第4話 人肌ってあったかい

「奏汰、シャンプー上手くなったね」

「いつの話してるんだよ」

「前はもっと爪たててガシガシ洗ってたのに」

「男はな、頭皮が命なんだよ。指の腹で優しく洗わないといけないんだよ!」

「頭皮とか気にするようになったんだ。大人になったねぇ」

「ちょっとバカにしてるだろ」

「してないよ。褒めてるんだよ。気持ちいいよ」


 ほんとかよ。と思いながらも気持ちよさそうに俺に頭を洗われる姿に満足感を覚える。

 入る前はどうしようかと思っていたが、入ってしまえばなんてことなかった。

 それもそうだ。温泉だって男同士一緒に入るんだから別に特別なことじゃない。


「次は僕が洗ってあげるね」

「それはいい!」


 なんだかろくでもないことが起きる予感がしたので瞬時に断りを入れた。


「ええ、僕もけっこう洗うの上手いんだけどな」

「余計いいわ」


 言い合いながらも、星を湯船に入れ、俺は自分で頭を洗う。

 待てよ? 別に俺は洗わなくていいんじゃないか?

 家に帰ってからまた風呂に入ればいいんだし、入れてやるという約束は果たしたのだから。


 だが、気づいたときには全身綺麗に洗い終えていた。

 ふと湯船に入っている星を見ると、浴槽に顎を置き、ニヤニヤにしながらこっちを見ていた。


「み、見るなよっ」

「いいでしょ別に」


 さすがに高校生男子二人で入るほど大きな浴槽ではないので、俺は洗い終えるとそのまま風呂を出た。

 脱衣場で着替えていると、星の鼻歌が聞こえてきた。

 ご機嫌だな……。


 髪を乾かしリビングのソファーに座る。

 残っていたサイダーを飲んでひと息つく。


「ふー、ぬるいな。コップにして氷入れよう」


 もう、自分の家のようになっている屑川家で俺が遠慮することはなくなった。

 勝手に棚を開けてコップを取り出し、冷凍庫の氷を入れる。

 これでも、まだ星の両親がいた頃は気を遣ったりもしてたのに。

 こんなに図々しくなったのは、家のことをなんでも押し付けるあいつのせいだ。

 氷だって俺が製氷機に水入れてるんだからいいよな。

 

「んー。さっぱりしたぁ」


 上半身は裸で滴るほどまだ濡れた髪をそのままに、ペタペタと歩いてくる星。

 なんだかデジャヴだ。


「ちゃんと髪乾かしてから出て来いっていってるだろ! あと服着ろよ」

「ええー。暑いんだもん」

「冷房ついてるんだからすぐ冷えるだろ」


 俺は今朝同様、適当にTシャツを手渡し洗面所にドライヤーを取りに行く。

 戻ってくると星はソファーに座って待ち構えていた。


「乾かされる気満々だろ」

「当たりっ」

 

 ソファーの後ろに立つ俺を見上げるように頭をあげる。

 ほんと仕方ないやつだ。

 星の細くて柔らかい髪が絡まないように丁寧に乾かしていく。

 気持ちよさそうに目をつむっている星は本当にこのまま眠ってしまいそうだ。


「おい、ここで寝るなよ」

「ねえ奏汰ぁ、一緒に寝よー」

「寝るわけないだろ。俺はもう帰るよ」

「えー。なんで」

「母さんに泊まるとは言ってないし」

「連絡すればいいじゃーん」


 なんたってこんなに甘ったるい声を出すんだ。

 でも、それが不快に思わないんだから不思議だ。


「泊まる理由ないだろ」

「僕が寂しいからだよ……」


 寂しい。星がいつも言っていること。

 確かに、こんな広い家で一人でいるのは寂しいかもしれない。

 現に、両親がいた頃はこんな風に寂しいなんて言うことも、寂しいからって誰ふりかまわずついて行くこともなかった。


 そして、両親について行かず、こうして一人で暮らしているのは少しだけ、俺の責任でもある。


 星の両親の転勤が決まったのは、高校に入学する少し前、すでに合格も決まった頃だった。

 当初は両親について行き、引っ越し先で受験し直すことで話が進んでいたそうだが、星がそれを拒んだのだ。

 この家が好きだし知らない場所に行きたくない、高校だってせっかく合格したのにと。

 それに『奏汰と離れるのは寂しいから』と。

 

