第13話 美人猫カシコ登場!

 太郎が開店前のミーティングで、従業員たちに新しい猫の紹介をしている。

 名前はカシコ。彼女は頭がいいみたいだから、太郎はそう名付けたんだろうけど、オレに言わせると、相変わらずネーミングセンスがない。

 あと純血種らしいけど、そもそも雑種と純血種の違いがよく分からない。

 雑種だろうが純血種だろうが、猫は猫だろ。

 そんなことを思っていると、タンゴがニヤニヤしながら近づいてきた。

 「おれ、ミーコのことあきらめてよかったと思ってるよ」

「はあ? それ、どういう意味だよ」

「だって、そのおかげで、あんなきれいな子を狙えるんだからさ」

 タンゴは目をハートにしながら、カシコの方を見ている。

 彼の言う通り、カシコは真っ白な体をしていて毛艶もいいし、ミーコに勝るとも劣らないほどの美猫だ。

「お前なあ、この前までミーコのこと追いかけてたのに、もう違うメス猫に目移りしやがって。 お前には節操ってもんがないのか?」 

「何とでも言え。おれは絶対あの子をものにするからな。はははっ!」

(あーあ。こいつ新しいメス猫が来て浮かれているけど、あの子、気位も高そうだし、振られるのは目に見えてるな)

 高笑いするタンゴを、オレは哀れみの目で見ていた。


 やがて開店すると、緊張した顔で床に座っているカシコに、タンゴが近づいていった。

 気になって、その後を追うと、彼は「そんなにかしこまることないよ。客なんて適当に相手してればいいんだからさ」と、さらりと言った。

「はあ? あんた、何言ってるの?」

 怪我な顔を向けるカシコに、タンゴはさらに続ける。

「客なんて、こっちが甘い顔を見せたら、すぐに付け上がるからさ。もし抱っこしてくる客がいたら、思い切りパンチを食らわせるといいよ」

「そんなことできるわけないでしょ。あんたさっきから変なことばかり言ってるけど、やる気あるの?」

「最初はあったけど、今はまったくないよ。君もやっていれば分かると思うけど、客の相手をしているうちに、そんなもの段々となくなっていくんだよ」

(タンゴのやつ、自分ではアドバイスしてるつもりなんだろうけど、カシコがどん引きしてることに気付かないのかな)  

 呆れた表情を見せるカシコを見ながら、そんなことを思っていると、タンゴはダメ押しとばかりに、「この店のオス猫は役立たずばかりだからさ。何か困ったことがあると、おれに言えばいいよ。こう見えて、おれってすごく頼もしいんだぜ。はははっ!」と言い放った。

 さすがに役立たずとまで言われては、オレも黙っていられない。

 高笑いするタンゴの背後から、思い切りパンチを食らわせてやった。

「いてっ! おい、何するんだよ!」

「うるさい! オレを役立たず呼ばわりしやがって!」

「おれはお前のことを言ったんじゃなくて、全体を見て言ったんだよ」

「同じことだ! その中には、オレも含まれてるんだからな」

 タンゴとの言い合いが過熱する中、その一因となったカシコが逃げるようにオレたちから離れていった。

「あっ! お前のせいで、カシコが逃げちゃったじゃないか!」

「いや、いや。オレのせいじゃないって。カシコはさっきからずっと、お前から逃げる機会を窺っていたんだからな」

「なんだと? なんでお前にそんなことが分かるんだ?」

「お前がネガティブなことばかり言ってるからだよ。これから働こうとしている者があんなの聞かされたら、そりゃあ逃げたくもなるって」

「……そうか。オレは良かれと思って言ったんだが、どうやらそれが裏目に出たようだな」

「まあ、そういうことだ。いきなりあんなこと言われたら、誰だって戸惑うさ」

「じゃあ今後、おれはカシコとどう接すればいいんだ?」

「そうだな。彼女は今、お前にマイナスイメージを持ってるから、しばらくは関わらない方がいいだろうな」

「それじゃ、すぐに仲良くなれないじゃないか」

「仕方ないだろ。お前が悪いんだからさ。まあ、ほとぼりが冷めるまで、我慢しろよ」

 そう言うと、タンゴは納得のいかないような顔でうなずいた。


 その後カシコは、見た目の美しさと頭の良さから、たちまち人気猫となった。

 特に男性からの人気が凄まじく、ミーコを凌ぐほどだった。

 そんな状況の中、ある問題が起こった。

 カシコをめぐって、男性客同士がケンカを始めたのだ。

「俺が先に来たんだから、俺に優先権があるのは当然だろ!」

「うるせえ! 後先なんか関係あるか!」

 どうやら、どちらがカシコと遊ぶかで揉めているようだ。

 二人とも見た目三十代くらいで、特に悪い印象は感じない。

 戸惑うカシコを尻目に、この先どうなるのかと、そばで戦況を見守っていると、タンゴが二人に近づいていった。

「あんたら、いい大人がこんなことでケンカして、みっともないと思わないのか?」

 もちろん二人にはタンゴの言ってることは分からないんだけど、なんとなく気に入らなかったのだろう。二人のうちの一人が、タンゴを足蹴にした。

『フギャー!』

 すると、それに怒ったタンゴが、男性につかみかかった。

「うわっ! こいつ、何するんだよ!」

 男性は慌てて振り払おうとしたけど、タンゴはなかなか離れようとせず、終いには騒ぎを聞きつけた太郎の手によって、強引に引き離された。

「こら、タンゴ! お前、お客さんに向かって、なんてことするんだ!」

 怒りの目を向ける太郎に対し、タンゴはソッポを向いて、我関せずといった態度を示している。

「お前、全然反省してないな。罰として、今日はごはん抜きだ!」

『……にゃーん』

 もちろんタンゴは太郎の言葉は分からないんだけど、なんとなくニュアンスが伝わったのだろう。

 彼はひどく落ち込んだ表情をしていた。


 






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