第14話 潜入⑶

 その夜。クロネは今朝とは違いカーッといびきをかきながら眠っている。ルーミさんはまだ帰ってこない。その時、コンコンとノックの音が聞こえた。こんな夜更けに誰だろう。


 うちが覗き窓から外を見ると、そこにはカインさんとアデルさんの姿が。

 ドアを開けると、冷気が中に流れ込んできた。心做しか、後ろのソファで眠ってるクロネがタオルケットにくるまった気がした。


「なんですか?」

「クロネは寝てるな?なら、少し話をさせてくれ」

「ほんとに何なんです?クロネに内緒の話?」


 うちは、扉を後ろ手で閉めつつ、尋ねた。


「あぁ、くれぐれも口外はしねぇようにな」


 その手に持ってるのは、うちが今日見つけてきた資料か?それに何か重要なことが?


「これを見てくれ」

「ん……?これって……頭?」


 そこには、頭をおでこの辺りで切り開かれた人間の模写が。それがどうかしたのかな?その下には、人の名前らしきものがびっしりと表に書かれていた。

 ん?待てよ……。なんでここにクラディールさんの名前が?それに、ルーミさん、ゴリアテさん……、これは、異質が使える人を記した名簿なのか?最後列にクロネの名前も確認できた。


「ただの異質が使える人の名簿なのでは?」

「俺らもそう思ってた。でも、最後の行見てみろ」

 最後の行?どれどれ……。「以上、今年度人造人間管理表」。


「人造人間……」

「あぁ、五歳ぐらいになれば脳引っ張り出して、それを機械の体に移植する。言わば、彼らはサイボーグって訳だ」

「彼らの動力源……、人間で言うところの心臓は、異形の心臓でェ。そこを媒体として、あいつらは異質を使ってんだ」


 あまりに突飛な話でついていけてない。つまり……。


「彼女は、人間じゃない?」


 こくりと、二人は頷いた。うちの中で何かが崩れてく。そんな、クロネが……。頑丈な体してたから何者かと思ったけど……。


「ついでに、時間経過する毎に少しずつ背も高くなるようだ。なんでも、体が頑丈なのと異質が使えること以外ほとんど人の体と大差なくてな。ついでに、生殖も可能と来た。不思議な事だ」

「……それで?それをうちに伝えてどうするんですか?」


 少々喧嘩腰の言い方になってしまうけど、そう聞かずにはいられなかった。実際、胸の中には多少の憤りが芽生えていた。


「ちぃとは落ち着けェ、俺らだって父親と母親から作られた人造人間でさァ」

「語弊を招く言い方すんな!……まぁ、こいつなりに気を使っての言葉だ。俺らはお前にクロネから離れろとも、あいつから離れるなとも言えねぇ。ただ、お前がクロネと居るってんなら、相当な覚悟が必要ってこった。いつか、あいつが自分が人間でないと気がついた時、錯乱するあいつを止められるか、そして、この国のみならず、異質使いを間引きしてるような連中は山ほどいる。そいつらからあいつを守れるか……」

「覚悟はできてます。指名手配になった時から、クラディールさんに頼まれた時から……、あの子と逃げるって決めたから」

「そうかい。なら俺らからは何も言うめぇよ。夜分遅くにすまんかったな」


 あの子の力はとんでもないけど、語りかければ聞いてくれるはず。きっと、大丈夫。クロネは少しバカで、食い意地が張ってて、おっちょこちょいだけど、いい子だから。


「ひとつ忘れてた。明日早朝作戦会議だとよ」

「何のです?」

「決まってんだろ?隊長取り戻すんだよ」


 クラディールさんの救出作戦……か。あの人には恩があるからな。それを返したい。また体張ることになるのかなぁ。クロネも一緒に。

 うちは、去って行く二人を見送り、鍵をかけた。不意に、背後からギシッと床を踏みしめる音が聞こえる。振り返ると、そこには目を赤く晴らしたクロネが居た。


「どうしたの?そこまで眠いなら早く寝なさいよ」


 欠伸で目が赤いのかと思ったが、そうではないようだ。ブルンブルンと首を横に振る。何やら、欠伸にしては涙の量が多い気がする。

 もしかして、聞かれてた?


