第5話 第一回猫レース開催!

「今日、いよいよ猫レースを開催する」

 開店前のミーティングで、太郎が従業員たちに妙なことを言っている。

 猫レースって何だ?

 訳が分からず、太郎の話に耳を傾けていると、どうやら店内にコースを作って、オレたちを競わせるみたいだ。

 コースにチョールや魚等、オレたちが食いつきそうなものを置いて、誘惑に負けた者は脱落する、いわゆるサバイバルレースだ。

(太郎のやつ、いつの間にこんな企画を考えてたんだ? まあいいか。このレースでぶっちぎりで優勝して、ミーコのハートをつかんでやる)

 オレはそう決意し、従業員たちがせわしなく準備しているのを見ながら、レースが始まるのを楽しみに待った。

  

 やがて店がオープンすると、どこで聞きつけたのか、客がどっと押し寄せてきた。

 その中には室井のおばちゃんもいて、その姿を見た瞬間オレは嫌な予感を抱えずにはいられなかった。

「えー、ただいまから、第一回猫レースを開催します。みなさん、それぞれ推しの猫を応援しながら、レースを楽しんでください」

 レースまであとわずかとなり、気合を入れていると、太郎が耳打ちしてきた。

「分かってるとは思うが、あっさりゴールして、客をしらけさせるようなことだけはするなよ」

『にゃーーーん』

(くっ、太郎のやつ、オレの魂胆を見抜いてやがる……仕方ない。途中まで適当に力を抜いて、最終的にトップでゴールしよう)

 レースプランが決まったところで、いよいよスタートとなった。


「位置について、よーいスタート!」

 太郎の号令のもと、オレを含む猫たちは一斉に駆け出していった。

「シロ、がんばって!」

「絶対タマが優勝よ!」

「ミーコ、俺が付いてるから安心しろ!」

 いつの間にか、岩本のおっさんも来ている。おいおい。あんた今日、仕事じゃないのかよ。

 そんなことを思っていると、タンゴが集団を抜け出し先頭に立った。

 彼もミーコにいいところを見せようと思っているのだろう。チョールや魚には目もくれず、ひたすらゴールを目指して突っ走っている。その状況に危機感を抱いたのか、太郎が彼の前に立ちはだかり、猫じゃらしを左右に振り始めた。

『にゃん!』

 オレと違って単純な彼は、すぐさまそれに飛びついた。

 そのまま太郎にいいように操られる中、他の猫たちが次々と彼を追い抜き、レースは太郎の思惑通り混戦模様となった。

 その中でオレは集団の真ん中あたりをキープし、抜け出す機会を虎視眈々と狙っていた。


 そして、レースも終盤に差し掛かり、そろそろラストスパートに転じようと思っていると、オレの前に室井のおばちゃんが立ちはだかった。

「ニャン吉、疲れただろ? これを飲んで、もうひと踏ん張りしておくれ」

 そう言って、おばちゃんは皿に入ったミルクを差し出した。

(おいおい。こんなの飲んでたら、あっという間に他の者に遅れをとっちゃうよ。でも、せっかくの好意を無駄にするわけにもいかないし……)

 オレは仕方なくミルクを半分ほど飲み、懸命に猫たちを追いかけた。

 しかし、レース終盤での遅れはあまりにも痛く、結局彼らに追いつくことはできなかった。

 で、最終的にゴールテープを切ったのはタマ。店の中で一番若く、元気が有り余っている彼は、人気実力ともにこの店のナンバーワンとなったわけだ。


「というわけで、第一回猫レースはタマの優勝となりました。みなさんの彼に対する熱い応援が勝因かもしれませんね。また近いうちに新しい企画を開催する予定なので、みなさん楽しみにしていてください」

(ふん。熱ければいいってものじゃないんだよ。おばちゃんの熱すぎる応援のせいで、オレは優勝できなかったんだからな)

 オレは満足そうな顔で締めのスピーチをしている太郎をじっと睨みながら、心の中で毒づいた。


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