あの子がチア衣装に着替えたら……

上谷レイジ

#01:三浦真司の場合

「はぁ……なんで日曜日なのに俺はここに居るんだろう」


 秋の一日をのんびり過ごしたかったのに、どうしてこうなったのだろうか。

 そうなったのも、昨晩俺こと三浦みうら真司しんじが普段はあまりしゃべらない妹のまいから「たまにはサッカーの試合を見に行こう」と誘ってきたからだ。


「別にいいけど、どうして俺も行かなきゃならないんだよ」

「だってね、相手は兄貴の通っているキタコーだよ、キタコー! 県立高校ではめったにないチアリーディング部があるんだよ!」


 舞は興奮気味に話して俺との距離を詰める。

 何せ俺が通っている県立七北田ななきた高校、通称キタコーのチアリーディング部はイベントに引っ張りだこで、かわいいどころばかりを集めているともっぱらの評判だ。

 その一方で舞が通っている私立虹の丘にじのおか高校は男女共学化して歴史が浅いせいもあってか、応援団はおろかチアリーダーすら居ない。


「……それで兄貴ってば、女の子に興味ある?」

「ないね。そもそも俺は異性で痛い目に遭ったばかりだぞ。片思いしていた同じクラスの子が……」

「もう、兄貴は他人ヒトを見る目がないから振られるんだよ」


 確かにその通りだ。

 俺を振った相手は、よりによって硬式テニス部のレギュラーだった。こればかりは舞の言うとおりだとしか言いようがない。しかし、妹がスポーツのことを口に出した途端中学校時代の嫌な思い出が頭をよぎる。ライトノベルやアニメが好きだと大っぴらに言えなかったからな、あの頃は。

 だからといって、妹の頼みを聞かないわけにはいかない。妹君に拗ねられたら、機嫌を直すのに数日がかりがざらだ。


「まぁ、仕方ないさ……付き合うよ」

「わかればよろしい。それで野球の試合なんだけどね……」


 それから妹君はサッカー部に所属しているイケメン彼氏のことを話題に出して、一緒に行こうと熱心に誘ってきた。

 せっかくの休日なのにもかかわらず妹に乗せられて自分の高校まで来たのはいいものの、彼氏を見ては黄色い声を張り上げる妹に嫌気がさした。


「俺のことなんて眼中にないんだな……」


 幸い試合が終わるまで時間がある。それまで時間をつぶそうと思い、俺は妹の元を離れて校内を歩き回った。

 その間、ふとある女の子とすれ違った。ぱっと見た感じでは大胆な感じがしたけど、一体誰なのか知る由もなかった。

 一通り休日の校舎を歩き回ると、さっきまで居た校庭のあたりまで戻ってきた。

 もう既に試合は終わっていて、妹たちの高校のサッカー部員たちが引き上げの準備を始めていた。肩を落としていることから、おそらく俺たちのサッカー部に負けたのだろう。もちろん、舞の彼氏もだ。

 一方で、先ほどまで俺たちの学校の応援をしていたチアリーダーたちは歓喜の声を挙げて選手を祝福していた。


「お疲れ様~!」

「頑張りましたね!」


 チアリーダーたちが選手たちに向けて笑顔を浮かべながら青と白のビニールテープで作られたポンポンを掲げている。その姿を見て、俺も中学校時代に真剣にスポーツに向き合っていたらなぁとさえ思った。


「はあ……、やっぱりもうちょっと野球をやっていればよかったなぁ」


 今更落ち込んでも仕方がない。一生懸命勉強して女子が多いキタコーに入ったのはいいけど、現実は甘くなかった。

 汗まみれの日々が嫌で入った文芸部の部員とは話が合わないし、女の子に片思いしてはフラれ……を繰り返している。

 とはいえ、足を止めては妹に何を言われるかわからない。そう思って校門の方へ足を向けようとした、まさにその時だった。


「ねえ」


 後ろから誰かに声をかけられた。

 声がする方へ体を向けると、先ほどすれ違った女の子が目の前に立っていた。

 袖が見られず、お腹のあたりが丸見えのシャツに箱ひだのスカートは青と白のストライプに彩られている。胸元からは黒のスポーツブラが顔を覗かせていて、様々なアクセサリーが腕や太ももを飾っている。そして、その手には先ほど見かけたものと同じポンポンが握られていた。

