問.信頼とはなにか。
「ごめんください」
木曜日、せんせいは先週と同じ格好でやってきた。そして靴を揃えて、私を見る。
「調子はどうだい?」
「ぼちぼち、だよ」
「そうかい」
せんせいは階段をあがっていく。
「ミズキ、どうしたの?」
「え」
お母さんが不安そうな顔をしていた。
「なにか、あった?」
「……ううん、ちょっと、予習が上手くできてるか不安で」
「言ってくれたら一緒に考えたのに」
せんせいが、階段の1番上から私たちを見ていた。私はお母さんに首を振る。
「ひとりで考えて、答えるのが、先生との授業だよ」
「そう、抱え込んじゃダメよ」
そう言って、お母さんは台所へ行った。
「じゃあ、始めようか」
「はい」
せんせいはメガネと鉛筆とノートを取り出す。
「前回は分数をやったけれど、ミズキさんは飲み込みがいいから、小数点の話でもしようか」
「せんせい」
「どうした?」
私は、胸のモヤモヤを口に出す。
「ちゃんと、予習してきました。何人から、決まり事はできるか」
「そうかい。じゃあまずは、そちらから話そうか」
「考えたけれど、不安です」
「ほう、どうして不安なんだい?」
「正しいか分からないから」
「それは、そうだね。人と話して意見を交換しないと、それが正しい、つまり一緒かどうかは分からない。それに、これは数学のようにはっきりした答えがない。だから、まずは考えて討論することが大事だ。緊張するなら、いつでも待つよ」
「……わかりました。私は、決まり事は2人からできると思います」
「どうして?」
「友達とよく、約束をするから。指切りげんまんって約束は、決まり事に近いかなって」
「ふむ、なるほどね」
「違いましたか」
「いや、僕もそう思うよ。国ができてから、と言うかと思ったからね。ミズキさんは、飲み込みが早い」
「……良かった」
「よく考えたね。約束は、トラブルを起こさないためのものだ。約束をして、遅刻したら怒るだろう?」
「とっても嫌だ」
「嫌だね。僕もきらいだ。でも、何度も遅刻する人がいたら、どう思う?」
「約束を守れない人なんだな」
「それで?」
「……もう一緒に遊びたくない」
「そうか。一緒に遊びたくない、って思うくらい、相手に嫌な思いをさせられるんだね。これは信頼が無くなった、と言っていい」
「信頼って、よく聞くし、友達がよく使う」
「うん、信頼出来なくなっちゃうよ、って言うのかな」
「そう。でも、次の日やっぱり信用するって言うの」
「そうなんだね。じゃあ、信頼が消えたらどうなるだろう」
問.信頼が消えたらどうなるのか
「村八分、ってわかるかな」
「死んだ時の世話はするし、村に居ていいけど、住民としては一緒にいれないってこと?」
「社会が得意なんだね。そうだ。じゃあ、村八分になった原因はなんだと思う?」
「村の決まり事を破って、信頼が消えたから」
「そう。村にとっての大事なことをできないのなら、仲間はずれになるってことだ。じゃあ、なんで仲間はずれになると、どうなる?」
「え……1人になる?」
「1人になったら、どうなる?」
「寂しい」
「うん。寂しいかもしれない。でも、もっと客観的に見よう。感情は横に置いて、君はひとりぼっちになった。周りの人を頼れない。どうする?」
「ひとりで、頑張る」
「何を頑張る?」
「生きること」
「そうか、ひとりで生きようと頑張るんだ。じゃあ、いっぱい考えよう。食べ物はどうする?」
「……庭で、きゅうりを育てる」
「いいね。どうやって食べる?」
「生で、かじる」
「いいね。じゃ、飲み物はどうする?」
「麦茶を飲む」
「麦茶はどうやって手に入れる?」
「……スーパーで、買いたいけど、買えない」
「どうして?」
「ひとりぼっちだから」
「よく出来ました。よく頑張ったね」
「うん」
「テレビでも、サバイバルってよくあるよね」
「うん」
「でも、よく見たら、包丁とか、ペットボトルとか、いっぱい出てこないかな?」
「うん。鏡とかある」
「ひとりで生き残ろうと思ったら、本当はもっと苦しいはずだ。全部、自分以外の人が作っているからね。本当にひとりで生きるってなると、電気も水道も無い。戸籍もない。人は、どこかに属してないと、生きられないんだ」
「属すって、どういうこと?」
「ミズキさんは今小学校に行ってるね」
「うん」
「君は小学校に属してる。あと、この家の女の子だ。家族にも属してる。他に、何かあるかい?」
「クラブ活動で、図書室の本を整理してる」
「じゃあ、クラブにも属してる。これは、3つの場所で、君が役割を持っているということだ」
「……どういうこと?」
「じゃあ、来週の予習にしよう。役割とは、なにか。ね、人を殺すのも、なかなか難しいだろう?」
「役割があったら、人を殺せないの?」
「ヒントになっちゃったか。じゃあ、もう少し。人を殺すというのは、国の決まり事を破るということになるね。これは村八分のように、信頼出来なくなった人を刑務所に入れることになる。でも、役割がある。それを考えておきなさい」
「はい」
「じゃあ、小数点じゃなくて、公約数について勉強しようか」
ハルせんせいの授業 空付 碧 @learine
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