第22話 野良猫と一触即発

 勢いづいて飛び出したのはいいけど、行く当てがあるわけでもなく、オレは途方に暮れていた。

(さてと、これからどこに行くかな。前にタンゴとナンパ対決した時に行った病院跡地にでも行ってみようか。……いや、待てよ。なんかあそこ怪し気な感じがしたよな。それにメス猫しかいなかったから、オレが行けばなんか面倒なことになりそうだし……)

 そんなことを考えながら、知らない町をぶらぶら歩いていると、真っ黒な体をした老猫がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。

 オレは特に警戒することもなく、そのままやり過ごそうとしていると、その老猫がすれ違いざまに鋭い目つきで睨んできた。

「お前、ここが俺の縄張りなのを知ってて、うろついているのか?」

「えっ、……いやあ、実はオレ飼い猫でして、縄張りとかよく分からないんですよ。はははっ!」

 オレはとっさに笑ってごまかそうとそたけど、老猫はそれを許してくれなかった。

「たとえ知らなかったにしても、お前が俺の縄張りに入ってきたことに変わりはない。この落とし前、どうつける気だ?」

「落とし前?」

「なんだ、お前、落とし前も知らないのか。まあ簡単に言えば、責任を取るということだ」

「なんでオレがそんなことしなくちゃいけないんですか?」

「だから俺の縄張りに入ってきたからだと言ってるだろ。野良猫の世界では、よその縄張りに入ってはいけないことになってるんだよ」

「野良猫の世界ではそうでも、オレは飼い猫なんですから、大目に見てくださいよ」

「いや、ダメだ。お前が俺のテリトリーに入ってきたんだから、こっちのルールに従ってもらう。さあ、早く落とし前つけろよ」

 このままだと埒が明かないので、オレはとりあえず老猫の言い分を受け入れることにした。

「分かりました。で、その落とし前っていうのは、どうやってつければいいんですか?」

「そうだな。じゃあとりあえず、食料を調達してもらおうか」

「それならお安い御用です。じゃあ今から店に……」

(しまった! 家出中だってこと、すっかり忘れてた。……他に心当たりなんてないし、一体どこで調達すればいいんだ)

 どうしてよいか分からず途方に暮れていると、老猫がニヤニヤしながら言ってくる。

「どうした? お安い御用じゃなかったのか?」

「……そのつもりだったんですけど、今家出中だってこと、忘れてまして」

「なんで家出なんかしてるんだ?」

「はあ、実は……」

 オレはその経緯をくわしく説明した。

「なるほどな。まあお前の気持ちも分からんではないが、今頃家の者が心配してるだろうから、もう帰った方がいいんじゃないか?」

「いえ、帰りません。仲間を簡単に売り飛ばすような飼い主のいるところになんて、もう二度と帰りたくありません」

「ほう。じゃあお前は、これから野良猫として生きていくんだな?」

「…………」

 老猫にそう言われて、オレは一瞬言葉に詰まった。

 そんなこと、まったく考えていなかったから。

「もしその覚悟があるのなら、俺がその秘訣を伝授してやってもいいぞ」

(もう家に帰るつもりはないから、オレはこのまま野良猫になるしかない。覚悟を決めよう)

「はい。オレはこれから野良猫として生きていきます。なので、これからいろいろと教えてください」

「ああ。その代わり、俺はスパルタだから覚悟しとけよ。ところでお前、名前は何て言うんだ?」

「ニャン吉です」

「俺はクロって言うんだ。じゃあニャン吉、今から食料を調達しに行くから、俺に付いてこい」

「分かりました。クロさん」

 オレはクロさんに言われるまま、彼の後を付いていった。

 

「着いたぞ、ニャン吉」

 クロさんはスーパーの裏口付近で止まった。

「もうすぐここの従業員が売れ残りの弁当を捨てにくる。それをいただいちまうってわけさ」

「なるほど。ところで、食料はいつもここで調達してるんですか?」

「ここは夜だけで、昼はまた別の場所に行くんだ。まあそれについては、明日また教えてやるよ」

「はい」

 そのままクロさんとスーパーから少し離れたところで様子を窺っていると、台車に弁当を積んだ従業員が裏口から出てきて、弁当の中身をゴミ箱に捨て始めた。

「クロさん、ここではいつもあんなにたくさんの弁当を捨ててるんですか?」

「ああ。ここだけじゃなく、どこも同じようなものだ」

「こんなこと言うのもなんですけど、なんかもったいないですね」

「まあな。でも世の野良猫たちは、そのおかげで生活できてるから、なんとも言えんな」


 やがて従業員が全部の弁当を捨て終わると、クロさんはゴミ箱に向かって駆け出した。

 クロさんはゴミ箱のフタを前足を器用に使いながら開けると、「さあ食おうぜ、ニャン吉」と誘ってきた。

「はい!」

 晩ごはんを食べ損ねて腹ペコだったオレは、ごみ箱に飛びついた。

「ニャン吉、弁当の味はどうだ?」

 肉をおいしそうに頬張りながら、クロさんが聞いてくる。

「最高です! 今までキャットフードかお菓子しか食べたことなかったので、とても新鮮です!」

「そうか。じゃあ今日は腹いっぱい食っとけ」

「はい!」

 その後オレはクロさんに言われたことを忠実に守り、腹がパンパンに膨らむまで食べ続けた。



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