 しかし、定期戦の応援合戦で見たユニフォームとは明らかに違う。もっとこう、上着の裾が長かったはずだ。


「……そこのあなた、どうしたの?」


 その少女はダウナーな感じの声を発しながら俺に近づいた。

 背丈は俺よりも十五センチ程度低く、身体は引き締まっていてすらっとしていた。

 凛とした瞳を見ていると吸い込まれそうになり、その柔らかな唇は瑞々しさすら感じる。

 少し刈り上げた感じするショートヘアーは、彼女がスポーツ系少女であることの裏付けが取れた。


「……何か困っているの? 簡単な相談なら乗るわ」


 彼女は俺のことを案じて何かしてあげたいと思っているのだろう。

 だけど、誰なのか知らない相手に突然そう言われても困る。


「別にいいけど、名前は?」

「私? 一年六組の中島なかじま理沙りさ。チアリーディング部所属。市内の公立高校合同チアリーディングチーム『Bluestars』にも所属している」

「公立高校合同チアリーディングチーム……? 聞いたことないんだけど」

「あなたが知らないのも無理はない。ここ最近結成したばかりで、私たちと定期戦で互いに争っているツルコー、メイコーの有志を中心にして作られたの。そして、私もその一員」


 中島さんの話を聞いた途端、どうしてライバル校同士が手を組んでいるのだろうと不思議に思った。

 どちらかの生徒が来ようものなら、やれスパイだとか騒ぎ立てることが日常茶飯事だ。

 ちなみにツルコーは県立鶴ケ丘つるがおか高校、メイコーは県立長命ケ丘ちょうめいがおか高校の略称だ。ツルコーは就職組が多い反面、メイコーは俺たちの高校と同じように国立大学への進学率が極めて高い。その一方で穏やかな校風とは裏腹に応援団の存在感が半端ないと聞いたことがある。今はどうなっているか知らないけど。

 まあそれはともかく、先月の頭ごろの一件はどうなのだろうか。


「そういや、先月のあの一件はどうなんだ」

「メイコーの生徒がチア部の練習に参加したこと?」

「そうだよ。あれって大丈夫だったのか、ちょっと気になってな」

「あれは、私たちのコーチと顧問がうちの学校のOGだったからあっという間に丸く収まった。もっとも、二人が居なかったらどうなったかわからないけど」


 中島さんは冷静沈着な口調で、感情を込めずにそう話した。

 なるほど、そういう事情があったというわけか。


「……ところで」

「?」

「私のことばかりしゃべるのもなんだから、あなたのことも話して」


 あれほどまでにやる気が無さそうにボンボンを振れる、チアリーダーが存在していいのだろうか。


「わかったよ。……俺はキタコー二年三組、三浦真司。虹の丘高校に通っている妹の付き添いで来たんだ」

「二年三組……、部長が居るクラスか……」

「どうかしたのか?」

「……なんでもない。先ほど話したけど、困っていることがあれば相談に乗る」


 中島さんは表情を変えないまま俺を見上げる。その曇りなき眼で見つめられたら、隠しようがないだろう。


「実は、俺にはかわいいだけが取り柄の妹が居てね、そいつは中学校に入ってから男にモテるんだよ。対して俺は女の子に嫌われてばかり。連戦連敗で、こないだは同じクラスの白石に告白したら『大学生の彼氏が居て、もうヤッてる』って言われたんだよ」

