第15話 最高のシチュエーションで愛の告白!

 翌日の夕方、ミーコの家の者が迎えに来たところで、オレも従業員に早退を申し出て、なんなく了承された。

 えっ、どんな風に申し出たのかって。

 それは簡単。腹を押さえて痛がってみせただけ。

 オレって普段からよく食べるから、食べ過ぎてお腹を壊したと思われたみたいだ。

 何はともあれ、早退することに成功したオレは、そのままミーコの後をつけた。

「あれっ、ニャン吉どうしたの?」

 オレは、ミーコを迎えに来た小学二年生の百合ちゃんに不覚にも見つかってしまい、彼女の隙を見てミーコを連れ出すという計画は早々に崩れてしまった。

『にゃーん』

「もしかして、ミーコと遊びたいの?」

『にゃん!』

「どうやらそうみたいだね。じゃあ少しだけミーコを貸してあげるから、早く帰ってきてよ」

 百合ちゃんはそう言うと、抱えていたミーコをそっと下に降ろした。

(ふう、なんとかうまくいった。あとはミーコに告白するだけだ)

 事前に夕日を見に行くことをミーコに伝えていたオレは、彼女と一緒にその場所に向かって駆け出したが……。

「ねえ、その場所って、どこにあるの?」 

 なかなかたどり着けないことに不安を感じたのか、ミーコが聞いてきた。

「……実はまだオレも行ったことがなくて、よく分からないんだ」

「ええっ! わたしをこんなところにまで連れてきておいて、今更それはないでしょ!」

「……ごめん。昨日、恵子に夜景の話を聞かされているうちに、どうしてもきれいな夕日が見えるところでミーコに告白したくなったんだ」

「夜景?」

 オレは、昨日恵子から聞いた話を詳しく説明した。


「ふーん。まあニャン吉の気持ちは嬉しいけど、その場所にたどり着けなかったら、意味ないでしょ。これからどうするの?」

「とりあえず、この辺をぶらついてたら、いつか見つかると思うんだけど……」

「いつかじゃダメなのよ。早く帰らないといけないんだからさ」

「……そうだよな」

 途方に暮れながら、なおも歩いていると、少し先に小高い土地があるのが見えた。

(あっ! もしかして、あそこかも? 頼む。あそこであってくれ!)

 オレは心の中で強く願いながら、そこに向かって駆け出した。

「ちょっと待ってよ!」

 ミーコの声を背中で受けながら、その場所にたどり着くと、オレはすぐさま夕日に目を向けた。

(おいおい。なんだよ、これは。きれいなんてもんじゃないぞ)

 そこから見える夕日は、想像していたものをはるかに超えていた。

 どんな言葉で表現しても陳腐に聞こえるほど、圧倒的に美しかった。

 後から来たミーコも感動のあまり、言葉を失っていた。

(これは告白するのに最高のシチュエーションだな。ようし、前々から考えていた文言を今から言うぞ)

 ロマンチックな雰囲気の中、満を持して告白しようとすると、ミーコの口からまさかの言葉が飛び出した。

「わたしの体内時計ではもう一時間過ぎてるから、そろそろ戻らなきゃ」

「えっ! せっかくここまで来たんだから、告白させろよ」

「ダメよ。早く帰らないと、みんなが心配するじゃない」

「少しくらい遅くなっても大丈夫だよ。ていうか、よくこのシチュエーションで、そんなに冷静でいられるな」

「わたしはみんなに心配かけたくないだけよ。ここにはまた今度来ればいいじゃない」

「そんな簡単に言うなよ。今日もここに来るまでにかなり苦労したのは、ミーコも知ってるだろ」

「もうこの場所は分かったんだから、次はスムーズに行けるよ。じゃあ、帰るわよ」

 そう言うと、ミーコはオレを置いて、駆け出していった。

 「ちょっと待てよ!」

 オレは後ろ髪を引かれる思いで、ミーコの後を追いかけていった。


 やがてミーコの家の近くまでたどり着くと、百合ちゃんと母親にばったり出くわした。

「ミーコ! 遅いから心配してたんだよ」

「こんな時間まで、どこで遊んでたの?」

 どうやら、帰りが遅いのを心配して、オレたちを探していたようだ。

『にゃーん』

 ミーコは甘い声を出して、機嫌を取ろうとしたけど、彼女たちはそれを受け入れず、オレに怒りの矛先を向けてきた。

「ニャン吉! 早く帰ってきてって言ったでしょ!」

「ウチのミーコに何かあったら、どうするの!」

『……にゃーん』

「甘えてもダメよ。もう二度と、ミーコとは遊ばせないから」

「もうミーコとは関わらないで」

 そう言うと、彼女たちはミーコを連れて、自分たちの家に帰っていった。

 一匹残されたオレは、呆然と彼女たちの後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 傷心のまま家に帰ると、太郎が仁王立ちで待ち構えていた。

「こんな時間までどこに行ってたんだ?」

『……にゃーん』

「聞くところによると、お前今日腹を壊して店を早退したそうだな。で、腹はもう治ったのか?」

『にゃん!』

「嘘つけ! お前、本当は最初から腹なんか壊してなかったんだろ?」

『……にゃん』

「お前がミーコを連れて丘に登っているところを見たっていう人が、さっき連絡してくれたんだよ。で、お前なんでそんなところへ行ったんだ?」

『…………』

 太郎の鋭い質問にリアクションできないでいると、近くで聞いていた恵子がオレたちの間に割って入った。

「ニャン吉は多分、昨日の私の話を聞いて、そこへ行ったのよ。その場所は夕日がきれいに見えるって有名だから」

「昨日の話ってなんだ?」

 恵子は昨日オレに話したことを、そのまま太郎に伝えた。


「なるほどな。それでお前、夕日を見ながらミーコに告白しようとしたのか?」

『にゃん!』

「で、ちゃんと告白できたのか?」

『……にゃん』

「はははっ! わざわざ仮病まで使って行ったのに、告白できなかったのかよ。ほんとお前はダメなやつだな」

『…………』

 傷ついた心に追い打ちをかけるような太郎の言葉に、オレは深い悲しみに打ちひしがれていた。 



 



 





 


 


 

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