夕日泥棒の君

功琉偉 つばさ

夕日泥棒の君

 俺は見てしまった。こんな話をいきなりするものではないと思うけど、俺は見てしまったんだ。君が夕日を盗んでいるところを。


◇◆◇


『今日も、夜から明け方にかけて広範囲に大雨が降るでしょう』


 朝のテレビから今日の天気予報が流れてくる。


「今日も雨か〜」


 俺は朝ご飯を食べながらため息を吐く。


「午前中は晴れているのにねぇ」


 そうだ。朝から昼までは晴れているんだ。でも夜からは最近ずっと雨が降っている。俺の好きな夏の夜空が見えないし、何よりジメジメしていて寝苦しい。そんな事を考えながら俺は今日も学校へと向かっていった。


 学校へ着くと今日も連日の夜だけに降る雨の話題で持ちきりだった。SNSでは何かの呪いという説や、誰かが意図的に雨を降らしているなどという根拠がないでまかせの意見が飛び交っている。


「もう、普通に異常気象じゃね〜の?最近地球温暖化がなんたらって言っているし…」


俺が言うと、周りからは


「そんな1ヶ月も連続でおんなじ天気なんてありえなくない?」


などとクラス中で大騒ぎになる。中には


「あと少しで夏休みなのに花火大会がなくなっちゃう…」


なんていう声も聞こえる。まあ彼女がいない俺には関係ないんだけどね。

 

 午前中は晴れていて、夜、日が沈んできたら雨が降る。そして日が昇ってきたら雨が止む。まったくおかしい天気だ。とりあえず午前中も雨が降りっぱなしでないことに感謝をしておく。


◇◆◇


 俺は部員5人の写真部に入っている。俺はもともと写真が好きで、この写真部に入った。きれいな一瞬。それを一枚のフィルムに収める。そんな写真が好きだ。だから放課後はカメラを持って街中をフラフラして写真を撮る。こんなんだから彼女ができないんだ。と自覚している。  


 写真部の活動は基本的には個人なので自由気ままにすることができる。でも、夏休み中にテーマが「海」の写真大会用の写真を撮っておく必要があった。


 そうして夏休みになった。夏休み3日目。俺は大会用の写真を撮るために海へと向かった。電車に乗ること1時間。一番近い浜辺に昼過ぎに着いた。やっぱり海はいい。潮風がとても気持ちいい。俺は胸いっぱいに海辺の空気を吸い込み、写真を撮る場所を探した。


「普通の浜辺だと面白みがないなぁ」


 そんな事を考え、歩いて岩がたくさんあるところに行ったり、近くの灯台に登ったりもした。でも思ったような景色が見えてこない。そうやってウロウロしているうちに、いつの間にか日が沈んできた。時間を見ると午後5時。約3時間も浜辺にいたことになる。天気予報だとそろそろ例の雨が降ってくるので家に帰ることにした。


 でも雨が降る前に一瞬でもいいから夕日が見えないかなと思い、もう少しだけ粘っていると、何やら海辺に女の子が現れた。女の子は手を広げて動かし、儀式みたいなことを始めた。すると女の子の動かす手と共に空には雲がかかっていった。


 俺は思わずシャッターを切っていた。なんとも神秘的な光景だった。空全体が雲に覆われると、女の子は何やらビンのようなものを取り出し、赤く染まっている雲へとその口を向けて光をそのビンの中に閉じ込めた。すると、まるで夕日が消えたかのようにあたりは真っ暗になって、雨が降り出してきた。


