第17話 再び犬と勝負

「じゃあ、この作戦がどんなものか具体的に説明しますね。夕方になって、ミーコさんの家族が迎えに来たら、その周りを走り回って歓迎の意を示すんです。それを毎日続けていくうちに、段々とぼくに好感を持つようになると思いませんか?」

「なるほどな。けど、迎えに来た時に、お前が客の相手をしていた場合はどうするんだ? 客をほったらかして、家族のもとへ走るのか?」

「ああ、そこまでは考えていなかったですね」

「なんだ、所詮その程度か。お前は詰めが甘いんだよ」

「ぐっ……けど毎日は無理でも、行ける時だけ行けば、好印象は与えられると思いますよ」

「いや。逆に気まぐれなやつと思われるのがオチさ」

「そんなこと思われませんよ! とにかくぼくは、明日からこの作戦を実行しますから」

 そう言うと、タマは逃げるように去っていった。

(タマのやつ、本当に実行するつもりなのかな。まあそれで家族に好感を持たれたところで、ミーコに好かれないことには意味ないんだけどな)

 オレはタマの後ろ姿を見送りながら、そんなことを思っていた。


「明日、猫レースに続く新しい企画を開催する」

 開店前のミーティングで、太郎が気になるフレーズを口にした。新しい企画?

 そのまま耳を傾けていると、彼はとんでもないことを言い出した。

「明日五匹の犬を呼んで、猫たちと対決させる。その内容だが、動物嫌いの人間を相手に、決められた時間の中で、どちらが好感を持たれるかを競わせる」

(なんだと? そもそも、動物嫌いの人間に好感なんて持たれるわけないだろ。太郎のやつ、一体何を考えてるんだ)

 そんなことを思っていると、太郎が対決する猫のラインナップを言い始めた。

「一番手はタマ。こいつはまだ子供だが、愛嬌があるから動物嫌いを克服させられると思う。二番手はミーコ。言うまでもなく彼女はウチの看板猫だから、必ず勝ってくれるだろう。三番手はタンゴ。こいつは気性は荒いが、逆にそれがハマる可能性は十分にある。四番手はシロ。最年長の彼は、これまでの経験を活かして、立派にやり遂げてくれるだろう。そして最後はニャン吉。こいつは言わずとしれたわがまま猫だが、不思議とこいつならなにかやってくれるんじゃないかという期待感を抱かせてくれる。この前のしつけ対決も勝ったことだし、今回もやってくれるだろう」

(やっぱりオレも入ってるのか……しかも五番手。その前に決着がついてればいいけど、こういう時に限って最後までもつれこむんだよな)

 オレは憂鬱な気分のまま一日を過ごした。


 そして翌朝、以前【猫なで声】に見学に来た吉永さんが五匹の犬を連れてやってきた。

「やあ、よく来たね。悪いけど、今日も勝たせてもらうよ」

「望むところです。前回悔しい思いをした分、今日こそは必ず勝ちます」

 戦う前から火花を散らす太郎と吉永さん。ていうか、戦うのはオレたちなんだけどな。

「まずは川口さん。こちらに来てください」

 どこで集めたのか、五人の動物嫌いがソファに並んで座っている。

 そのうちの一人が太郎に呼ばれて、テーブル席の方へ移動した。

「今から十分間、この二匹とたわむれてもらいます。その際、どうしても我慢できなくなったら、遠慮せずそうお申し付けください。それではスタート!」

 太郎の号令のもと、タマとその相手のチワワが川口さんにすり寄っていった。

 見た目四十歳くらいの彼女は、タマとチワワに明らかに怯えている。

 一応、手には猫じゃらしを持ってるけど、彼女はまったく使おうとせず、もはや飾り状態だ。

(これは思った以上に大変そうだな。怯えている者に、どう接していいかなんて分からないよ)

 そんなことを思いながら、ふと太郎に目を向けると、前回と同じようにスマホで動画を撮っていた。

(太郎のやつ、また店の宣伝に使うつもりだな。けど、こんなシュールなもの撮って、宣伝になるんだろうか)


 結局、その状態が最後まで続き、時間となった。

 はっきり言って、どちらとも好感を持たれたとはいえず、この勝負引き分けかと思っていると、川口さんはチワワの方を指差した。

「おおっと! なんとチワワのチー君に軍配が上がりました。川口さん、彼の勝因はなんでしょう?」

 太郎が納得のいかないような顔で聞く。

「どちらにも好感は持てなかったんですけど、猫が犬にパンチとかして嫌がらせしてたから、犬の勝ちにしました」

「なるほど。つまりこの勝負、タマが墓穴を掘ったということですね。彼には後で、たっぷりと説教してやります。では次の勝負にまいりましょう」

 太郎は笑顔を交えながら穏やかな口調で話してるけど、目の奥はまったく笑っていなかった。


「次はウチの看板猫のミーコですからね。これは負けられませんよ。対するはミニチュアダックスフンドのダックスちゃんです。さあ、それではスタート!」

 開始早々、ダックスは二人目の動物嫌い上西さんの顔を舐め始めた。

 見た目二十歳くらいの彼女は、明らかに引いている。今にも泣き出しそうだ。

 それでもしつこく舐め続けるダックスに対し、ミーコは少し離れた場所から様子を窺っている。

(ミーコのやつ、ダックスが自滅するのを待ってるんだな。さすがオレの彼女、頭がいい)

 結局、上西さんはダックスの異常なスキンシップに耐えきれずに途中でリタイアし、何もせず静観していたミーコの勝ちとなった。

「今のは完全にミーコの頭脳プレーですね。さすがはウチのエースというところです。というわけで、これで一勝一敗のタイになりました」

 今の勝負に負けていたら、もう後がなくなっていただけに、太郎は心底ホッとしているに違いない。

 










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