第9話 猫VS犬

「明日、ウチの店に犬が見学に来る」

 朝のミーティング中に聞こえてきた太郎の言葉に、オレはすぐさま反応した。

(はあ? 犬が見学に来るだって。一体どういうことだよ)

 気になって、太郎の言葉に耳を傾けていると、来月ドッグカフェをオープンする太郎の知り合いが、勉強のためウチの店に見学に来るらしい。その際、その店で働く犬を連れて、店の雰囲気を知ってもらおうという寸法だ。

(おいおい。犬猿の仲とはいかないまでも、犬と猫は相性がよくないことを、太郎のやつ知らないわけじゃなかろうに)

 オレははっきり言って犬が嫌いだ。あいつら、世間では飼い主に従順だとか言われてるけど、オレに言わせれば、そんなのただ媚びているだけだ。

 それと世間では、犬は素直でオレたち猫はわがままだと言われてるけど、全然そんなことないからな。

 犬は毎日散歩に連れていかないと、機嫌が悪くなって暴れたりするそうだけど、オレたち猫は散歩なんかしなくても全然平気だから。

 あと、犬はかまってちゃんが多い。四六時中、付きまとってるから、飼い主もたまったもんじゃないよな。

 その点、オレたち猫は孤独を好む生き物だから、甘えたい時だけ飼い主にすり寄って、決して付きまとったりはしない。

 というわけで、基本的に猫と犬は全然違う生き物だから、この先分かり合える日が来ることは永遠にないだろう。

 

 翌日、太郎の知り合いの男性がトイプードルを連れて、【猫なで声】にやってきた。

 男性は三十代半ばくらいで、優しそうな顔をしていた。

「やあ、吉永君。よく来たね」

「小川さん、お久しぶりです。今日はいろいろ勉強させてもらおうと思っているので、どうぞよろしくお願いします」

「まあ、そうかしこまらず、気楽にいこうよ」

「はい。でも、本当に犬を連れて来てよかったんですか? 猫たちとケンカにならないですかね?」

「それなら心配いらないよ。ウチの猫たちはみんな優秀だから、すぐに仲良くなるさ。はははっ!」

(おいおい。なに呑気なこと言ってるんだよ。そりゃあ、ウチの猫たちは自分からケンカを売ったりしないけど、向こうが仕掛けてきたら、どうなるか分からないぞ)

 そんなことを思っていると、離れた場所から様子を窺っていたタマが、トコトコとこちらに向かってきた。

 タマはトイプードルを一瞥いちべつしたかと思うと、突然全身の毛を逆立て、『フギャー!』と叫びながら威嚇いかくした。

「こらっ! お前、なんてことするんだ!」

 太郎はすぐにやめさせようとしたけど、タマは一向にやめる気配を見せず、執拗に威嚇し続けた。

「やっぱり、連れて来なかった方がよかったですね」

 怯えるトイプードルを慰めながらそう言う吉永さんに、太郎は「ごめん。こいつまだ子供だから、自分のやってることがよく分かっていないんだよ」と、やや苦しい言い訳をしていた。


 やがて開店すると、太郎は吉永さんに一時間ほど見学をさせた後、彼に向かって妙なことを言い出した。

「今、思いついたんだけど、これから犬と猫で対決させてみないか?」

「はい? 対決って、何をさせる気ですか?」

「まあいろいろあるけど、手っ取り早く、お手やお座りでいいんじゃないか?」

「えっ! 猫がそんなのできるんですか?」

「ああ。ウチには超優秀な猫が一匹いるんだよ」

「へえー。で、どういう風に対決させるんですか?」

「しつけの基本である、お手、お座り、伏せを、一分間にどちらが多くできるかを競うんだよ」

「それは面白そうですね。では喜んで、その勝負受けましょう」

「じゃあ三分後に始めるから、その間に準備をしといてくれ」

 太郎はそう言うと、すぐさまオレの方に向かってきた。

「おい、ニャン吉。さっきの話聞いてただろ? これはお前たち猫の威信に関わるものだから、しっかりやれよ」

『にゃーーん』

「なんだよ。あまり乗り気じゃなさそうだな。分かったよ。お前が勝ったら、後でチョールを好きなだけ食べさせてやるから」

『にゃん!』

「はははっ! ほんと、お前は現金なやつだよな」

 交渉がまとまったところで、オレはトイプードルと対決することになった。

「ええ、ただいまから、ウチのニャン吉と、トイプードルのビッシュ君による、しつけ対決を行います。それでは始め!」

 太郎の号令のもと、勝負は始まった。

 オレは指示役の恵子が繰り出す「お手」、「お座り」、「伏せ」に対して、まるで犬のように従順にこなした。

 (はあ、はあ。こんなの初めてやったけど、意外と疲れるもんだな。ああ、早く一分経たないかな)

 そんなことを思いながら、ふと太郎に目を向けると、オレとトイプードルが懸命に戦っている姿を、スマホで撮っていた。


「はい、そこまで! それでは集計係のお二人、それぞれ回数を教えてください」

 公平を期すため、集計係はあらかじめ客の中から二人の女性を選んでいた。

「こっちは四十三回です」

 トイプードルを集計した女性がそう言った。

 そして、オレの方は……。

「こっちは五十回ちょうどです」

(よし! これで好きなだけチョールを食べられるぞ!)

 がっくりと肩を落としている吉永さんの手前、控えめに喜んでいると、太郎が興奮気味に叫んだ。

「やった! これはいい宣伝になるぞ!」

(太郎のやつ、今撮った動画を後でネットに上げる気だな。さっき、いかにも偶然思いついたように言ってたけど、本当は最初からオレと勝負させようと思って、犬を呼び寄せたんだな。ほんと、大したやつだよ)

 オレは太郎の商売に対する貪欲な姿勢に、感心さえしていた。





 










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