「……それはご愁傷さま。白石さん、家庭教師をしている大学生と最後まで行ったって部長から聞いた。ここ最近大人っぽく見えるのはそういうことらしいって」


 クールさすら伝わる表情のままでありのままの事実を伝えられると、胸が痛くなる。俺が入り込む隙すらなかったのか。


「はぁ……」とため息をつくと、中島さんは身を乗り出して俺の顔を覗き込む。


「どうしたの?」

「妹には先を越されるし、部活では腐女子トーク満載。成績もなかなか上昇気流に乗らないし、本命の国立大学もD判定だよ。もう、どうしていいかわからないんだよなぁ……」


 また大きなため息が出た。

 誰かの励ましがないとやっていられない俺の顔色を感じ取ったのか、中島さんはシトラスミントの香りを放ちながら俺の傍に近寄る。


「……それなら、私……いや、が応援してあげる」

「いいのか?」

「……別に構わない。チームのみんなにはちょっと連絡するから、あなたも妹さんに連絡して」

「わかったよ」


 俺はスマホを外出用のカバンから取り出し、チャットアプリを立ち上げて舞に連絡した。


 シンジ:ちょっと遅くなるから先に帰っていて

 マイ:え~、どうして?

 シンジ:ちょっと用事があってね

 マイ:用事? いったい何なの、用事って

 シンジ:別にいいだろ。とにかく早く帰った。

 シンジ:後でストバの限定ドリンクをおごるからさ

 マイ:良いの? やったー!


 あそこの限定ドリンクはカロリーが高いから夕ご飯が食えなくなるぞ、と脅し文句を添えようかと思った。だけど、数日機嫌が直らないよりはマシだ。

 スマホを鞄の中にしまうと、中島さんもポンポンを地面に置いてスマホを手にしていた。


「妹さんに連絡はした?」

「もちろん。ただ、後で手痛いしっぺ返しを食らいそうだけど」

「……もしかして、ストバの限定ドリンクで釣ったの?」

「どうしてわかるんだよ」

「……ただ、何となく」


 そう口に出している中島さんだったが、視線を反らして少しだけ涎を垂らしていた。

 クールな見た目に秘めた普通の女の子と変わらない一面のギャップがたまらず、ついドキッとした。


「……ん、準備できたみたいだって連絡が来た。……先輩、グラウンドに来て」

「わかったけど、一体何をするつもりなんだ」

「来てからのお楽しみ」


 中島さんは踵を返すとポンポンをまた手に取り、グラウンドへ下りる階段を下った。

 背中からはチョーカーの結び目などがくっきりと見えていて、見た目どおりの妖艶さを醸し出している。

 彼女の後を追ってグラウンドへたどり着くと、そこには中島さんと同じ格好をした五人の女子生徒が一列に並んでいた。

 左端に立っている女子生徒は平均的な背丈をしていて、肩にかかる程度の髪をひらひらとさせていた。

 中央に立っている女子生徒は身長が一番大きくて胸と腰が目立って見える反面、可愛らしい顔をしていてそのギャップがたまらない。

 右端の女子生徒は中央に立っている子とは対照的に凛とした顔つきをしていて、ポニーテールをひらひらとさせている。

 五人のなかで二人は文化祭のステージで踊っているところを見た気がするが、もう一人は同じ学校なのにも関わらずそのステージには立っていなかった。そして、もう二人はこの学校では見かけない顔だ。

 それにしても、一体どうして俺の目の前で五人の美少女が並んでいるのだろうか。


「中島さん、これは一体……」

「さっき言ったでしょ。って」

「応援といっても、俺はスポーツ選手じゃないんだけど……」

「応援するのに、スポーツ選手である必要はない。あなたのように大変な人にエールを送るのもありだと思う」


 中島さんの言葉でハッと気づいた。

 確かに、ここ最近の俺は妹に振り回され続けていた。虹の丘で彼氏が出来た途端、妹はキタコーで彼女ができない俺を馬鹿にするような目つきで見るようになった。

 ただ、話はそれだけではない。

 部誌に出している小説が好評であるにもかかわらず、感想を伝えてくれるのは大半が男子生徒だ。しかも、感想を伝えてくれるのはどう見ても異性に好かれない男子生徒ばかりだった。こればかりは、俺が書いている作品のジャンルの都合上仕方がないが。

