第11話:もう持ってるカナ!?②

 『ローンなんていきなり言うから、交換してくれるのかと思ったじゃない』

 口を尖らせ、背後に座る斉賀くんのことを盗み見た。こっちの気持ちも知らず、いつも通り惚けた顔をしている。それがまた腹が立つのだ。


 『なんで私から連絡先を交換しないといけないのよ。ていうか、渚がグループに招待してくれていれば簡単だったのに......』

 場面は、昨日の夕食時まで遡る。


◇◆◇


 「ふゆちゃんったら、夏輝くんの連絡先持ってないの?」

 箸を止め、渚は驚いたように反芻はんすうした。


 今日の夕飯は、渚から斉賀くんのことについて質問攻めを受けていて、とても食事に集中できやしない。やれいつ告るつもりなのかだの、将来は考えているのかだの、聞くにしてももう少しマシな質問があるだろう。馴れ初めとか。


 「そうよ。別に特段必要に感じることもなかったし」

「必要に感じることはなくても、欲しいなとも思わないの?」

「思わないわね。あってもなくても、使わないなら同じだもの」


 嘘である。


 今まで何度手に入れようとしたか。彼の友達リストに、私の名前を加えて欲しいと何度望んだか。そして何度、この無駄に高いプライドがその邪魔をしたことか。


 LONEを交換することができれば、物理的な距離を無視していつでも連絡をとることができる。当たり前のことだが、これは相手のプライベートな時間に介入する手段を得る、ということだ。もちろん相手の返信頻度に依存するのだが、斉賀くんは返信が比較的早い人間だと調べがついている。そうでなくとも、なんらかの媒体で繋がっている、という事実が喜ばしいことなのだが。

 そのうち何かに理由をつけてつ、通話とか......ふふ、ふへへへへ......。


 「ふ〜〜〜〜〜〜ん」

 そんな考えを読まれたのか、渚は意味ありげににんまりと笑う。渚は昔から人畜無害な顔をしといて、変なところで切れ者なのだ。外目には何の変化も出ていないはずなのだが、私が嘘をつくと毎回こうだ。その上、嘘をついたことについて指摘せず、生殺しにしておくのだ。なおのことたちが悪い。


 「それじゃあ夏輝くんに文芸部のグループ、招待してもらってね」

「はあ!? なんでそうなるわけ!?」

 運んだ白米を口元から離し、あまりに突拍子のない話に思わず噛みついてしまう。


 「彼の連絡先は必要ないって話をしてたところだったでしょう?」

「ふゆちゃんが必要なくても、持っておくに越したことはないと思うのよ〜。わたしや蓮くんにこれから模試が増えるにつれて、二人だけで活動してもらうことも増えると思うし」

「......」

「それにわたしたちが卒業して、夏輝くんとふゆちゃんが部長と副部長になった時、二人の連絡ツールは必要になるでしょう? 遅かれ早かれ交換するなら、早い方がいいじゃない?」

「............」


 全くの正論だ。返す言葉が見つからず、保持したままだった白米を口内へ送る。

 「それにね?」

「......なに?」

「もしかしたら、関係が進展して寝落ち通話とかできるかもでしょ〜?」

「んっ......! ごほっ、えほっ」


 やはり我が姉は、変なところで変に鋭い。咀嚼していた米が気管に入り、せかえってしまう。文芸部へようこそ〜などと抜かしていた人間と、同一人物とは思いたくないほどに。

 今なら「実はふゆちゃんが生まれた時に、頭にチップを埋め込んだのよ〜」と言われても信じてしまうかもしれない。むしろそちらの方が、よっぽど納得できるというものだ。


 「はぁ、はぁ......ていうか、百歩譲って交換するのに賛成だとして、わたしが直接交換してくる必要はないんじゃない? 文芸部のグループがあるなら渚に招待してもらって、斉賀くんを友達登録すれば済む話よ」


 同じグループにいるメンバーは、言い方は悪いが勝手に友達に追加することができる。連絡先を手に入れろというなら、それが一番コストがかからず合理的な方法だろう。


 「う〜ん、それはなんか違うのよね〜」

 これが違うなら、何があっているのか。

 という言葉は口の中にある食物と飲み込み、ジト目で渚のことを見つめる。


 「とりあえず明日の放課後、夏輝くんと連絡先を交換してグループに招待してもらうこと! お姉ちゃんとの約束ね?」

 これのどこが約束よ。言い方を選ばなければ命令みたいなものじゃない。


 しかし、伊達に長いこと生活を共にしていないのだ。この姉はこれでなかなか強情なのだ。側から見ればただの我儘わがままなのだが、叶わなかった場合露骨に拗ねるのだ。これがまあ面倒臭いのなんの。よっぽどでなければ、渋々でも従っておくことをおすすめする。


 今まではただ欲しいだけだったのが、これで大義名分が生まれたわけだ。これなら大っぴらに連絡先を聞いてもおかしくない。ニヤニヤしているところを見ると、姉は余計なお世話を焼いているだけなのだろうが、ここにだけは感謝してもいいかもしれない。


 「わかったわよ......別にそんな大変なことでもないしね」

「よかった〜。夏輝くんはきっと部室にいると思うから、仲良くするのよ? お姉ちゃん達模試で明日いないかもだから......」

「はいはい、わかったわよ」


 こうは言っているものの、意図は二人の中を心配してではないのだろう。


 ともあれ、これで斉賀くんの連絡先は手に入れたも同然。明日の今頃には、彼を焦らしながら、返信の内容を考えている頃だろう。

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異様に距離が近い美少女が俺を獲りにきてる。 流水氏 @Nagamishi

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