第18話 勝負の行方

「さあ、次のウチの出番はタンゴです。彼は頼りないところもありますが、やる時はやるやつです。なので、期待していいでしょう。対するはポメラニアンのポメ君。さて、彼の実力はいかほどのものでしょう。それでは第三回戦スタート!」

 号令と同時に、ポメが回転をし始めた。彼はまったくやめる気配を見せず、それどころかぐんぐん加速していった。

(おいおい。あいつ、いつまで回転してるんだよ。ていうか、あんなに回転していて、なんで目が回らないんだ?)

 ポメが回転している間、タンゴは三人目の動物嫌い高橋さんの相手をしていた。

 見た目三十歳くらいの彼女は、猫じゃらしを使って、とても楽しそうにタンゴを操っている。

 これはタンゴの楽勝だなと思っていると、不意にポメが回転をやめ、今度はでんぐり返しをし始めた。

(おいおい。あいつ、あんなこともできるのかよ。しかも何回も連続でやってるし……ていうか、あいつの三半規管、半端ねえな)

 そんなことを思いながら、ふと高橋さんに目を向けると、彼女は完全にポメに釘付けになっていた。

 結局そのまま時間となり、勝負は後半怒涛の追い上げを見せたポメに軍配が上がった。

「いやあ、今の勝負は見応えがありましたね。前半は圧倒的有利だったタンゴですが、後半のポメ君の荒技に逆転されてしまいましたね。でも、いい勝負を見せてくれたので悔いはないです」

 太郎は口ではそう言ってるけど、本当は悔しくてたまらないのだろう。

 言葉の端々にそれが出ていた。


「次のウチの出番はシロです。現在十五歳の彼は、その経験豊富なところを思う存分発揮してくれるでしょう。対するはフレンチブルドッグのブルちゃん。現在犬チームはリーチがかかっていますが、果たしてこのまますんなり優勝できるでしょうか。それではスタート!」

 スタート直後、ブルちゃんは四人目の動物嫌い前岡さんに向かって突進していった。見た目六十歳くらいの彼女は、その突進を受け止めきれず、椅子から転げ落ちてしまった。

(よし! 今のは大きなマイナスポイントだ。これでよほどのことがない限り、シロさんが負けることはない)

 シロさんもオレと同じことを思っているのだろう。ブルちゃんと前岡さんのやり取りを、余裕の表情で見ている。

(ん? よく考えたら、シロさんが負けて、ここで決着がついた方がいいんだった。おいブルちゃん、さっきのポメみたいに、ここから怒涛の追い上げを見せてみろ!)

 オレの願いは届かず、結局そのままブルちゃんの負けとなってしまった。

「結局、最初のブルちゃんの失敗が、最後まで尾を引いてしまいましたね。これで二勝二敗となり、勝負は最終決戦に持ち込まれました」

(さてと、いよいよオレの出番か、この前みたいに勝てればいいが、もし負けたりしたら、太郎のやつ怒り狂うんだろうな)

 オレはそんなことを思いながら、ゆっくりとテーブル席へ移動した。


「ウチのラストはニャン吉。彼は普段はわがままし放題で、いつも手を焼いていますが、こういう時は非常に頼りになるやつです。現に、この前の対戦も勝っていますし、今回ももちろんやってくれるでしょう。対するはトイプードルのビッシュ君。彼は前回のしつけ対決の際ニャン吉に負けていることで、並々ならぬ思いで今日という日を迎えていることでしょう。それでは、そろそろまいります。最終決戦スタート!」

 スタートの合図とともに、ビッシュは五人目の動物嫌い黒川さんの頭を勢いよく舐め始めた。

 見た目五十歳くらいの彼は見事なつるっぱげで、ビッシュの過激なスキンシップに、少し引いている感じだった。

(あいつ、やけに気合が入ってるな。この前オレに負けたのが、そんなに悔しかったのか? それにしてもあいつ、よくあんな頭、舐められるな……ていうか、なんでオレの時だけ、あんな中年男が相手なんだよ)

 そんなことを思いながら、しばらく様子を見ていると、最初険しかった黒川さんの表情が段々と緩んできた。

(おいおい。あのおじさん、気持ちよくなってるじゃないか……このままだとまずいな)

 オレはすぐさま黒川さんのもとへ駆け出し、足の裏を舐め始めた。

(ああ、気持ち悪い。なんでオレがこんなことしなくちゃいけないんだよ)

「ヒャハハッ! おい、くすぐったいからやめろよ」

 黒川さんはそう言ってるけど、表情は緩んだままだった。

 オレは吐きそうになるのを我慢しながらそのまま舐め続け、気が付いたら制限時間いっぱいとなっていた。

(とりあえず、やれることはやった。あとは黒川さんがどう判断するかだな)

 ドキドキしながら、黒川さんに目を向けていると、彼はなんら迷うことなくビッシュの方を指差した。

「ああっと! 最後の対決はビッシュ君に軍配が上がりました。見事に前回の雪辱を果たした彼は、どこか誇らしげな表情をしているように見えます。これで犬チームの優勝となったわけですが、どれもいい勝負だったので、私としてはとても満足しています」

 太郎はそう言ってるけど、これは絶対嘘だ。

 負けたことで、店の宣伝がしづらくなるだろうし、何より負けるのが大嫌いな彼が満足してるわけがない。


 やがて吉永さんが犬たちを連れて店を出ていくと、勝負に負けたオレ、タマ、タンゴが太郎に呼び出された。

「お前たち、なんで今日負けたか、分かってるか?」

 太郎が怒りに満ちた表情で聞いてきた。

(そんなの、分かるわけないだろ。ていうか、タマとタンゴは人間の言葉が分からないんだから、そんなこと聞いても無駄だろ)

 そんなことを思っていると、太郎が突然怒鳴り声を上げた。

「気合が足りないんだよ! お前ら、さっきの犬たちを見たか? みんな気合を入れて、懸命に戦ってただろ? それに引き換え、お前らのやる気なさときたらどうだ? ほんと、見ていてとても腹立たしかったよ。そんなんで勝てるわけないだろ!」

(おいおい。気合を入れれば、勝てるってものでもないだろ。現にミーコとシロさんは、相手の自滅で勝ったんだし……ていうか、オレたち猫は元々そういう生き物なんだよ)

 オレは怒り狂っている太郎に、心の中でささやかな抵抗をした。


 



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