第70話 ひみつ
食卓の上に並ぶ、カレーとサラダ。久々の、家族三人揃っての夕食。
いつもは、ただただ心が弾むだけだった。お母さんと、れんと同じ空間を共有できていることの、ささやかな幸せを嚙みしめるだけだった。
けれど、今はそれだけではなくて。どことなく後ろめたさや、居心地の悪さのようなものを感じる。
だって、涼しい顔でわたしの隣に座るれんとは、姉妹だけじゃなく、恋人で、定期的に口づけを交わしていて。なんならついさっきまで、私の部屋でキスをしていて。そんなひみつを抱えて、れんが隣にいる状態でお母さんと対面するという状況に罪悪感が募った。
しかし、そんなわたしの内心に気づく余地はなく、「いただきます」という声と共に、食事は始まる。
わたしはカレーを口に運び、いつも通りを演出するように、明るく告げる。
「やっぱり、お母さんのカレーは美味しい」
「それはよかった」
隣で、れんも無言で大きく首を縦に振る。うちのカレーは甘口だから、甘党のれんも毎回ご満悦だ。
そんな大人びた容姿とは裏腹の子供っぽい仕草や味の好みを改めてかわいいなぁとか思って、そこから生じるものが姉としての愛情だけではないことに、後ろめたさを感じる。
そして、そんな後ろめたさを突くように、お母さんが口を開く。
「そういえば、最近、よくれんが愛の部屋に行くのを見るけど、あんたたち、いつもなにして遊んでるの?」
その問いに、心臓が止まるかと思った。なに、と言われれば、くっついたり、ハグをしたり、キスをしたり、もっと深いキスをしたり。そういうことをしているけれど、そんなこと、馬鹿正直に答えられるわけがない。
「トランプとか、オセロとか……あとは一緒にべんきょうしたりとか、かな」
わたしは言葉に詰まりながらも、なんとか誤魔化す。横でれんも首を縦に振る。先ほどよりも強い勢いで。
「それは感心。それにしても、れんが前みたいなお姉ちゃん大好きっ子に戻って、仲良し姉妹に戻って、お母さん安心したよ」
「別に、そんなんじゃないし」
お母さんの言葉に、れんがそっけなく答える。久しぶりの、冷たいれんの態度。けれど、その奥にあるものの性質は照れ隠しだけではなくて。しかし、そんなことを知る由もないお母さんは、ニコニコと”いつもどおり"として、れんの態度を処理する。
わたしは、いたたまれなくなって、強引に話題を変える。
「そういえば、お母さんの作るカレーって甘くて美味しいけど、何か隠し味とか入れてるの?」
「隠し味だし、ひみつだよ」
「ええ、教えてよ。いつか自分でも作ってみたいし」
「しょうがないなぁ。りんごだよ。すりおろしたりんごを入れてるの」
「なるほど、だから甘味が強くて美味しいんだ」
「そういうこと」
そんな会話を交わしながら、りんごという言葉に、なぜか、島本さんの持っていたりんご飴のテラテラとした光を思い出した。その光に、抱えたひみつを照らされるようで。
わたしとれんの関係がお母さんにばれたらどうなるのだろう? そんなことを考えた。そして、そんなわたしの思考をかき消すように、お母さんは、唐突に話題を変えた。
「そういえば、甘いで思い出したけど、今日、海外旅行から帰ってきた職場の人からお土産でウイスキーボンボンっていうお菓子を貰ったから、あとで食べようね」
「ウイスキーボンボンってなに?」
聞き覚えの無い名称にわたしは尋ねる。
「お酒の入ったチョコレートだよ」
「それってわたしたちが食べても大丈夫なの?」
「大丈夫。お酒っていってもほんの少しだし、それで酔っぱらうなんて、まずないから」
「じゃあ、安心だ」
そう言って、わたしは安堵の笑みをこぼす。その安堵は、ウイスキーボンボンについてというよりは、話がうまく逸れたことへの安堵だった。
「職場でちょっと食べさせてもらったけど、お酒の酸味で甘味が引き立って、凄い美味しかった。れんとか好きな味だと思うよ」
「……たのしみ」
れんは少し間を空けた後、いつもの平淡な声で呟いた。
この時は、まさか、この後あんなことになるなんて、想像もしていなかった。
次の更新予定
2025年1月11日 18:00
わたしにだけ冷たい妹が、最近妙に甘えてくる 無銘 @caferatetoicigo
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