第10話 令和ナンパ対決(前編)
「お前、いい加減にしろよ。ミーコはお前のこと、なんとも思ってないんだよ」
「それはこっちのセリフだ。嫌われてるくせに、いつまでもミーコに付きまとうなよ」
開店前、いつものようにミーコのことでタンゴと言い合いをしていると、どこからか聞きつけたミーコがオレたちの間に割って入った。
「もう、わたしのことでケンカをするのはやめてよ。あなたたちのことは、職場の仲間としか思えないって、もう何度も言ってるじゃない」
「じゃあ聞くけど、ミーコは他にだれか好きなやつがいるのか?」
思い切って聞いてみると、ミーコは「そんなの、いないわ」と強く否定した。
「それなら、もっとオレたちの方に目を向けてくれてもいいじゃないか。一体オレたちのどこが気に入らないっていうんだよ」
「気に入らないなんて、一言も言ってないでしょ。ただ友達としか見れないだけなのよ」
「じゃあ、どうしたら、恋人として見てくれるようになるんだ?」
タンゴが前のめりになりながら聞いた。
「どうやっても、無理なものは無理なのよ」
そう言うと、ミーコは逃げるように、オレたちの前から去っていった。
そのままミーコの後ろ姿をしばらく眺めていると、不意にタンゴが呟くように言う。
「二匹で追いかけているから、ミーコも選べないのかもな」
タンゴの言葉に、オレは目から鱗が落ちる思いだった。
「なるほど! お前、珍しくいいこと言うじゃないか!」
「珍しくは余計だ。で、どうする? このまま二匹で追いかけていても、これ以上の進展はないぞ」
「そうだな。じゃあ、ここは一つ、どっちかがきっぱり諦めるしかしかないだろうな」
「どうやって決める? 言っておくが、おれは諦める気なんてさらさらないからな」
「オレだってないさ。ということは、何か勝負をして決着をつけるしかないだろ」
「なるほど。で、どんな勝負をするんだ?」
「そうだな。お手やお座りを一分間にどちらが多くできるかなんてどうだ?」
「却下! それ、この前、お前が犬と対決した時にやったやつじゃないか!」
「バレたか。じゃあ、チョールの早食い対決っていうのはどうだ?」
「それも却下! 食いしん坊のお前に勝てる可能性は限りなく低いからな。ていうか、自分の得意なものばかり勧めるなよ」
「じゃあ、お前は何をやりたいんだよ。お前のやりたいことに合わせてやるから、言ってみろよ」
「そうだな。じゃあ、ナンパ対決っていうのはどうだ?」
「ナンパ対決?」
タンゴがわけの分からないことを言い出した。この令和の時代に、ナンパ対決だなんて……。
「ああ。今からそれぞれナンパして、一時間後により多くのメス猫をナンパした方が勝ちだ」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「もちろん。で、どうする? この勝負、受けるか?」
(こんな勝負を挑んでくるということは、タンゴのやつ勝算でもあるのか? ……いや。そんなもの、あるわけない。こいつはオレより口下手だし、決して異性にモテるタイプじゃない。よし! この勝負もらった)
「分かった。喜んでその勝負受けようじゃないか」
「そうこなくっちゃ。じゃあ、一時間後に平成公園で会おうぜ」
そう言うと、タンゴはメス猫目指して駆け出していった。
(よーし。オレの口説きテクで、メス猫たちをメロメロにさせてやるぜ)
思いがけず始まったナンパ対決だったが、オレは逸る心を抑えられないでいた。
闇雲に歩いても時間を食うだけなので、手っ取り早くメス猫を見つけたいんだけど、普段ほとんど外に出ないので、どこに行けばいいか皆目見当がつかない。
そのまま当てもなくぶらぶらしていると、前方にやたらと大きな家が建っているのが目に入った。見たところかなり古く、人の住んでいる気配はない。
(ここは猫の寝床にはもってこいの場所だな。他に当てもないことだし、とりあえず中に入ってみるか)
オレは敷地内に入り込み、軒下を覗いてみた。すると何匹かの子猫がいて、母猫が地面に寝そべった状態で授乳をしていた。
「やあ! 育児中に悪いけど、少しオレの話を聞いてくれないかな?」
警戒心を抱かせないよう明るく声を掛けると、母猫はその態勢のまま、ゆっくりとオレの方に目を向けた。
「何か用? 見ての通り、今忙しいんだけど」
「ああ、ごめん、ごめん。じゃあ、手短に言うよ。今からオレに付いてきてくれないかな?」
「どこに?」
「平成公園ってところなんだけど、知ってるかい?」
「知ってるけど、何しに行くの?」
「まあ簡単に言えば、ナンパかな。あるオス猫と勝負をしていて、二時までにどちらがより多く公園に連れていけるかを競ってるんだ」
「はあ? ナンパだって? あんた、馬鹿も休み休み言いなさいよ」
「馬鹿…………馬鹿…………馬鹿」
「あんた、何やってるの?」
「オレは君の言ったことを素直に実行してるだけだよ」
「ぷっ! あははっ! あんた、なかなかやるじゃない。今のは相当面白かったわよ」
「楽しんでもらえたみたいで、オレも嬉しいよ。じゃあ、今から付いてきてくれるかい?」
「今、授乳中だから、これが終わった後でいい?」
「もちろん。二時までに来てくれればいいからさ。ちなみに、その子猫の中にメスはいるかい?」
「一匹いるけど、それがどうかした?」
「じゃあ悪いけど、その子も連れてきてもらっていいかな?」
「うん、分かった」
「あと、この近くで野良のメス猫がいる場所って知らない?」
「それなら、ここから五十メートルくらい先に病院跡地があるから、そこに行ってみるといいよ。メス猫が何匹か暮らしてるから」
「分かった。じゃあ、また後で」
オレはとりあえず二匹確保したことにホッとしながら、病院跡地に向かった。
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