 そんな俺を憐れんでくれるなんて……、そう思った瞬間、中島さんは列の真ん中に立つと大きく息を吸い込んだ。


「それでは、これから悩める三浦先輩にエールを送ります。……マネージャー、音楽をお願い」


 中島さんの視線の先には、俺とそんなに変わらない男子生徒が音響機器を操作していた。

 その次の瞬間、音響機器からはノリの良い曲が流れてきた。スクラッチ音とギターの軽快なリズム、間違いない。MAN WITH A MISSIONの『FLY AGAIN 2019』だ。


「Let’s go!」


 掛け声とともに六人が散開する。

 ポンポンを高く掲げて腰を左右にねじらせると、プリーツスカートがふらりと揺れる。むろん、胸の大きな子はそちらも少しだけ揺れる。

 巨乳だと激しい動きは出来ないと聞いたことがあるけれども、それでも全員がついてきている。


「One, two, three, four!」


 曲に合わせて掛け声をかけると、ダンスを踊っている全員が周囲を目まぐるしくポジションを変えていく。

 サビに入ると背丈が百六十センチ以上は優にある二人がサビに合わせて両手を掲げ、ほかの四人は櫓を組む。

 三人に支えられて一番背が小さい……とはいえ、平均身長は優にある女の子が土台となっている三人の手によって高く掲げられ、彼女は勢いをつけて飛び上がる。そこからバク転を交えて地面にたどり着くと、ほかの五人と合流してまた踊りだす。

 曲の中盤になると、今までのアップテンポな伴奏とは打って変わって静寂さを感じるような伴奏が流れ出す。

 再び飛び上がる、その思いが踊りと組体操、そして曲からも伝わってくる。


「We’re bluestars!」


 曲が終わると、全員が左右対称になって決めポーズを決める。


 四分十七秒の演技をすべて見終わった後の感想は……なんというか、言葉にならない。

 何度も繰り広げられるアクロバット、スカートの中が見えるのを覚悟して踊るダンス、そして組体操。

 定期戦では観客席越しで見ていたチアリーディングを間近で見ると、俺は得も知れぬ感動を覚えた。人間離れした動きを次々とこなす力は、一体どこから湧き上がってくるのだろうか。


「……元気出た? 振付自体はさっき披露したものだけど」


 中島さんは顔色一つ変えずにこちらを見つめる。

 あれだけ素晴らしいダンスとパフォーマンスを俺の目の前で披露してくれたのだから、出ないわけがない。

 汗まみれのユニフォームからはスポーツブラが見え隠れしていて、その端を汗が伝って地面へと落ちていく。


「ああ、出たよ。変なところまで元気になりそうなくらいにね」


 俺がそう答えると、無表情だった中島さんの表情が少しだけ和らいだような気がした。

 しかし、その視線は俺のあらぬところに向けられていた。


「変なところって……ひょっとして、?」


 さっきのダンスを見たおかげで、最近はたとえスタイルが良い女性を見てもしなびたままだった俺のが復活していた。

 まずい、このままでは変な目で見られそうだ。


「ち、違っ、こ、これはだな、その……」

「先輩、もしかして私たちのダンスを見て興奮した?」

「そ、そういうわけでは……」


 俺は顔を真っ赤にして、前かがみになってシンボルを両手で覆い隠した。

 だけど、中島さんには感謝している。こうでもしない限り、俺はへこんだままだった。

 もう一回頑張ってみよう。

 秋の空で、俺は決意を新たにした。

---

 本編の書き直しがうまくいかなかったため、急遽こさえてみました。

 それと、現在公開中の本編とは一部設定が違っております。

 思いっきり別の舞台にして一から仕切り直しにしようかな……。

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