 俺はその光景を驚きながら見ていた。俺が折り畳み傘を急いで取り出していると、女の子と目がバッチリと合った。するとその女の子は逃げるように雨の中を駆け抜けていった。


◇◆◇


 その日の夜は眠ることができなかった。あの不思議な女の子のことをずっと考えていたからだ。俺は考えることを諦めて明日も浜辺へ向かうことにした。


 翌日、俺は昨日と同じ浜辺に着いた。すると昨日と同じように女の子が現れた。俺はその子を見た瞬間。思わず声をかけてしまった。


「君は…何者なんだい?雨を降らせて…」


そう声を掛けると女の子は驚いた顔で俺を見つめ、昨日見た儀式みたいなことをしないで走って逃げた。


「おい、なんにも逃げなくても… あんまり走っていると転ぶぞ」


そういったのもつかの間、女の子が砂に足を取られてころんだ。


「ほら、言っただろう」


 俺は女の子のもとに駆け寄って起こしてあげた。その体はとても華奢で細く、小さかった。


「君は何をしていたんだ?」


「…………」


女の子は何も話さない。


「君が雨を降らせているのか?」


こう聞くと、女の子は小さく頷いた。


「そうなんだ。雨を意図的に降らせるなんてすごい」


女の子はそれでも黙ったままだ。


「昨日のは…夕日をビンに閉じ込めたのか?」


すると女の子はまた小さく頷いた。


「どういう…」


「夕日、私、照らす。私、あったまる」


俺の声を遮って女の子がついにとっても小さな声で話をした。


「私、悪い?」


これは返答に困る質問だ。そう思い悩んでいると、


「私、夕日、盗んだ。普通、盗む、バレる、悪いこと。だから、雲、夕日、隠す」


 何やら夕日を盗むところがバレないようにするために雲を呼んで隠しているらしい。だから、雨が降ると…賢いな〜


「なんで君は夕日が必要なんだ?」


「私、一人、寂しい、寒い、夕日、私、温める、きれい、私、救われる」


「一人?お父さんお母さんは?」


そう聞くと、女の子は涙を流した。


「いない、一人、夕日、助けてくれる」


「辛いこと聞いてゴメンな、そっか…」


「私、夕日、盗んだ。悪い?」


「夕日は誰のものでもないから別に盗んだとは言わないんじゃないかな?でもみんな夕日が見れなくて…というか夕日を盗むときに出す雲の雨のせいで困っているしなぁ…」


「雲なければいい?」


「そういうわけでもないんだよ。雲がなくてもいきなり夕日が消えたら大変な騒ぎになるだろ?君は正しかったんだよ。雲を出して」


「夕日、盗む、やめる」


そう言ってくれたが、これでは解決にはならない。


「君、名前はなんていうの?」


女の子は少しためらったあとに話してくれた。


灰空海はいのそら うみ


おおっすごく寒そうな名前が来た…それは夕日が欲しくなるよなぁ


「海か〜 何歳だ?」


「…………」


「あっごめんな。俺のことを話していなかったや。俺は空色暁そらのいろ しょう。16歳だ」


「私…」


俺の名前を聞いて心をひらいてくれたのか、海はいきなりしっかり話し始めた。


「私、実は…幽霊なんだ」


何を言い出したかと思ったら海は幽霊?どういうことだ?


「私は…1年前、この海で溺れたんだ」


 俺はある印象に残っていた新聞記事を思い出した。たしか1年前の夏休み、この海で水難事故が起こり一人の女子中学生が死亡した事故だ。


「君はあのときの…」


「私は夕日を見ながら死んでいった。死ぬ最後の意識があるときに、『あの夕日がほしい』って思いながら死んでいったんだ。そしたらなんか幽霊になってて…ついこないだこの世界?に戻ってきたんだ。懐かしくて幽霊の体だけどお父さんとお母さんを探してみたんだ。そしたらふたりとも死んじゃってたみたいで…私だけ幽霊になってこの世界で一人ぼっちだったんだ。それで寂しくて…悲しくて…寒くて…」


「それで夕日を盗んだんだね」


「そう。夕日は私のことを温めてくれるの。だからこんなことをしちゃったんだ」


「そうなんだ」


「私どうやって成仏っていうのかな?ができるかわからなくて一人で彷徨って夕日を盗んでいたんだ。本当に馬鹿げているよね」


幽霊…だとしても海にはさっき確かに感触があった。俺が不思議そうにしていると、


「そっか。暁は私のことをさっき触ったもんね。私の体は夕日を浴びていると実体になるらしんだ。そして温かさを感じることができる。だからだね」


話をしているうちにどんどん暗くなってきた。


「ねぇ。暁。私どうすればいいかな?…初対面の人にこんなこと聞くのおかしいよね。ごめん」


海は寒そうに、寂しそうにそうつぶやいた。


「この世界にやり残したことがあると成仏できないって聞いたことがあるよ」


「そうなの?」


「なんか本で読んだことがある」


「私のやり残したことか…なんだろう。夕日は私のものにすることができたし…」


どんどん暗くなってきて、ついに雨が降ってきた。


「あっごめん。雲を呼んじゃってた。あっちに行こう」


 俺は屋根があるベンチに連れて行かれた。そこに行く途中の砂浜には足跡が俺のしかつかなかった。俺は海が幽霊なんだってことを実感した。


「俺にできることなら何でもするよ。君に会えたのもなにかの縁だし…」


「ありがとう…でも…なんだろうな…」


 海はしばらく黙っていた。波が激しく海岸に打ち寄せている。俺は寒くなってきたのでバッグから上着を取り出した。


「そうだ。私…寒かったんだ。死ぬとき海水が冷たくて、それでどうしようもなくて…暗くて、寒くて…そして夕日を見たんだ。私、誰かに温めてもらいたい…」


そう、海は言うと涙を流し始めた。


「えっ…なんでだろう。何も悲しいことなんかないのに。私を暁が見つけてくれたのに…」


俺はいつの間にか海を抱きしめていた。


「寒かったんだな。じゃあ、会ってすぐかもしれないけど俺が温めてあげるよ」


俺はもう透けてきている海のギリギリ感触があるところを優しくなでてあげた。


「あったかい…」


どんどん海は透明になっていく。


「これでやっとお父さんお母さんのところに行けるんだね。ありがとう暁」


 それだけを言うと、海は俺の腕の中で消えていった。足元に昨日海が閉じ込めていた夕日が入ったビンがカランと音を立てて転がった。


「成仏…できたのかな?」


 次第に空が晴れていき、きれいな夜空が見えた。海に星たちの光が反射して見渡す限りすべてが星に包まれているようだった。


 俺は夕日の入ったビンを海に流して持っていたカメラで写真を撮った。夕日と星。海が寒くないように夕日を送ってあげた。


◇◆◇


 俺は家に変えるときにとてもふわふわした感じだった。なんだか夢を見ているようなそんな気分だった。次の日から夜に雨がふらなくなった。なんだか少しさみしい感じがする。次の日の夜、寝るときに窓が勝手に開いて潮の匂いがする風が入ってきた。


 これが俺の不思議な夏の物語。

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