第2話 以上でもそれ以下でも
学校での一日を終え、隣のクラスの星を迎えに行く。
朝帰りの星はホームルームが終わってもたいてい眠りほうけていて、放っておくと学校で夜を明かしかねない。
まあ、その前に先生に見つかるだろうけど。
高校二年にもなって一緒に登下校なんてしなくてもいいだろうと思いながらも、それでも俺はあいつを迎えに行く。
隣のクラスの窓際、後ろから二番目の席。
机に突っ伏し規則的な寝息をたてる星の寝顔はまるで子供みたいだ。
それでいて、露わになった白いうなじはとんでもない色気を放っている。
男とは思えないほど綺麗な首筋、さらさらの髪。
今朝、この髪を俺が乾かしたんだ。
「ん゛んっ」
だめだ。また変なことを考えそうになった。
早く起こしてさっさと帰ろう。
「おい、星起き――」
「あー! 星くんいたー!」
俺の言葉を遮って教室に入ってきたのは三年生の先輩だった。
この人は学校一可愛いと噂の、大きな目とさらさらのロングヘアーが特徴的な先輩。
確か、大学生の彼氏がいるはず。
「ねぇねぇ星くん、今からうちにこない? 今日だれもいないんだー」
おいおい。だれもいないうちに誘うってどういうことだよ。そういうことだろ。彼氏誘えよ。
心の中で悪態をつくが口にはしない。
そこまでの度胸は俺にはない。
星はむくっと起き上がり、俺と先輩を見る。
目はまだ薄っすらとしか開いていなくて、きっと寝ぼけている。
「ねぇ、星くんいいでしょ?」
「うん。いい――」
「すみません先輩。こいつ、俺と約束あるんで」
承諾しようとした言葉を遮り、ない約束をでっち上げ、星の腕を掴む。
「ほら行くぞ」
「奏汰痛いよ。もっと優しくてよ」
「言い方!」
俺は颯太の手を引っ張り、先輩に頭を下げてから教室を出た。
先輩は何やらぶつぶつ文句を言っていたが、聞こえていないふりをした。
気だるそうに歩く星の横に並び、なんだかモヤモヤしながら真っ直ぐ家へ向かう。
「ところでさ、奏汰と何か約束してたっけ?」
「え、いや……」
素直に帰っていた星が突然でっち上げの約束に突っ込んでくる。
約束なんてしてない。してないけれど、あのまま先輩のところへ行くのが許せなかった。
ん? なんでだ? 別に星がだれと何をしようがいいじゃないか。
いや、後々面倒なことになって尻拭いをするのは俺だ。俺には止める権利がある。
そんなことをうだうだ考えていると、星が足を止める。
「なにもないならやっぱり先輩のとこ行こうかな」
なんでだよ! 今さら行かなくていいだろ! 俺と帰ってるんだから!
なんて言っても星は『帰っても暇だし』って言うに違いない。安易に想像がつく。
なにか理由がないと。
「そうだ! 映画! 映画見るって言ってただろ。昨日から配信はじまったやつ!」
「ああ、そんなこと言ってたね。でも今日じゃなくてよくない? まだ始まったばかりだし」
「そんなこと言ってたら期間が終わったりするんだ。早めに見といたほうがいいだろ」
「まあ、そうだね。奏汰がそこまで言うなら」
星はフッと笑うとまた歩き出す。
俺は何を必死になっているんだ。でも、星の様子に安心して、嬉しい予定もできて、ちょっと気分がいい。
「あ、コンビニに寄ろうよ」
帰り道にあるコンビニが見えたとき、星が言った。
「ああ。俺はいいからいるもん買ってこいよ」
少しのどが渇いたなと思っていたけれど、今は小遣い前であまり手持ちがない。
もうすぐ家に着くし我慢すればいいかと思った。
「ふーん。そっか、わかった」
コンビニに入る星を見送り、駐車場のガードパイプに軽く腰掛ける。
あー。暑っ。やっぱり中にくらい入ればよかったかな。でもなんも買わないしな。
俺ってこういうとこは変に真面目なんだよな。
自分で自分を真面目だとか言いながら暑さを誤魔化し星を待つ。
その時――
「冷たっ!」
後ろから冷たいペットボトルが頬に当てられた。
「はいこれ、奏汰にあげる」
差し出されたのは俺の好きなサイダーだった。
「え? なんで?」
「のど渇いてるでしょ? 我慢してるのわかるよ。あとねぇ、映画みるからポップコーンも買っておいた。奏汰の好きなハニーバター味だよ」
「なんだよ、できた彼女かよ」
その献身っぷりに思わず突っ込んでいた。
でも、星はいたずら気に笑うと少し高い俺の頭をクシャッとする。
「この状況だと彼女は奏汰だよね」
「なっ、それは違うだろ」
「えー、そうかな」
そうかもしれない。のどが渇いている彼女を察して好きな飲み物を買ってくる。映画を見る前にさりげなくポップコーンも買ってくれる。
まるで星がイケメン彼氏だ。そして俺は尽くされるだけの彼女。
なんだこの構図は。絶対に嫌だ。
「ほら、早く帰って映画観るぞ。終わったら俺が晩飯作ってやる」
「いいの? やったー。パスタがいいなぁ。奏汰のミートソース好きなんだよね」
「またパスタかよ。材料は?」
「もちろんあるよ。ミンチとトマト缶は常備してあるからね」
「隙あらば作らそうとしてるだろ」
「奏汰のミートソースは絶品だからね。いつでも作れるようにしとかないと」
俺の数少ないレパートリーでも毎回喜んで食べてくれる。
家族にもこんなに喜ばれることはないのに。
急に嬉しそうにし始める星は、パックのカフェオレを飲みながら笑顔で俺を見上げる。
「楽しみだなぁ」
どう見てもそっちが彼女側だろう。
そんなこと、あえて言わないが。
いや、待てよ。俺もちょっとはできるところをみせようとご飯を作るっていったけど、やっぱりこれは彼女側なのか?!
いやいや、最近は料理男子がもてるって言うし!
いやいやいや、そもそも彼氏だとか彼女だとかそんなこと考える必要ないじゃないか。
俺と星は幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもないんだから。
自分に言い聞かせながら、星と並んで家まで帰った。
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