第12話 ドキドキの初デート
今日は近所の神社で夏祭りが行われる日。楽しみ過ぎて、オレは朝から仕事が手に付かないでいる。それというのも、今日はミーコと一緒に行けるからだ。
今まではタンゴがいたから叶わなかったけど、彼は先日オレとのナンパ対決に負けたことで、既にミーコから撤退している。
(今日はいよいよミーコとの初デートだ。バッチリきめて、一気にカップルにまで発展させるぞ)
そんなことを考えながら、室井のおばちゃんの相手をしていると、「ニャン吉、今日はなんか、心ここにあらずって感じだね」と、見透かされたように言われた。
『にゃーん!』
おばちゃんの鋭い感覚に驚いていると、彼女はすかさず二の矢を放ってきた。
「聞くところによると、お前今日ミーコと祭りに行くそうじゃないか。まさかそれでエッチなこと考えてるんじゃないだろうね」
『にゃん!』
「あははっ! どうやら図星のようだね。というか、お前わたしの言ってることが分かるのかい?」
(まずい。調子に乗って、ついリアクションしてしまった。なんとかごまかさないと)
瞬時にそう考えたオレは、おばちゃんが持っている猫じゃらしに体当たりをした。
「おっ、やっとやる気になったようだね」
おばちゃんはそう言うと、嬉しそうな顔をしながら、猫じゃらしを前後左右に振り始めた。
『にゃん!』
オレはなんとかごまかせたことにホッとしながら、その後いつものように、おばちゃんの操る猫じゃらしと格闘した。
やがて仕事を終えると、オレはミーコとともに次郎に連れられ、近所の神社に出掛けた。
その道中、オレは気になっていたことをミーコに聞いてみた。
「なんで、今日のデートOKしてくれたんだ?」
「別に。ただ祭りがどんなものか、一度見てみたかっただけよ」
「ふーん。じゃあ、そういうことにしといてやるよ」
「何よ、ニヤニヤしたりなんかして。言いたいことがあるのなら、はっきり言えば」
「じゃあ言うけど、OKしてくれたのはタンゴが撤退したからなんだろ? ジャマ者がいなくなったから、オレとデートする気になったんじゃないのか?」
「それじゃ、わたしが前からニャン吉のことを好きだったみたいに聞こえるじゃない」
「違うのか?」
「違うわよ。さっき言ったように、祭りに興味があっただけよ」
(こいつ、本当はオレのこと好きなくせに、強がっちゃって。まあ、こういうところもかわいいんだけどな)
オレは照れて本音を言えないミーコが、かわいくて仕方なかった。
やがて神社に着くと、周りは大勢の人たちでごった返していた。
「うわー! やっぱり人が多いな。二匹とも迷子にならないよう、ぼくから離れないでね」
次郎はオレとミーコのことを気遣いながら、屋台のある場所へゆっくりと歩いていった。
そのまま次郎の後について、屋台が立ち並んでいる通りをミーコと歩いていると、何やらおいしそうな匂いがしてきた。
その方向に目を向けると、タンクトップを着た体格のいいお兄さんが、串に刺したイカを両手に何本も持ちながら、豪快に焼いていた。
『にゃん!』
オレは我慢できず、その屋台に向かって駆け出した。
すると、それに気付いた次郎が、ミーコを抱っこしながらオレを追いかけてきた。
「ニャン吉! さっき、ぼくから離れないでって言ったばかりなのに、いきなり走り出すなよ!」
『……にゃーん』
「まあ、分かればいいんだよ。それより、あれを食べたいの?」
次郎は焼き上がったイカを指差しながら聞いてきた。
『にゃん!』
「分かったよ。じゃあ買ってきてあげるから、ここで待ってて」
そう言って、次郎はイカ焼きを一つ買い、オレのところに持ってきてくれた。
「ほら、ニャン吉。買ってきたから、遠慮せずに食べていいよ」
オレは飛びつきたいのを抑えながら、ミーコに目を向ける。
「ミーコ、これ食べていいよ」
「えっ、でも、ニャン吉も食べたいんでしょ?」
「まあそうだけど、一つしかないからさ。ミーコが見てる前で、オレだけ食べるわけにはいかないだろ?」
「じゃあ、わたし半分食べるから、残りはニャン吉が食べるといいよ」
「おおっ! ナイスアイデア。それなら公平だし、何よりミーコと間接キ……」
「わたしがどうかした?」
「……いや、なんでもない。じゃあ、先に食べていいよ」
(あぶない、あぶない。間接キスなんて言ったら、どん引きされるに決まってるもんな)
オレはミーコがイカ焼きを食べるのを、ドキドキわくわくしながら見ていた。
その後、次郎が射的や金魚すくいを堪能している姿をミーコと見ているうちに、気が付くと祭りの締めくくりとなる花火の時間となっていた。
「わたし、テレビでしか見たことないから、とても楽しみだわ」
ミーコが珍しく興奮している。まあそれも当たり前か。
オレもテレビで一度見たことあるけど、あんなキレイで迫力のあるものを見たのは、後にも先にもその一度きりだもんな。
その場にいる全員が注目する中、一発目の花火が打ち上がった。
『ヒュー、ドーン!』
激しい爆発音とともに、無数の火の粉で作り上げた花が見えたと思った瞬間、それはあっという間に消えていった。
その圧倒的な美しさを目の当たりにし、感動のあまり声も出せないでいると、花火は次々と打ち上がり、オレに余韻に浸る時間を与えてくれなかった。
やがてすべての花火が打ち上がると、オレは隣で放心状態になっているミーコに声を掛けた。
「ミーコ、花火終わったぞ」
ミーコはオレの声に気付くと、その状態のまま、ゆっくりと口を開いた。
「わたし、こんなに感動したの、生まれて初めてよ」
「オレもだ。感動のあまり、ミーコに愛の言葉をささやくのを忘れてたよ」
オレは事前に、花火を見ながらミーコを口説く計画を立てていた。
「じゃあ今言ってよ」
いたずらっぽく笑うミーコに、オレは「また今度な」と返し、そのまま家に向かって歩き出した。
「ニャン吉、ちょっと待てよ!」
声を掛けてきたのはミーコではなく次郎だった。
「ぼくから離れるなって、何度言えば分かるんだ!」
『……にゃーん』
せっかく、カッコよくきめようと思っていたのに、次郎のせいで台無しになってしまった。
まあ、それがオレらしいといえばオレらしいんだけどな。
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