「……人間じゃないって」

「そうみたいね」

「脳みそだけで、あとは機械だって」

「……それがどうしたのよ」


 直後、グルンと視界が反転した。直後、後頭部に激しい激痛が走る。叩かれたんだ。うちは、天井を涙目で見ながら理解した。


「ってて……、何すんのよ」

「人間じゃないって!」

「それは聞いたわよ」

「脳みそ……だけ……で」

「それも聞いた」


 膝をつきながら、ヒリヒリと痛む頬を抑えて立ち上がる。


「あんた、もしかして人間じゃないこと気にしてるの?そんなの気がついてたに決まってるでしょ。そんな頑丈な体した人間なんていないのよ」

「私だって気付いてた。みんなと違うって……。ねぇ、ミシロ。あなたも私を突き放すの?私の事を嫌いになった人は、みんなあんな言葉をかけてくれたよ。私はクロネの味方だって」

「うちは、そんなことしない。クロネを見捨てたりなんて……絶対にしない」


 ボロボロと、涙が大粒に変わる。ぐしゃぐしゃになった顔は、酷く人間臭かった。


「ならさ。気が済むまで殴ってよ。その後、うちがあんたの前に立ってたら、あんたはうちが本気だって認めてくれればいい」

「そんな……こと……出来るわけ……」

「うちは本気よ。あんたに認めてもらうためなら、なんだってする。だってさ。母さんと離れて、生死も分からず不安に駆られて絶望していたあの時、手を差し伸べてくれたのは、クロネだったから」


 腕を広げて、クロネの前に仁王立ちする。さぁ、殴るなら殴れ。うちには、それくらいの覚悟はできてる。


 でも、何故だろうか。膝の震えが止まらない。うちはクロネを信じている。だけど、彼女にとってはうちを殺すことくらい苦じゃないだろう。だから怖い。

 でも、ここで負けちゃダメだ。もう一押しして、彼女にうちの覚悟を示さないと。


「うちはあんたに救って貰えなかったら、生きる希望も何もかも無くして、死んでしまってたと思う。だから、あんたがうちを殺したいんなら…それも受け入れるわよ。決して、あんたを憎まない」

「もうやめてよ!分かったから!私が悪かったから!」


 よかった。クロネにうちの覚悟が伝わったようだ。でも、なんでクロネこんなに泣いてるの?

 うちは、ぎゅっと泣き崩れてるクロネを抱きしめた。なんだか、とっても暖かい。何も言われなければ、人造人間であることも気が付かないほど。


「な、なんで泣いてんのよ」

「し……!」

「し?」

「死なないでぇぇぇ!」


 え?何言ってんの、この子?死なないでって……。


「死なないわよ」

「私に信じて貰えないと死ぬって…!」

「あんたがうちが死ぬ事が嫌ってんなら、うちは死なないわよ」

「ほんとぉ?…死んで欲しくないよぅ」


 クロネは、またもや泣き出した。肩のあたりが、湿っているのを感じられる。


「大丈夫。死なないってば。それに、たとえ人間じゃないとしても、うちはあんたの味方だから」

「……えへぇ」


 涙にぬれた頬を上に引っ張り上げ、クロネは笑った。


「じゃ、そろそろ寝ましょ」


 うちが床で寝ようとしていると、クロネが袖の裾を掴んできた。


「待って」

「何?」

「一緒に寝よ」


 にへぇっと、緩みきった顔でそんなことを言ってくる。もう片方の手で、こっちに来てと手招きしていた。


「や?」

「嫌……じゃないけど……」


 なんだろう、妖艶と言うか、可憐というか……。いつものクロネより甘えん坊になってるのか?なんかドキドキする。観念して、うちはクロネの横に座った。すると、クロネが起き上がり、うちの横に座り直してもたれかかってくる。


