問.なぜ人を殺してはいけないのか。

「大事な時間だ。それに僕は算数を教えに来ている。だから、ここでは数で話をしていこう」

「どういうこと?」

「まぁやってみて、ダメだったら変えればいい。まずはやろうか」

「うん」


「ミズキさんは、人を殺したいと思ったことがあるかい?」

「えっ、ないよ?」

「どれくらい?」

「どれくらいって、なに?」

「生まれて9年間、殺したいと思ったことはないんだね?」

「う、うん。せんせいは?」

「あるよ」

「えっ」


「嘘はつかない。これは大事な授業だからね。僕はおそらく9歳で、一度は殺したいと思ったことがある。その後は27歳くらい、その後は54歳くらいだったかな。では、私はどれくらいの周期で人を殺したいと思っているかな?」

「えっ!?」

「算数だよ」

「えっと、えっと?」

「27を9で割ると?」

「3」

「54を9で割ると?」

「6」

「じゃあ、僕がもしかして、次に殺したいと思う年はいくつだろう?」

「9かける9で、81歳」

「うん、そうかもしれないね」

「おじいさんは、81歳になっても、人を殺したいと思うの?」

「さぁ、なってみないと分からないさ」


「なんで殺そうと思ったの?」

「それは、僕の感情が含まれるから、あまりいい質問では無いな」

「でも聞きたい」

「……じゃあ、話そう。9歳の時、周りから殺せという単語が流行った時期があったんだ。意味もなく、深くもない、薄っぺらい言葉だよ。僕はその言葉に感情を乗せたんだ。殺してやるっ!ってね」

「びっくりした」

「人はイライラすると、興奮状態になるんだ。だから勢いに任せて、行動しようとする。それは、いい時と悪い時がある」

「いい時って、いつ?」

「ミズキさんが、この質問をした時だ」

「じゃ、じゃあ悪い時は?」

「本当に殺そうとすることだね」

「それって、怖いね」

「なんで怖いんだい?」

「えっ」

「今、ミズキさんの視点が、殺す側から殺される側に移った。それはまた、大事なところだけど、今日は加害者の方で話そう。カッとなって殺した、ってよくある話じゃないか。なんで人を殺しちゃいけないんだい?」


 問.なぜ人を殺してはいけないのか?


「…えっと、カッとなってやったら、後で嫌な気持ちになることがあるの」

「ほう、それは面白い話じゃないか。どういう時だい?」

「例えばね、お腹が減ってご飯前なのに、お菓子をいっぱい食べること」

「うん」

「その後、晩ご飯が入らなくて怒られること」

「それは、嫌な気持ちになるね」

「だから、もしかしたら人を殺した後に、どうしようってなるかもしれないから」

「いい回答だ。じゃあ、なんでどうしようって思うのかな?怒られるから?」

「え」

「焦らなくていい。ゆっくり考えてごらん」


 答えが、思いつかない。


「じゃあそうだね、人を殺した後に、何が起こると思う?」

「警察に捕まる」

「なんで捕まるんだい?」

「悪いことしたから」

「そう、人殺しはここでは悪いことなんだ。これは法律という決まり事がある。決まり事を守らないと、悪いやつになるんだ。学校にも校則はあるだろう?」

「……多分」

「じゃあ、なんで決まり事があるんだろう」

「せんせい、難しいです」

「おっと、ごめんよ。大事な話だから思わずね。じゃあ、決まりがなかったら、どうなると思う?みんな好き勝手すると思わないかい?」

「……うん」

「人を殺すだけじゃない。物を盗んだり、人の家を燃やしたり」

「でも、テレビで見かけるよ」

「テレビで、こんな悪いことをしました、っていうとみんなが悪いことをしてるな、って思うだろう?その後に、気をつけようって思うんだ」

「テレビって、そういうことをしてるの」

「さぁ、知らない」

「……」

「休憩しようか、いっぱい考えたもんね」

「疲れた」

「あぁ、疲れるね。こういう話は、疲れるんだ」

 せんせいは、目を押さえた。


「次の授業では、なぜ決まり事があるのか、考えてみようじゃないか」

「うん」

「じゃあ、予習だ」

「え」

「簡単だよ。みんな、決まりを守るとどうなるのか、考えようじゃないか」

「守ったら、みんな安心して暮らせるから」

「…そうか。じゃあ、そうだな」

 せんせいは、私の本棚を見る。

「何人いたら、決まりは出来ると思うかい?」

「えっ」

「次の木曜までに、考えておいで」


 その後、分数の授業があった。さっきの先生の年齢のおかげで、少し簡単だった。

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