第9話:どうして文芸部に⑧

 「あら、おかえりなさ〜い」

 玄関の扉を開けると、いつも通りの姉が出迎えた。黄色いシャツにショートパンツといった、ラフな格好だ。

 こちらとしてはなんとなく気まずいのだが、姉はなんとも感じていないらしい。渚に背を向け、ローファーを脱ぎながら対応する。


 「ただいま。ずいぶん早いのね」

「今日はふゆちゃんに夏輝くんの話を聞きたくて、ちょっと早めに帰ってきたのよ〜。その様子だと、ちゃんと送ってもらったようね?」

 渚はニマニマしながら、どこか嬉しそうに尋ねる。


 「その様子って、いったいどの様子よ」

「いつもより口角が上がってるわよ〜?」

「上がってないわよ!!」


 思わず強く言い返しながら、人気のないリビングに目を向けこぼす。

 「今日もお母さんたちは仕事?」

「そうみたいね〜。ささっとご飯作っちゃうから、着替えて待っててね〜」

「ありがとう、そうさせてもらうわ」


 両親は共働きで、一緒に夕食をとる機会も多くない。夕飯はほとんど毎日渚が作ってくれている。何度か手伝おうとしたことはあるのだが、冬華がキッチンに立っても、どうも渚のように上手くいかない。

 できないことがあるのは癪だが、こればかりは適材適所、と言い聞かせて渚に甘えている。食材を無駄にしてしまうよりはいくらかマシだろう。


 自室のドアを開け、鞄を放り投げてベッドに飛び込む。スプリングによる微かな抵抗感を残し、私の体と意識は沈んでいく。

 『本当に、今日は疲れた......』


 夏輝と一緒にいられる時間が増えると喜んでグーを出したのに、後から第三者に後出しでパーを出された気分だ。よりにもよって、これでも頼りにしている姉のアホな姿を見せられようとは。


 『......でも、斉賀くんにくっつけて、ちょっと嬉しかったかも』

 次に思い起こされる光景は、夏輝との別れ際だ。失礼な物言いをしてしまったことは反省しなければいけないが、自分的には結構頑張ったつもりだ。図書館で怒られた時など、密着する時はいつも頑張っているのだが。


 「ていうか、これじゃ私だけ好きみたいな......いやいや! 別に好きじゃないけど......」

「あら〜、まだそんなこと言ってるの?」

「!?!?」


 慌てて振り返ると、わずかに開いた扉から、頬に手をあて首を傾げる渚が覗いた。考え事をしていたこともあってか、階段を登る音ひとつ聞こえなかった。


 「いい、いつからいたの!?」

「嬉しそうに足をバタバタさせているところくらいからよ〜。夕食の準備ができたから呼びにきたんだけど、ふゆちゃんが面白い動きしてたから盗み聞きしちゃった」

「——————!!!」


 悪びれる様子もなく自分の頭をポカっと殴り、「てへ☆」と舌を出す渚。殺意と羞恥がせめぎ合い、僅差で羞恥が勝る。本気で殴るのはまた今度にしといてあげるわ......


 「ご飯できたから、着替えて降りてきてね〜」

 笑顔でそう言い残し、渚はそっと扉を閉めた。睨む対象を失い、枕に一層深く顔をうずめる。


 ひと足先に屈辱と後悔を前菜として味わい、気の向かない体に鞭打ってダイニングへと向かった。

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