「ところで聞きたいんだけど、なんで聖杯の儀の時、血は出たのに剣食べても無傷だったの?」

「んー、朝のことあんまり覚えてないけど、剣とかで斬られると傷は負うけど早く治るんだよねー。だから、聖杯の儀の時の傷ももうないでしょ?」


 月明かりの中、クロネの指を触ってみる。あ、確かに傷が治ってる。痕も残ってない。体が頑丈なのと異質が使えること以外ほとんど人の体と大差ないと言ってたから、この子の体にも血は流れてるんだな。


「そう、答えてくれてありがとね」

「えへへー、どういたしまして」


 スリスリと頬を寄せてくるクロネ。吐息のひとつも聞き逃さないほど、近くに感じる。


 この子に会うまでは、うちは母さんと離れた虚無感は埋まることはないと思っていた。もう一度、再会するまでは、これとずっと付き合うことになるんだと絶望していた。でも、この子に出会い、少し虚無感が薄れた。


 そして、いつか再会したいと願う人が二人に増えた。そして、また会えない時間が続いた。でも、それは虚無感とは違う。いつか会える日を楽しみにするという、期待が胸を満たした。


 今は、こうしてうちの隣で瞼をつむり、心地よさそうに眠りの世界に誘われようとされている。うちの心は、限りなく満たされていた。


 でも、もう一人いるのだ。母さんは……、もう居ないかもしれないけど。でも、諦めたくない。

 あれだけで、母さんが死んだなんて決めたくない。絶対に、生きていると信じてる。たとえそれが、どんな姿であっても。


 その時だ。勢いよくドアが開かれた。ビクンと肩を揺らし、うちらは目を見開いて見つめ合う。

「たらいま帰りましたよー!」


 え?この声、ルーミさん?千鳥足みたいな不規則な足音が聞こえる。しかも呂律が回ってないし。これ、すごく面倒なことになってるかも。

 そのままリビングまでやってきたルーミさんは、明らかに正気のそれではなかった。顔真っ赤で、胸元ははだけさせて露出し、手には酒瓶を携えている。


「ルーミさん?酔ってます?」

「なーに言ってるんでしゅかー、れんれん酔ってないでしゅよー!」


 うちとクロネの間に割って入るようにソファに腰を落とし、思いっ切りうちの肩をバシバシと叩いた。口調は変わらないのに、性格は真反対になってしまっている。

 うっ、すごい臭い……、どれだけ酒飲んでるんだ……。というか酒癖悪すぎだろ!


「しゃて、じゃあまぁ今から始めましょ!女子会!」


 じゃあって何!?女子会って何!?ついさっきアデルさんに早朝から作戦会議があるって言われたばっかりなのに!そんなことしてたら朝起きられないわよ!


「あ、あのうちは遠慮……」

「わぁーい!女子会だぁあああ!」


 な、何!?クロネがいきなりハイテンションに?まさか……、酒の酒気で酔っちゃったのか!?

 なんか顔赤いし、目も虚ろだし……。


 もうこりゃだめだ。うちはどこか静かな場所で…、そういやゴリアテさんの家が近くにあるんだったな。男の人の家に行くのは少し抵抗あるけど、二人が騒いでる中で眠れるはずもないしな。

 それにクラディールさんの家にも泊まったし、今更だろう。


「あ、あの、うちは……」


 ちょっとゴリアテさんの家行ってきます……、そう言いかけたところで、がっしりと肩を掴まれた。異質使いの力はとんでもないため、うちの肩が悲鳴をあげる。


「どこに行くんでしゅかー?」

「まだまだ夜はこれからだよぅ?」

「あ、あはははは……はは……」


 それから女子会という名の酒に酔った者たちの語らいと言えるのか分からない集いは夜更けまで続いた。うちは何とか飲酒は回避したが、酒気にあてられて少し酔ってしまった。


 翌朝、アデルさんがうちらを見て苦虫を噛み潰したような顔をしたのは言うまでもない。

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モノクロ少女の生存法 ライト @raito378

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