第8話:どうして文芸部に⑦
茜差す夕暮れ。なぜ自分が警戒する人間と並んで帰らねばならないのか。
冬華の方は部室での出来事をまだ引きずっているのか、今のところ会話がない。もうすぐ駅だと言うのに、まるで他人の男女がたまたま並んで歩いているだけ。
『何か会話を振るべきか......でもうるさいって返されるのがオチか』
そう考えつつも、話せる話題を考えてしまうのは夏輝の中の優しさがそうさせるのか、それともお姉さんの事案を受けての憐憫か。
「な、渚先輩とは家ではどんな感じなんだ?」
「うるさい」
え〜、こちら現場の斉賀です。死にたいです。
話題を振ってみたものの、予感通りの回答を受け撃沈。夏輝の目元と心に影がさす。
さて、ここで未羽冬華の心を覗いてみよう。
『あああああああもう、なにがうるさいのよ私のバカ!!!!! こんなことずっと言い続けてたら好かれるものも好かれないでしょ!? ああほら、斉賀くん見るからに落ち込んでるじゃない!』
はいこちら、未羽冬華脳内リポーターAです。現在、未羽冬華は自責の念からか、頭を壁に打ち付けているようです! 現場からは以上です!
現場のAさん、ありがとうございました〜。
見てわかる通り、冬華は彼女なりに自分の発言を悔いているようだ。謝りたいのはやまやまだが、彼女の性格が邪魔をしている様子。
ようやく一言交わしたところなのに、目的地である駅までもうほど近い。
「それでは、今度こそ俺はこれで」
緊張からの心地よい開放感を感じながら、軽い足取りで身を翻す。
「斉賀くん、待ちなさい」
いそいそと帰ろうとしているところを、冬華が凛とした声で呼び止めた。どうやら、まだ帰してはくれないらしい。再び翻り冬華に向き直ると、睨んでいるとも取れる視線が絡む。
「な、なんでしょうか」
要件を尋ねるも、冬華はローファーの靴音を鳴らしながらこちらに向かってくるのみだ。
「............」
「............」
目を合わせたままの二人。
「............」
ぎゅ。
「????????」
突如抱きしめられる夏輝。ぎゅ、じゃないが?
互いに聞こえそうなほど、強くいななく心臓。
数秒無言の時間が過ぎた後、冬華は理解ができないまま硬直する夏輝から離れた。
「今日はこのくらいで勘弁しといてあげる。じゃあね!」
「............」
最後まで声がでない夏輝。せめて力なく右手をあげてみたが、ツカツカと駅に向かう冬華には気づかれない。
「......刺されたかとおもった」
右手を下ろしながら、夏輝は独り言をこぼした。夏輝のドキドキは、肝が冷えたことによるものだったらしい。
「今日も生き延びることができた......」
もしかすると、新手の吊り橋効果が狙えるシチュエーションかもしれない。皆さんもお試しあれ。
◇◆◇
『あああああなによ勘弁しといてあげるって!!! 私迷惑しかかけてないじゃない!!』
数分前のように脳内で激情を叫びながら、冬華は駅の構内を速足で歩いていた。頭の中にいきなり台風がやってきたようなもので、リポーターのAさんも飛ばされないよう必死である。冬華自身は素知らぬ表情をしているが、今すぐ床で転げ回りたいほど感情が暴れている。
『でも抱きしめてた時、すごい幸せだった......』
自重しようとは思っているのだが、口元から幸せが溢れてしまう。結果的に気味の悪い薄ら笑いとなってしまった。隣の待機列に並んでいるサラリーマンは気がついたのか、若干身を引く
「名誉回復できるよう、明日から頑張りましょう」
声に出して決意を固めると、冬華の体は退勤ラッシュの満員電車に消えていった。
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