第4話 女心と秋の空

 開店前、いつものようにミーコと楽しくおしゃべりしていると、これまたいつものようにタンゴがオレたちの間に割って入ってきた。

「お前なあ、いい加減オレたちのジャマをするのはやめろよ。お前、【猫の恋路をジャマする奴は馬に蹴られて死んでしまえ】ということわざ、知らないのか?」

「ふん。そんなの、知ってるわけないだろ。たとえ知ってたとしても、おれはお前らのジャマをやめるつもりはない」

「なに開き直ってるんだよ。どのみち、お前はミーコに好かれてないんだから、いい加減あきらめろよ」

「なんでそんなことが、お前に分かるんだ。ミーコに聞いたのか?」

「聞かなくても、そのくらい分かるさ。さあミーコ、この際、こいつにもよく分かるように、はっきりと言ってやれよ」

 急かすように言うと、ミーコはしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「わたしはどっちも嫌いじゃないけど、かといって好きでもない。まあ今までのように、同じ職場の仲間でいいんじゃない?」

 こっちが驚くほど淡々と語るミーコに、オレより先にタンゴが食ってかかった。

「それはないんじゃないか? せめて、どっちかを選ぶのが、ルールってものだろ?」

「そうだよ、ミーコ。早くこいつに引導を渡してやれよ」

 オレはタンゴの言葉に乗っかるように促した。すると、ミーコはまったく動じることなく、「どっちも好きじゃないんだから選べないわよ」と言い放ち、逃げるようにオレたちの前から去っていった。


「はははっ! そんなこと言ったら、逃げ出すのは当たり前じゃないか」

 ミーコのことをシロさんに相談すると、思い切り笑われた。

「けど、オレもタンゴも、いい加減今の状況にうんざりしてるんですよ」

「多分ミーコは、お前とタンゴのことが同じくらい好きなんじゃよ。だから、選べないんじゃ」

「でも、ミーコはオレたちのこと好きじゃないって……」

「それは照れとるだけじゃよ。お前、ほんと女心が分からんやつじゃのう」

「…………」

 シロさんにそう言われて、オレは何も返せなかった。

 いくら人間の言葉が分かっても、女心の一つも分からないようでは、なんの自慢にもならない。 


「ねえ、ニャン吉。たまには買い物付き合ってよ」

 太郎の奥さんで、次郎のお母さんでもある恵子が誘ってきた。

『にゃーーん』

「何よ。あまり行きたくなさそうね。じゃあ、あんたの好きなチョールを買ってあげるから、一緒に行こう」

『にゃん!』

 チョールと聞いて、オレはすぐに食いついた。

 そのまま恵子と一緒にスーパーに向かって歩いていると、向こうから犬を散歩させている主婦らしき女性が歩いてきた。

「あら、小川さんじゃないの。どこかお出掛け?」

「ええ。ちょっと、そこのスーパーまで買い物にね」

 その女性は恵子の顔見知りのようで、どうやらしばらく立ち話が続きそうだ。

(ああ、種族を問わず女性同士の話って長いからな。これからしばらく暇になるけど、どうやって過ごそうかな)

 そんなことを思っていると、女性の連れていた犬がオレに話しかけてきた。

「お前、猫のくせに、なんで散歩してるんだよ」

 正直、余計なお世話だと思ったけど、暇だったから特別に相手をしてやることにした。

「チョールを買ってくれるって言うから、付いていってるだけさ」

「なに、チョールだと? なんで一緒に買い物に行くだけで、そんなの買ってもらえるんだ?」

「さあ? よっぽど一人で行くのが寂しかったからじゃないの?」

「俺も時々買い物に付き合わされるけど、そんなの一度も買ってもらったことないぞ」

「そんなこと、オレに言われても……まあ、そのうち買ってもらえるんじゃない?」

「そのうちっていつだよ」

「そのうちって言ったら、そのうちだよ」

「お前、そんな適当なこと言って、ごまかそうとしてないか?」

 (ぎくっ! こいつ、意外と鋭いな……さてと、どうやってこの場を切り抜けようかな)

 そんなことを考えていると、不意に恵子が「ニャン吉、行くわよ」と言って、歩き出した。

(ラッキー。これでもう面倒なことを考えなくていい)

 恵子を追いかけながら、ふと後ろを振り返ると、犬が恨めしそうな顔でこちらを見ていた。


 

 




 

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