第3話 言ってないと言ってくれ
いったん自分の家に帰り、着替えてから星の家で映画を観ることにした。
母親には晩ご飯は星の家で食べると伝えた。
よくあることなので、母親は慣れた様子で『ちゃんと星くんに美味しいもの食べさせてあげなさいよ』なんて冗談か本気かわからない言葉で俺を送り出す。
そしてインターホンは押さずにそのまま屑川家の玄関を開ける。
「星、入るぞー」
返事はないが、いつも通り中に入る。
リビングへ行くと、星は制服姿のままソファーに寝転んでいた。
「おい、着替えろって言っただろ」
「面倒くさいんだもん」
頬を膨らませながら、『だもん』なんて高校生男子のすることではないが、星がするとこんなにもしっくりくるのだから、つくづく性別なんて関係ないなと思ってしまう。
「だからって、しわになるだろ。明日もそれ着るんだから早く着替えろよ」
「えー。奏汰、手伝って」
「お前は赤ちゃんか!」
そう言いながらも、今朝畳んだまま置いてある服を星に手渡し白シャツのボタンを外す。
「ほら、手抜いて。こっち着て」
なんだか子育てをしてる気分だ。いや介護か?
世話が焼けるなと思いながら星を見ると、ソファーの上でぺたんと座り、上半身裸で見上げてくる気だるそうな表情になんだか顔が火照ってくる。
こんなのおかしい!
なんで俺が照れてるんだよ。
星の裸なんて赤ちゃんのころから見慣れてるし。赤ちゃんの頃の裸は覚えていないけど。
それでも小学生までは一緒にお風呂も入ってたし!
別になんともない。なんともない。なんともないけど。
「ズボンは自分で着替えろよ」
「えー手伝ってよ」
「甘えるな」
少し冷たく突き放すと星はあからさまにシュンとなる。
いやいやいや。そんな顔するなよ。俺は当たり前のことを言っただけだ。
そうだ。自分で着替えるなんて当たり前のことなんだから、俺が手伝ってることが間違いなんだ。
「わかったよ」
納得いかない顔をしながらもズボンを脱ぎだす星。
ほら、自分でできるんだから俺が甘やかすことなんてない――
「おいっ、なんでパンツまで脱ごうとしてんの?!」
「え? 全部着替えた方がいいと思って」
「下着は風呂入るときでいいだろ」
「今日はお風呂キャンセルの日だよ」
「なんだよそれ」
「朝シャワー浴びたしいいでしょ。お風呂面倒くさいよ」
たしかに今朝シャワーは浴びてるが、学校にも行ったし今は夏で汗もかいている。
それにそんなことを言っていたら、朝シャンして夜は風呂キャンセルのルーティンができてしまうじゃなか。
朝シャンが悪いというわけではない。ただ、夜にゆっくり湯船に浸かって一日の汚れと疲れを落としてから寝るのがいいに決まっている。
なんて母親みたいなことを考えているが、そんなことより! 今まさに下半身を露わにしようとしている星をどうにかしなければ。
「俺が風呂に入れてやる!」
え……。今俺なんて言った?
俺が風呂に入れてやる?! 言ってない。言ってない。言ってないと言ってくれ。
「やったぁ。その言葉、もう取り消せないからね。入れてやるって言ったんだから、一緒に入るだけじゃなくてちゃんと洗ってよ」
星はニヤリと笑いながら、俺が手渡したズボンに足を通した。
ああ。やってしまった。星と風呂なんて小学生ぶりだ。
どんな顔して入ろう? 普通の顔でいいだろ! 男同士なんだし!
心の中で突っ込みを入れながら、いったん忘れようとテレビを付けた。
テーブルにポップコーンとジュースを置き、ソファーに並んで座る。
慣れた手付きで星の家のリモコンを操作して映画を再生する。
少年漫画が原作で、バトルシーンの見応えがすごいと評判だった映画だ。
映画館では見逃してしまったので、配信が始まったら観ようと話していた。
「バトルシーンもすごいけど、ヒロインの女の子が主人公を見送るシーン、泣けるね」
「あ゛あ゛、ぞうだな……」
俺は泣いていた。周りの目も気にせずズビズビと。
周りといっても星しかいないが。だから気にせず泣けるんだけど。
「はいティッシュ」
「あ゛り゛がど」
「奏汰ってほんと泣き虫だよね」
「感動したら泣くのは普通だろ」
「奏汰のそういうとこ好きだな」
「っ! なんだよいきなり」
「え? 思ったこと言っただけだけど」
ほんとになんなんだこいつは。
ソファーの上で膝を抱えて座り、首をかしげて俺を見る星は憎らしいくらいに可愛い。
可愛くて、俺のことをよく分かっていて、俺にだけは素を見せてくれる。
なんやかんや言っても、こいつの代わりはどこにもいない、大事な幼馴染。
「まあ、俺も星のこと好きだけどな」
「え……」
一瞬、固まる星。
少し眉をひそめた後、前を向き画面を見る。
「奏汰が言うと胡散臭いね」
「はあ!? なんでだよ!」
「はは、噓だよ。僕のこと扱えるのは奏汰だけだもんね」
なんて言いながら、ヒロインが亡くなるシーンで星も涙を流していた。
◇ ◇ ◇
「んー! やっぱり奏汰の作るミートソースは絶品だね」
「そうだろう。これだけは本気で特訓したからな」
「じゃあそろそろ他のも特訓したら?」
「お前がミートソースばっかり作らせるから他のを作る機会がないんだよっ」
たしかに、と笑いながら口いっぱいにミートソースパスタを頬張る星は本当に嬉しそうだ。
どんだけ好きなんだよ。この笑顔を見られるから何度だって作ってしまう。
でも、本当にそろそろ違う料理も上達していきたい。
「今度はさ、シチュー作ってみようぜ。百合子さんがよく作ってただろ」
「ああー! 二日目はグラタンになるやつだ!」
まだ星の両親もここで暮らしてた頃、星の母親百合子さんは大量にシチューを作っては、一日目は普通に食べて、二日目はシチューにマカロニを入れて、それにチーズを乗せて焼いてグラタンにしていた。
「あれ美味かったよな」
「二日目のグラタンにウィンナー入ってるとテンション上がったよね」
懐かしい話をしながら、パスタを食べ終え食器を洗う。
台所に並び、俺が洗った食器を星が拭いて棚に片づけていく。
星は面倒くさがりだが何もしないわけではない。
むしろ、やり始めると俺よりもきっちりするタイプだ。
まあ、やり始めるまでの腰が重すぎるんだが。
片付いたリビングを見回し、ひと息つく。
「ふうー、映画も観たし、ご飯も食べたし――」
「次は一緒にお風呂だね!」
あー。忘れてなかったか。
もういっそ、満腹になってそのまま寝てくれてもいいのに、なんて思っていたのに。
そう簡単には見逃してくれないみたいだ。
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