」
「あっ……」
二人の声が重なる。その一瞬の接触で、互いの体温と、激しく高鳴る心臓の鼓動を感じ取った。蒼羽は優莉奈の柔らかさと温もりを、優莉奈は蒼羽の細い体つきをはっきりと感じ取っていた。
二人の頬が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。慌てて体を離したものの、その感触は消えることなく残っていた。
蒼羽と優莉奈は、互いの顔を見ることもできず、そわそわとした様子で立っていた。しかし、その仕草には言葉にできない親密さが滲んでいた。
ことはは、そんな二人を見つめながら、意味深な笑みを浮かべていた。彼女の瞳には、何かを見透かしたような輝きがあった。
「風って面白いわ。人の心も、関係も、時に思いがけない方向に動かしてしまうのよね」
ことはの言葉は、まるで風のように二人の心に忍び込んでいった。蒼羽と優莉奈は、その言葉の意味を考える間もなく、まだ残る体の感触と高鳴る鼓動に意識を奪われていた。
中庭に吹いていた不思議な風は、いつの間にか収まっていた。しかし、蒼羽と優莉奈の心の中では、新たな風が吹き始めていたのだった。
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