第10話:もう持ってるカナ!?①

 翌日。部室に一番乗りした俺は、今日も今日とて寄稿する小説の内容に頭を悩ませている。

 幸いと言うべきか、部長たち二年生は模擬試験があるらしく、今日は部室に寄る時間がないらしい。会えないと言ってもどうせ数時間ぽっちなのに、部のグループではロミオとジュリエットの如き寸劇が繰り広げられていた。まともに相手にしても疲れるだけなので、スマホの通知をオフにして乗り切った。天井のシミを数えるくらいに暇を持て余したら、読むのもいいかもしれない。


 昨日入りたての新入部員は、気まずい思いをした部室には来るまい。第三者の俺ですら部室に入る時に共感生羞恥がぶり返したのだ。俺が当事者ならその日のうちに退部届を出している。


 とにかく、なんやかんやで俺の聖域は守られたわけだ。斜陽をカーテンを閉めて拒絶し、仄かに暗い中一人物思いにふける。これこそ理想の放課後だ。可哀想とか思った奴は、せいぜい夜道に気をつけていただきたい。別にキラキラした放課後に憧れなんて......ないもん。


 「ここは、俺だけの居場所だー!」

 昨日の未羽の表情を思い出し思わず高笑いも出てしまう。さて、インスピレーションを得るために、買いためておいたラノベでも......


 ガチャ、キィ......


 その効果音が、聖域の出入り口のものであることは、想像に難くなかった。

「あら、随分早いのね」

 そこには来ないはずの新入部員、いや侵入部員の姿があった。......我ながらちょっとうまい。とか言ってる場合じゃない。


 「未羽、どっ、どうしてここに?」

 余裕綽々といった様子で、未羽は隣の椅子に腰掛けた。動揺も隠しきれないまま、未羽に疑問を投げかける。


 「文芸部員が部室にいるのはおかしいかしら」

「いや、昨日あんな......」

「おかしい、かしら?」

「オカシクナイデス」

「そうよね」

 聖域、呆気なく崩壊。

 表情こそ笑顔なものの、有無を言わせない眼光に、思わず意に違えた反応をしてしまう。面白がって茶化そうものなら、ノールックの右ストレートが飛んできそうだ。


 未羽が来たとあらば、ブックカバーをかけないままラノベを読むわけにもいかない。純文学を読んでいると言った手前、ラノベが露見してしまえば揶揄われるに違いないからだ。今日は生憎あいにくブックカバーを家に置いてきたため、やむなくラノベをリュックにしまう。


 今のうちに予習を片付けて、読書は帰宅後に回そうか。頬杖をつきながらそんなことを考えていると、ふとグループLONE|《ローン》のことを思い出す。壁掛け時計を見上げてみると、時刻はもうすぐ午後五時といったところ。とっくに部長たち二年生は一心不乱にペンを走らせ、脳を酷使している時間だ。


 ポケットからスマホを取り出すと、LONE《ローン》だけで三十件近い通知が表示された。その大部分はグループのものだが、渚先輩からのメッセージが三件。どうでもいい通知はさっさと削除し、先輩とのトーク画面を開く。


 『なつきクン、ふゆチャンの連絡先は、もう持ってるカナ!? ふゆチャンをグループに招待しておいてくれたら、嬉しいナ♡(キスをしている顔文字)』

「はぁー......」

 こっちの方が、よっぽどどうでもいい通知だったかもしれない。

 ちなみにだいぶ平易に改めてあるが、原文はおびただしい数の絵文字顔文字が使われている。なんだこのおじさん......ていうか妹の連絡先くらい持ってるだろこの人。俺? 俺はもちろん持ってない。


 ともあれかくもあれ、やることに困っていた矢先、連絡先を手に入れるという任務が発生してしまった。渚先輩はあれでなかなか、拗ねた後の機嫌取りが面倒な人なのだ。従っておくに越したことはない。


 ターゲットはいつの間にか席を離れ、本棚の物色を始めている。彼女も彼女で、この暇を持て余しているのだろうか。暇なら早く帰ればいいのに......今日ばかりは、連絡先を聞くまでは帰られては困るのだが。


 「あの、未羽......」

「何かしら?」

「ローン......と、一括のどっちで大きな買い物をしたいかな、って」

「随分突拍子もないことを聞くのね......大人になってみないとわからないこともあるでしょうけど、何年もお金を払い続けるよりは、一回ポンと払っちゃった方が私は楽だと思うわ」

「だよな〜、俺も同じ......」

「突然どうしたの? 私にお金の話をしても、あまり参考にならないと思うけど」

「いやっ、本当に気になっただけなんだ、なんでもないよ、はは......」

 取って付けたような即席の笑顔に、未羽には胡乱な眼差しを向けられてしまった。


 『......連絡先って、どうやって交換すればいいんだ?』

 何を隠そう、俺は今まで自分から連絡先を聞いたことがない。LONEの友達も公式ラインが過半数を占めているし、どうしても用事がある人にはクラスのグループから追加させてもらっていた。それも今まで一回あったくらいだが。


 「LONE教えて」

「うんいいよ」

 こんな二行の、しかも超短文で方がつくはず。なのに、そのやりとりができるビジョンは途方もなく遠いように感じる。陽キャ達のフットワークの軽さたるや......。


 そんなこんなで、今日も随分苦心する放課後になりそうだ。

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