後日談

 ______数年後、 ”木橋渡”から連絡があった。


 やはり、あいつの勘は恐ろしいものだと感じる。まるで全てを見通しているかのようなその洞察力にはいつも驚かされるばかりだが、今回ばかりは感謝しなければならないだろう。

 俺は、あいつとの通話を終えるとすぐに準備に取り掛かった。これから向かう場所はそう遠くない場所だった為すぐにでも到着できるはずだ。目的地に着くと、其処には小さなアパートが建っていた。見るからに古臭そうな雰囲気だが、俺は臆することなくその中へ入ると目的の部屋まで足を進める。そしてチャイムを鳴らす前に勝手に扉を開けた─否、鍵が掛かっていなかったのである。どうやら、当たりのようだと思い静かに部屋の中に入ることにした。

 中は予想通り散らかり放題で足の踏み場もない状態になっていたのだがそれでも構わず進んでいくと、やがて寝室らしき場所に辿り着いたのだ─そこには布団に包まりながら眠っている一人の女性の姿があった。

 俺はゆっくりと近付くと、彼女の顔をまじまじと見た後で小さくため息を漏らした。その表情はとても穏やかで安らかだった。まるで死んでいるのではないかと錯覚してしまうほど穏やかなものだったのだが─それでも心臓は規則正しく動いていたし呼吸もしていたので間違いなく生きていることがわかる。

 そっと頬に触れると、少し冷たく感じられたもののやはり生きていることが分かったのでホッと胸を撫で下ろしたのである。それから暫くの間彼女は眠ったままだったが、やがて目を覚ますとボーッとした表情で辺りを見渡した後で俺を見た途端目を見開いて驚いた様子を見せていた。



「椹木さん…」


「…お前、生きてたんだな」


 女の正体は、木橋と一緒にいた月見という女だった。随分と見た目が変わって、髪も伸び黒かった髪の毛は明るい茶髪へと変貌している。

 その事を指摘すると、恥ずかしそうに笑いながらこう返してきた。


「はい、本当にありがとうございます。私、本当はあの時もうダメかと思ってたんです。でもこうして生きていられるのは全部貴方のおかげです。」


 そう言って彼女は深々と頭を下げるのだった─が、俺は特に何もしていないし寧ろ感謝されるような事は一切していないのだ─だがそれを言うのは野暮というものだろうと思い敢えて黙っておくことにした。そして本題に入る前に俺は彼女に確認しておきたいことがあったので質問を投げかけることにした。


 すると案の定、彼女は目を見開いて驚いていた様子だったがそれも当然だろう。何しろ目の前に居るはずのない人間がそこに立っているのだから─無理もない話だとは思うがな。

 俺は単刀直入に尋ねたのだ、一体何の目的があって俺に会いに来たのかと。すると月見は少し考えた後にこう答えた。


「死神に会いたいんです。」


  それを聞いた瞬間、俺は思わず吹き出してしまった─いや別に笑うつもりはなかったのだがあまりにも突拍子もない事を言い出したのでつい反応してしまっただけだ。だがそんな俺の態度を見て機嫌を損ねたのか頬を膨らませている。


「はは、もう死神には会えねえよ。」



「何でですか!」



「…だって、死神はもういねえし…それに」



月見の近くにおいてある写真立てを指さした。その写真には黒髪で凛とした背の男性が彼女と写っている。


「お前の恋人が悲しむんじゃねえの」


 そう尋ねると、月見は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。どうやら図星だったようだ─が、すぐに顔を上げる。

 その表情を見て俺はハッとした─何故ならその顔は真剣そのものだったからである。そして彼女は口を開いた。


「死神に会いたいんです」


  俺の耳に届いた言葉はそれだった─つまり俺にその代理を務めろと言いたいのだろう。だが生憎ながら俺はあくまで役を演じていたのであって、死神本人ではない。

 それにそもそもの話、何故そこまでして会いたいのかという疑問が残るのだがそれを聞く前に月見は話し始めた。


”私は、彼が居なくなってから心に穴が開いたような感覚になっていました……それほどまでに彼は私にとって大切な存在だったんです。” 彼女が言うにはこうだ─木橋が失踪して暫くの間、彼女はずっと泣いていたのだという。それも一日二日ではない─毎日涙を流し続けていたのだと。

 そんな彼女を支えていたのは、家族や友人の存在もあったそうだがそれ以上に木橋に対する想いが強かったのだそうだ。だからこそ、彼の死を受け入れられなかったのだろう─だがある日を境にそれは一変した。


「私、あれから少し考えたんです……あの人が本当に死ぬはずなんてなかったんじゃないかって。でもそう考えるようになってからずっと不安になってきて」


  そう言って月見は目を伏せた。どうやら彼女は木橋の死に疑問を持ち始めてしまったようだ─だがそれは無理もない話だろうと思う。何故なら彼女の心に空いた穴を埋めていたのは間違いなく彼なのだから。

 しかし、その考えを覆すかのように彼は消えてしまったのだ─だからこそ、彼女は余計に混乱してしまったのだろう。そして同時にこう思ったに違いない。

もう一度だけ会いたいと─。

 だが月見は絶望に打ちひしがれてしまったらしく、自殺未遂を起こしたこともあったらしい。幸いにも命に別状はなかったようだがそれでも彼女の心には大きな傷が残る結果となったようだ。

 そして彼女は思ったそうだ─もし本当に彼が死んだのなら、せめて彼の死を受け入れて前を向かなければいけないのではないか─と。だからこそ彼女は俺に会いに来たのだろう。自分の心の中にある迷いを断ち切るために……。

俺はそんな彼女に対して同情すると同時に哀れみを感じた。


(…死神の正体は、もういないって知ってる癖に健気なもんだ…)


 心の中でそう呟きながらも、俺は彼女の願いを聞き入れることにしたのだ─死神の代理として。


(…もし、あいつが死んだ理由が俺が三上を捕まえた事なんだとしたら、これも一種の罪滅ぼしなのかもな)



そんな事を考えながら、俺は月見と共に街へと繰り出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

-死神- ClowN @clown_jp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