第8話 老け専女登場!

(あーあ。今日も退屈だな)

 平日の昼間はあまり客が来ない。今も二人の客が来ているだけだ。

 その客もおじさんとおばさんなので、他の猫に任せている。

 そんなに退屈なら寝ればいいじゃないかと思うかもしれないけど、猫それぞれに昼寝時間が決まっているから、そういうわけにはいかないんだ。

 眠い目をこすりながら、退屈しのぎに毛繕いをしていると、二十歳くらいのかわいい顔をした女性が来店してきた。

(おっ! ようやく若い女性がやってきたな。顔もオレ好みだし、これは行くしかない)

 オレはすぐに女性に近寄り、『にゃーん』と甘い声で鳴いてみた。

 けど、彼女はオレに目もくれず、シロさんの方に近づいていった。

(えっ! よりによって、なんであんな若い子がシロさんみたいな年寄りのところに……)

 女性がオレじゃなくてシロさんを選んだことに、少なからずショックを受けていると、彼女がシロさんを抱っこし、頬ずりし始めた。

(ああ、いいなあ。オレもあんなかわいい子に頬ずりされたいよ)

 女性はその後も肉球のにおいを嗅いだり、顔全体を体に埋めたりと、異常なほどシロさんとスキンシップをとっていた。


(シロさん、幸せそうな顔してるな。幸せ過ぎて、このままポックリいかなければいいけど)

 シロさんに対する妬みから、そんなことを思っていると、突然中年男性が現れ、女性に向かって駆け出した。

「美紀、こんな所にいたのか。さあ、俺と一緒に帰ろう」

「嫌よ。私もう少し、この子と触れ合っていたいもん」

「こんなに毛が付いているということは、もう十分楽しんだんだろ? さあ早く帰ろう」

 男性は女性の顔と服を交互に見ながら言った。

「だから嫌だって言ってるでしょ。そんなに帰りたければ、あなた一人で帰ってよ」

(なに? あなただと? この二人、てっきり親子かと思っていたけど、どうやら違うみたいだな)

 その後、二人はしばらく帰る帰らないの押し問答を続けていたけど、やがて男性の方が折れて、一人で帰っていった。

(あの二人、夫婦か恋人なんだろうけど、それにしては年齢差があり過ぎる。ということは、どうやら彼女は老け専のようだな。それなら、シロさんを選んだことも納得できる)

 オレはシロさんと激しいスキンシップをとっている女性を眺めながら、世の中にはいろんなタイプの女性がいるものだと、つくづく思った。


 やがて女性が帰ると、オレはすぐにシロさんに向かって駆け出した。

「シロさん、随分おいしい思いをしましたね。ほんと、羨ましい限りです」

「おいおい。あまり年寄りをからかうもんじゃないぞ」

「からかってなんかいませんよ。さっきのシロさんの姿を見て、なんかオレ勇気が湧いてきたんです」

「勇気?」

「はい。年を取っても、若い女性に好かれることを、シロさんが身を以って教えてくれたので」

「なるほどな。でも人間は、わしら猫の年齢なんて分からない者が多いから、さっきのは偶然かもしれんぞ」

「いえ。決して偶然ではありません」

「なんでそう言い切れるんじゃ?」

「さっき、女性と言い合いしてた男性を見ましたか? あの人、どう見ても四十は越えてますよ。最初親子かと思ったんですけど、どうやら違うみたいなんですよ」

「だから、なんじゃ?」

「つまり、あの二人は夫婦か恋人なんです。ということは、あの女性は老け専ということになります。なので、シロさんが老猫ろうびょうであることも最初から分かってたんですよ」

「老猫って……なんか、そのワードあまり好きになれんな」

「じゃあ、シニア猫とかの方がいいですか?」

「まあ、そっちの方がしっくりくるな。それより女性のことじゃが、年の離れたパートナーがいるだけで老け専と決めつけるのは、少し強引じゃないか?」

「けど普通の感覚だと、二回りも年上の人と付き合おうとは思わないんじゃないですかね」

「お前、猫のくせに、人間の感覚が分かるのか? というか、前から思っていたんじゃが、お前やけに人間のことに詳しいよな? まさか、人間の言ってることが分かるんじゃなかろうな」

「えっ! やだなあ。そんなことあるわけないじゃないですか。オレはただ一般論を言っただけですよ」

「一般論ねえ。まあいい。それより、ちょっと疲れたから、少し早いけど昼寝に入るわ」

 シロさんはそう言うと、仰向けになって、早々に寝息を立て始めた。

 それにしても、さっきはあぶなかった。やはり、シロさんは油断ならない。

 別に人間の言葉が分かることを秘密にしてるわけじゃないけど、それを知ると気味悪がるやつもいるだろうから、できるならバレたくない。

 オレはシロさんの寝姿を見ながら、そんなことを考えていた。








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