 これは、百合子さんから聞いたことで星から直接聞いたわけではないが、よっぽど俺と離れるのが嫌なのだろうと聞かされた。

 最終的に星だけこの家に残ることになり、俺がお目付け役を担うことになった。

 もし、何か迷惑をかけることがあったらすぐにこっちに連れて行くからと約束して。


 だからか、星は百合子さんの名前を出すと素直に言うことを聞く。

 言い過ぎて効果がなくなるといけないのであまり言わないようにはしているけど、よっぽど向こうには行きたくないのか効果はてきめんだ。


 そんな理由もあり、星が寂しい思いをしているのは、俺のせいでもあるのかもしれない。

 

「絶対いやだって言ったらどうするんだ?」

「泣いちゃう」

「子供かよ」

「噓。出かけるかも」


 出かけるってどこにだよ。まさかあの先輩のところじゃないだろうな。

 あの先輩じゃないにしろ、星を相手にしてくれる人はたくさんいるだろう。

 でも、そんなのだめだ。

 俺はドライヤーを片付けにいき、座ったままの星に声をかける。


「わかったよ。一緒に寝てやるよ」

「え? ほんとに?!」

「ああ」

「やったぁ」


 星はもう眠いのか、目をとろんとさせながら俺の手を取り二階の自室へと向かう。

 普段はリビングで過ごすことが多いので、星の部屋に行くことはあまりないが、もちろん初めてというわけじゃない。


 部屋に入ってクローゼットを開けると予備の布団が入っている。

 暑いし掛け布団はいいか、と思いながら手を伸ばそうとすると、星に止められた。


「一緒に寝るんでしょ?」

「え?!」

「一緒にベッドで寝るってことでしょ」

「いやいやいや、それは無理だろ。もう小学生じゃないんだし」

「大丈夫でしょ。僕、小さいし」


 それ自分で言うか? 普通、小さいってコンプレックスだったりしないか? まあ星はしないか。

 

「それにほら、布団使ったら干して片付けるの面倒くさいし」

「それは確かに面倒だけど……」

「ね、ほらこっちで一緒に寝よ」


 腕を引っ張られ、倒れ込むようにベッドに寝転ぶ。

 なんか力強いな。

 

 星は俺に布団をかけると自身も寝ころびすぐに目を閉じた。

 

 やっぱりどう考えても狭いだろ。

 背を向けるように横を向きベッドのぎりぎりまで寄ってみたが、それでも体は触れるほど近い。

 星の息づかいまで聞こえている。

 むりむりむり。こんなのやっぱり無理だ。


「星、やっぱり――」

 

 一緒には寝れないと声をかけようとしたとき、星の腕が俺の腰に回された。そして足先は俺の足の間に入れられる。


「おいっ!」


 反対側に向きを変えると、すでに星は寝息をたてていた。


「寝てるのかよ……」


 よっぽど眠かったんだな。

 このまま抜け出して帰ったら起きたとき怒るかな。

 まさかほんとに泣いたりしないよな。

 それにしてもほんと綺麗な顔してやがる。


 そんなことを考えていると俺も眠くなってきた。

 星の腕をそっとどけてまた横に向いて寝転ぶ。

 足はまだ絡んだままだ。

 まあ、足はこのままでも良いか。


 やっぱ人肌ってあったかいんだな。

 誰かとこんなにくっついて寝るなんていつ振りだろう。

 それに、なんやかんやいって、こいつの隣は安心するんだよな。


 俺は、久しぶりに星の体温を感じながら、眠りについた。



 

 

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星屑は今日もクズ 藤 ゆみ子 @ban77

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