第19話 まさかのプロポーズ

 休日の朝、ごはんを食べた後リビングでくつろいでいると、タンゴが話しかけてきた。

「おい、ニャン吉。おれ、カシコに告白することにしたよ」

「ほう。やっと、その気になったか。で、いつ告白するんだ?」

「今日の夕方。お前が前にミーコに告白し損ねた丘でしようと思ってるんだ」

「そうか。あそこは告白するに最適な場所だから、カシコも喜ぶと思うぞ」

「そうだといいけどな。でも、もしそうなったら、おれはお前を追い抜くことになるけど、お前はそれで平気なのか?」

「まあ正直に言うと平気じゃないけど、お前らが幸せになるのなら、オレは喜んで祝福するよ」

「お前、いつの間に、そんな大人な発言ができるようになったんだよ」

 不意にタンゴが変なことを言った。

「よせよ。そんなこと言われたら照れるじゃないか。それより、告白の文言はもう考えてるのか?」

「ああ。昨日の夜、寝ずに考えたよ」

「どんなの考えたんだよ。それが適切かどうか判断してやるから、ちょっと言ってみろよ」

「断る。なんでお前に教えなくちゃいけないんだよ」

「じゃあ、オレが考えているものを教えてやるから、お前のも教えろよ」

「まあ、それならいいか。で、お前はどんなの考えてるんだ?」

 タンゴが割とあっさり承諾したことに拍子抜けしながらも、オレは自信満々に教えてやった。

「『オレと付き合えば、毎日ハッピーな気分で過ごせるぜ』だ」

「なんだ、それ? ていうか、その前にもっと言わなければいけないことがあるだろ」

「例えば?」

「好きとか愛してるとかだ」

「はははっ! お前、今日それを言うつもりなのか?」

 ストレートな言葉を使うタンゴに、思わず笑ってしまった。

「いけないか?」

「いけなくはないが、いきなりそんなこと言ったら、カシコに引かれるんじゃないか?」

「なんで?」

「重いからだよ。今時そういうのは流行らないと思うぞ」

「じゃあ、さっきお前が言ったやつみたいな、軽い感じの方がいいっていうのか?」

「さあな。オレもまだ直接言ったわけじゃないから、なんとも言えないな」

「じゃあ、おれはどうすればいいんだよ。好きとか愛してるを飛ばして、いきなり付き合ってくれって言った方がいいのか?」

「まあ、その方がいいと思うけど、オレも責任取れないから、自分の思うようにやればいいんじゃないか?」

「そうだな。じゃあやっぱり、昨日考えたやつでいくことにするよ。じゃあな」

 そう言うと、タンゴはリビングの隅に寝転がり、すぐに寝息を立て始めた。

 どうやら、告白文を寝ずに考えたというのは本当のようだ。


 やがて夕方になると、タンゴはいそいそと出掛けていった。

(タンゴのやつ、完全に浮かれてるな。よーし、このまま後をつけて、どんな告白するか見届けてやろう)

 オレは気付かれないように用心しながら、そっとタンゴの後をつけた。

 タンゴは途中でカシコと合流すると、彼女と一緒にそのまま丘に向かって歩き出した。

 オレは、これまでより更に用心しながら、彼らの後をつけた。


 やがて丘に着くと、彼らはしばし、そこから見える夕日に見とれていた。

 まあ、無理もない。オレも初めて見た時は、そうだったから。

 そのまま岩に隠れて様子を見ていると、タンゴの顔が見る見る強張っていくのが分かった。

(タンゴのやつ、いよいよ告白する気だな。さて、一体どんなことを言うのか見ものだな)

 オレは一切の雑念を捨て、耳に全神経を集中させた。

「カシコ、君のことが好きだ。愛してる。おれは初めて会った時から、そう思ってたんだ」

(ぷっ、あいつ、本当に言ってやがる。よくあんなくさいセリフを、恥ずかし気もなく言えるよな。ていうか、初対面でそんなこと思っちゃまずいだろ)

 心の中でツッコミを入れながら、そのまま聞いていると、タンゴは更におかしなことを言い出した。

「君はおれの天使だ。女神だ。太陽だ。いや。いっそのこと、女王様だ!」

(ぷっ、何言ってんだ、あいつ? ていうか、これ以上おかしなこと言われたら、笑いを堪える自信はないぞ)

 そんなことを思いながら、そのままタンゴに目を向けていると、彼は予想だにしていないことを言った。

「おれは君の言うことならなんでも聞くつもりだ。ごはんを分けてくれと言われたら、すぐに分けるし、店で嫌な客に指名されたら、喜んで代わってあげる。だからおれと、明るく元気な家庭を築いてくれないか?」

「ぎゃははっ!」

 オレは堪えきれず、吹き出してしまった。

「ニャン吉! なんでお前がここにいるんだ?」

 タンゴは突然現れたオレを見て、目を丸くする。

「お前の後をつけたからに決まってるだろ。そんなことより、なんだよ今の告白は。

交際をすっ飛ばして、いきなりプロポーズなんかして」

「……プロポーズなら断られても、あきらめがつくと思ったんだよ」

「はあ? それどういうことだよ」

「交際を断られたら、リアルに落ち込むだろ? けどプロポーズなら、元々ハードルが高いから、断られてもそんなにショックは受けないと思ったんだ」

「なんだよ、それ。ほんと、お前はわけわかんねえな」

 タンゴの独特な考えに呆れていると、それまで黙っていたカシコがゆっくりと口を開いた。

「あんた、関係ないのに横から茶々入れないでよ」

「えっ、もしかして怒ってる?」

「当然でしょ。告白を途中でジャマされたんだから」

「けど、あの告白はないだろ。カシコも変だと思わないか?」

「思わないわ。一生懸命考えて言ってくれたものを、変だなんて思うわけないでしょ」

(マジかよ。カシコのやつ、タンゴのプロポーズが胸に刺さっちゃってるじゃん)

「……そうだよな。いや、オレが悪かったよ。もうジャマしないから、後はよろしくやってくれ。じゃあな」

 そう言うと、オレは逃げるように彼らの前から走り去った。





 









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