第2話 オレのミーコに近づくな!

 日曜日の昼下がり、今日はいつもにも増して、多くの人が来店している。

 これだけ人がいると、さすがにみんな揃って昼寝するわけにはいかない。

 そんなことを思っていると、常連客の岩本のおっさんが来店してきた。

 この岩本のおっさんはミーコのことが大のお気に入りで、今風に言えば、ミーコ推しというやつだ。

 おっさんはミーコを見つけると、いつものように近づいていった。

「おお、ミーコ。相変わらず、お前はかわいいなあ」

 おっさんはそう言うと、ミーコの体に頬ずりし始めた。

(やめろ! 汚い顔をミーコに近づけるな!)

 心の中で叫びながら、ふとタンゴがいる方に目を向けると、彼も鬼のような顔で、おっさんのことを睨んでいた。


 その後、客の相手をしながら、おっさんのことを見張っていると、彼がとんでもないことを言い出した。

「なあ、ミーコ。お前、ウチの子になれよ。そしたら、うんと贅沢ぜいたくさせてやるから」

(なに-! 言うに事を欠いて、ウチの子になれだと? ミーコがお前なんかの子になるわけないだろ!)

『フギャー!』

 オレは我慢できず、おっさんに飛びかかった。

「うわっ! なんだよ、この馬鹿猫がっ! お前なんかに用はないんだよ。あっち行け!」

 おっさんはすぐに追い払おうとしたけど、オレは服にしがみついて必死に抵抗した。

 すると、騒ぎを聞きつけた太郎が「こら、ニャン吉! 早く岩本さんから離れないと、ごはん抜きだぞ!」と、言い放った。

 人一倍……もとい、猫一倍食いしん坊のオレにとって、ごはん抜きなど考えられるはずもなく、もはや手を放すしかなかった。


「まったく、なんて猫だ。店長、こんな客に襲いかかるような猫は、店から追放しろよ」

「すみません。後でよく言って聞かせますから、それだけは勘弁してもらえませんか?」

「どうやって言い聞かせるんだよ。普通の猫でも難しいのに、この馬鹿猫に伝わるわけないだろ」

「それがそうでもないんですよ。ニャン吉は一見なんの変哲もない猫のように見えますが、実はとんでもない能力を持っているんです」

「とんでもない能力?」

「はい。ニャン吉はなんと、人間の言葉が分かるんですよ」

「はははっ! 店長、馬鹿も休み休み言えよ。こいつがそんな能力持ってるわけないじゃないか」

「はははっ! さすが岩本さん、ニャン吉のことをよく分かっていますね。まあ、今のは冗談ですが、もう二度とさっきのようなことはさせませんので、今回は大目に見てもらえませんか?」

「まあ、そこまで言うのなら、今回は許してやろう。しかし、二度目はないからな」

 おっさんはオレを睨みながらそう言うと、そのまま店を出ていった。


 やがて営業時間が終わると、太郎に近くの公園まで連れていかれ、説教が始まった。

「おい、ニャン吉。常連客の岩本さんに飛びかかるなんて、お前はとんでもないやつだな。大方、ミーコのことでそんなことしたんだろうが、それにしてもやり過ぎだと思わないか?」

『にゃーん』

「そんなかわいい声出して、許してもらえると思ったら大間違いだぞ。このまま反省の色が見えないと、今夜はごはん抜きだからな」

『にゃーお!』

「おっ、ようやく、置かれている立場が分かったようだな。じゃあ、もう二度とあんなことしないって、誓えるか?」

『にゃん!』

「もしまたあんなことしたら、三日間ごはん抜きだぞ」

『にゃん!』

「店からも追放するぞ」

『にゃん!』

「よし、じゃあ今日のところは許してやる」

『にゃーん!』

「うわっ、急に擦り寄ってくるなよ。ほんと、現金な奴だな」

 太郎は口ではそう言ってるけど、決してオレを追い払おうとはしなかった。

 というわけで、今回はおとがめなしだったけど、次はそういうわけにはいかないだろう。

 でも、もしまた岩本のおっさんがさっきと同じことを言ったら、オレは感情を抑えられる自信はない。










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