第6話 人気者VS不人気者

 レースに勝って、名実ともに店のトップに立ったタマは、今までにも増して人気猫となった。

 そのせいか、最近発言や行動がわがままになり、ついにオレにまで火の粉が飛んできた。

 仕事終わりにテレビを見ていると、彼がケンカを仕掛けてきたのだ。

「ねえ、ニャン吉さん。あなたオープン当初からいる割には人気も低いし、店の売り上げにもあまり貢献してませんよね。たったの三ヶ月しかいないぼくに大きく後れをとって、恥ずかしくないんですか?」

「なんだと? お前、ちょっとばかり人気があるからって、偉そうにするんじゃねえよ」

「ちょっとじゃなくて、ぼくは一番人気なんです。最下位のあなたとは、大きく差が付いてるんですよ」

「それがどうした? 一番人気だろうが最下位だろうが、オレたちは仲間じゃないか。その仲間に対して、そんな口を利いていいと思ってるのか?」

「思っています。そもそもあなたは、若くてかわいい女性しか相手にしないのが問題なんです。あなたのことを、みんな陰でなんて言ってるか知ってますか?」

 タマが聞き捨てならないことを言う。

「さあ?」

「身の程知らずです。人気もないくせに、偉そうに客をより好みしている身の程知らずだって言ってますよ」

「……それはミーコも言ってるのか?」

「さあ? 彼女とはあまり話さないので分かりません」

「なんで話さないんだ?」

「ライバルだからですよ。彼女とは常に一、二を争ってますからね。まあ先日のレースでぼくが優勝したから、彼女とも大分差が付きましたけどね。はははっ!」

「お前、客にはいい顔してるけど、本当は嫌なやつだったんだな。これが客にバレたら人気がガタ落ちするから、そうならないよう十分気を付けろよ」

「そんなこと、あなたに言われるまでもありませんよ。じゃあ、ぼくはこれで」

 そう言うと、タマは逃げるように去っていった。

(あいつ、完全にのぼせ上がってるな。今後、大きなトラブルを起こさなければいいけど)


 日曜日の昼間、店はいつもにも増して混雑しており、その中でもタマの周りは特にひどく、開店してからずっと客がすし詰め状態となっている。

(あいつ、よくあんな状態で、笑顔をキープしてるな。オレならとっくにキレてるところだ)

 そんなことを思いながら、そのままタマに目を向けていると、彼となかなか接することができないことを不満に思ったのか、客同士でケンカが始まった。

 最初二人だったのが、あれよあれよという間にどんどん増えていって、収拾がつかなくなった。

 すぐに従業員総出で止めに入ったけど、みんな聞く耳を持たず、ののしり合っている。終いには太郎まで駆り出されたけど、それでも騒動は収まらなかった。

(やれやれ。ここはオレの出番かな。といっても、なんのプランもないんだけど)

 このまま放っておくわけにもいかず、なんの策も持たないまま近づいていくと、タマが突然客におしっこをひっかけた。

「キャー!」

 店内に響く客の絶叫を聞いて面白くなったのか、タマは他の客たちに対しても同じことをした。

「うわー!」

「何てことするの!」

「この馬鹿猫が!」

 逃げ回る客をあざ笑っているタマに、ついに太郎がキレた。

「こらっ! お前、やっていいことと悪いことの区別もつかないのか!」

『にゃーん』

「今更、そんな甘えた声出しても無駄だ! どうやら、今までお前を甘やかし過ぎたようだな。これからは他の猫以上に厳しく接するから、そのつもりでいろ!」

 太郎がそう捲し立てると、タマは気の毒なくらいしょげ返っていた。

 もちろん言葉の意味が分かってるわけじゃないんだけど、太郎のただごとでない雰囲気を、本能で感じているのだろう。


 その騒動以来、タマは見る見る人気が落ち、一週間経過した今ではオレと最下位を争うまでになっていた。

「おい、タマ。人気トップの座から最下位にまで落ちた感想を聞かせてくれよ」

 朝食をとりながら、この前のお返しとばかりに嫌味を言うと、タマは笑いながら「ここから見る景色も思ったほど悪くないですね。でも、そろそろ見飽きたから、近いうちに元の場所に戻りますよ」と返してきた。

「ほう。やけに自信たっぷりだが、なにか作戦でも考えてるのか?」

「別に。前のように客に媚びていたら、そのうち人気も回復しますよ」

「お前ねえ。気楽に考えてるけど、一度落ちた人気を再び上げるのは、並大抵のことじゃないんだぞ」

「なんか実感がこもってますね。もしかして、そういう経験があるんですか?」

「ああ。今まで言わなかったけど、オレも子猫の頃は人気があったんだ。でも、客をより好みするようになってから、ズルズルと人気が落ちて、今ではこのざまさ」

「それって、自業自得じゃないですか。ぼくと一緒にしないでくださいよ」

「お前、オレよりひどいことをしておいて、よくそんなこと言えるな」

「あの時は、どうかしてたんです。朝からずっと大勢の客に囲まれていたせいでストレスが溜まっていて、ついあんな行動に出ちゃったんです」

「ついねえ。まあ今となっては、どうでもいいけどな」

「というわけで、ぼくは今日から客に媚びを売りまくって、早々にこの位置を脱出しますからね」

 そう言うと、タマは店に向かって駆け出していった。



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