第21話 ニャン吉の悲しき家出

「ニャン吉、タマがこの家からいなくなっちゃうかもしれないんだ」

 夜にリビングでテレビを見ていると、隣で一緒に見ていた次郎がつぶやくように言った。

『にゃん?』

「タマのことを気に入ったお客さんが、自分のところで飼いたいって、お父さんに言ったみたいなんだ」

『にゃん!』

「お父さんは断ったみたいなんだけど、そのお客さんがなかなかあきらめてくれなくて、このままだとタマを手放しちゃうかもしれないんだ」

(まさか知らない間にそんなことになってるとはな。タマは一応恋敵だし、いなくなるに越したことはないが……)

 そんなことを考えていると、次郎が突然嗚咽し始めた。

「……ぼく、タマがいなくなるのは嫌だよ。……タマはまだ子供だから、時々かんしゃくを起こしたりするけど、そういうところもかわいいからさ」

『……にゃーん』

(タマのやつ、次郎にこんな風に思われてるなんて、ちょっぴり妬けるな……それより、あいつはこのことを知ってるんだろうか? 後でちょっと聞いてみよう)

 オレは傷心の次郎を尻目に、そっとその場を離れた。


 そのままオレたち猫の遊び場になっている場所へ移動すると、タマが他の猫たちと一緒にキャットタワーで楽しそうに遊んでいた。

「タマ、ちょっといいか?」

 オレはキャットタワーの頂上にいるタマに呼びかけた。

「なんですか?」

「話したいことがあるから、ちょっと下りてきてくれないか?」

「分かりました」

 タマはそう言うと、下に落っこちないよう慎重になりながら、ゆっくりと下りてきた。

「で、話ってなんですか? ミーコさんのことをあきらめろって話なら、聞く耳持ちませんよ」

「バーカ。そんなんじゃねえよ。お前、ある客がお前のことを飼いたがってること、知ってるか?」

「なんだ、そのことですか。もちろん知ってますよ。で、それがどうかしたんですか?」

「お前自身はどうなんだ? その客に飼われてもいいと思ってるのか?」

「思ってるわけないでしょ。そんなことになったら、ミーコさんと離れ離れになっちゃうんですから」

「そうか。お前の気持ちはよく分かった。じゃあそうならないよう、オレがなんとかしてやるよ」

「何をするつもりですか?」

「まあ見てろって」

 タマが怪訝な顔を向ける中、オレは意気揚々とその場から離れていった。


 翌日の昼間、客の相手をしながら、タマに注意を向けていると、四十歳くらいの男性が来店するなりタマに近づき、いきなり抱っこをした。

(あの人、最近よく来るけど、いつもタマのところに行ってるよな。うん。あの人で間違いなさそうだな)

 オレはタマを飼いたがっている客はその男性だと確信し、相手をしていた客をほったらかしにして、彼のもとへ駆け出した。

「ん? なんだこいつ? お前なんかに用はないんだよ。あっち行け」

 そう言って足蹴にする男性に、オレは全身の毛を逆立てて威嚇した。

『フギャー!』

「うわっ! なんだよ、お前。俺が何したっていうんだよ」 

 たじろぐ男性にそのまま威嚇し続けていると、騒ぎを聞きつけた太郎が駆け寄ってきた。

「こらっ! お前、お客さんになんてことするんだ!」

『……にゃーん』

「甘えた声を出すな! 今日はもういいから、さっさと出て行け!」

『…………』

 怒りが頂点に達している様子の太郎に、得意の反省しているフリは通用せず、オレはすごすごと店から出ていった。


 そのまま家に帰って、ふて寝していたオレは、周りの喧騒によって目を覚ました。

「ニャン吉! 寝てる場合じゃないぞ!」

(ん? 次郎のやつ、何を騒いでるんだ?)

 頭がぼーっとしたまま、次郎に目を向けていると、彼の口から衝撃の言葉が飛び出した。

「お前のせいで、タマがお客さんに取られちゃったんだよ!」

『にゃん!』

「お前今日、お客さんを怒らせちゃったんだろ? そのお詫びのしるしに、お父さんがタマを譲っちゃったんだよ」

『にゃ、にゃ、にゃ、にゃー!』

「ニャン吉が悪いんだから、なんとかしてよ」

『にゃん!』

 オレはすぐさま店に向かって駆け出した。 


「ん? なんだ、お前。今日はもういいって言っただろ」

『にゃん!』

オレはしっぽを膨らませ、左右に大きく振った。

「お前、ひょっとして、タマのことで怒ってるのか?」

『にゃん!』

「仕方ないだろ。ああでもしないと、お客さんが許してくれなかったんだからさ。というか、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ?」

(確かに、それを言われたら身も蓋もないけど、今度ばかりはここで引き下がるわけにはいかないんだ)

 オレは太郎に飛びつき、パンチを繰り出した。

「いてっ! お前、客だけでは飽き足らず、俺にまで暴力ふるいやがって。もうお前のようなやつは面倒見切れない。さっさと出て行け!」

(太郎のやつ、オレがこんなに体を張って抗議してるのに、なんで分かってくれないんだ。もういい。こんなところ、すぐに出て行ってやる)

 オレは最後に太郎に一発パンチを食らわせ、店を飛び出した。






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