第3話 催眠術をナメてはいけない
「タマって、かわいいよな」
「わたし、タマに会えるのが楽しみで、ここに来てるの」
「わたし、断然タマ推しよ」
今日もタマの周りには客が群がっている。
写真を撮られたり、体を触られたりしても、タマは一向に嫌がる素振りを見せない。それが人気の一因なんだけど、オレにはとても真似できない。
オレは特定の人間、つまり若くてかわいい女性以外と接するのは基本NGだ。
なぜそんなことになったのかというと、答えは簡単。
ただ本能の赴くままに生きてるからだ。
えっ、猫同士なら分かるけど、そもそも人間は種族が違うんだから、男女どちらでも構わないだろうって。
いやいや、たとえ種族が違っても、やっぱり異性がいいんだよ。
それも若ければ若いほど、かわいければかわいいほどいい。
なぜって言われても、オレにもよく分からない。とにかく理屈じゃないんだよ。
タマを眺めがら、そんなことを思っていると、常連客の室井のおばちゃんが来店してきた。このおばちゃんはオレのことが大のお気に入りで、オレ以外の猫には見向きもしない。本来なら、年齢的に対象外なんだけど、おばちゃんは今までこの店に大金を使っていることもあって、そうそう無下にはできないんだよな。
「ほうら、ニャン吉。お前の好きな猫じゃらしだよ」
おばちゃんはそう言うと、いつものようにオレの前で猫じゃらしを左右に振り始めた。
『にゃーん!』
オレはしっぽをピンと立て、喜んでいる振りをしながらそれに飛びつくと、おばちゃんは嬉しそうな顔をしながら、それを上下左右にせわしなく動かす。
オレはその度に反応し、くたくたになるまでそれは続いた。
「ほんと、お前はこれが好きだねえ。一体いつになったら飽きるんだい?」
おばちゃんは呆れたように言うけど、それはこっちのセリフだ。
その後、しばらくしておばちゃんが帰ると、オレはすぐさま昼寝に入った。
やがて眠りから覚めると、何やら周りの様子がおかしい。
オレ以外の者がみんな寝ているのだ。
全員が一斉に昼寝すると客に悪いという太郎の鶴の一声で、最近は時間差で寝るようになっていたから、この状況はどう見ても変だ。
そんなことを思っていると、なんか怪しげなおじさんが近づいてきた。
「どうやら君は催眠術にかかる前に眠っていたようだね」
おじさんはそう言うと、オレに向かって暗示をかけ始めた。
「君はすぐに眠たくなる。ほら、だんだんとまぶたが重くなってきた。もうすぐ君は深い眠りにつく」
(はあ? 何言ってるんだ、このおじさん。そんなのが、オレに効くわけないだろ。スーパー猫ニャン吉様をナメるなよ)
オレにまったく眠る気配がないことにあせったのか、おじさんはセリフを変えてきた。
「君は賢い猫だ。だから空気を読んで、今から眠った振りをする。ほら、おじさんを困らせるのはもうやめよう」
もはや暗示とすら呼べない文言に、オレは笑いそうになるのを懸命に堪えながら、おじさんの望み通り、眠った振りをしてやった。
その後、薄目を開けながらおじさんの様子を窺っていると、彼は勝ち誇ったような顔でこう言った。
「よし! 俺の催眠術は人間はおろか、動物にも通用することが分かった。ただ一匹の例外を除いて」
例外というのは、多分オレのことだろう。ていうか、あの程度の暗示にかかるのが、俺的には信じられないんだけどな。
そんなことを思いながら、そのままおじさんに目を向けていると、彼は眠っていた仲間たちを一匹ずつ起こし始めた。
「君はすぐに起きたくなる。ほら、だんだんとまぶたが軽くなってきた。もうすぐ君は目覚めるだろう」
(はあ? それって、オレを眠らせとうとしてかけた暗示の言葉を反対にしてるだけじゃないか。そんなんで、本当に目覚めるのかよ)
そんなことを思っていると、暗示をかけられた仲間たちが次々と起き始めた。
(マジかよ! このおじさん、本当は凄い人なんじゃないか?)
おじさんに対する評価がオレの中で急上昇する中、彼は眠っていた仲間を全員起こすと、最後にオレのところに来た。
「君は本当に賢い猫だ。だからさっきも空気を読んで、眠った振りをしてくれたんだろ? でも、もうそんなことしなくていいんだよ。今からおじさんが永遠に眠らせてあげるからさ」
おじさんはそう言うと、さっきとはまったく違う暗示をかけ始め、 オレはそれを最後まで聞くことができず、途中で意識を失ってしまった。
その後、高名な催眠術師によって、なんとか催眠を解かれたオレは、催眠術の恐ろしさを知るとともに、もう二度とあのおじさんと関わりたくないと思った。
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