第7話:どうして文芸部に⑥
とりあえず四人全員椅子に座り、改めて冬華の自己紹介を行うことにした。
「本日文芸部に入部しました、未羽冬華です......」
「はーい、ふゆちゃんが入ってくれてお姉ちゃん嬉しいわ」
自己紹介を聞いてにっこりな姉を見て、妹は恨みがましく耳打ちする。
「ちょっと! 渚が部員なら、それこそ事前に引き留めて欲しかったわ!」
「そんなこと言われても、渚先輩の苗字知ったの俺もついさっきだし」
「なんで知らないのよ! 普通自己紹介の時に聞いたのを覚えておくでしょう!?」
「自己紹介の時に聞いてれば、ね......」
前述の通り、この先輩二人は二人セットでふざけた自己紹介をしており、そこに苗字は含まれなかったのだ。部長の苗字も、生徒会の人が来た時に苗字で呼ばれているところを聞かなかったら、いまの今まで知らなかっただろう。
きっとそのふざけた自己紹介も、もうすぐ見せてくれるだろう。
「それじゃあ次は私たちね」
せ〜の、と小さく音頭をとると、
「なぎさと〜」
「れんで〜す」
「「文芸部へ、ようこそ〜!」」
繋いだ手を見せながら、もう片方の手を上方に伸ばす。大仰な仕草で歓迎してくれるのは、夏輝が入部したあの日から変わっていない。見るのは二回目だが、湧き出る共感性羞恥は拭えない。他人ではなく、身内がしているところを見せられた冬華のダメージは計り知れないだろう。
「......な?」
「私が悪かったわ、悪かったから、今は話しかけないで」
そう言うと、両手で顔を覆い俯く
「夏輝くんに見せたのが最後だったんだけど、意外と上手くできたんじゃない?」
「やっぱりそうだよな! 渚の愛嬌は妹のハートをも撃ち抜いているぞ」
「やだ、れんくんったら。わたしが撃ち抜きたいハートは一つだけよ?」
「ははは、もしかしたら、既に撃ち抜いてるんじゃないか?」
何も上手くできてないが。
聞こえていないと思っているのであろう内緒話に、夏輝も頭を抱えた。この先輩たちは悪意のかけらも無い、いい人たちなのだが。いい人たちなのだが......。
「部長が言ってた、未羽の話をよく聞いているって、こういうことだったんですね」
「渚は妹の話をよくしてくれるのでな。文芸部に入るというのは聞いていなかったから、夏樹が連れてきた時は驚いたがな」
「ほんとにね〜。あ、夏樹くんもふゆちゃんのことで聞きたいことがあったらなんでも聞いてね。例えばスリーサイズとか......」
冬華、わずかに顔をあげ、姉を射殺すほど睨む。
「......は、本人から聞いてね?」
うまく躱しながら、ぱちこーん、とウインクをしてくる。ぱちこーん、じゃないが。聞いたら殺される気しかしないが。
空気をリセットするように、部長がぱん、と手を叩いた。
「まあ、今日はこんな感じでお開きにするか。冬華も文芸部に入ったことだし、いつでもここを使ってくれて構わない。鍵は一応俺のロッカーに入っているが、閉めてないから気にしないでくれ」
「わ、わかりました......」
天然姉の相手に、ずいぶん疲れた様子だ。心なしか顔に生気がないような気がする。
「それじゃあ夏樹くん、駅まででいいから、冬ちゃんのこと送ってあげてね」
「お、俺ですか!? 渚さんと住んでるなら、一緒に帰ればいいんじゃ」
「わたしは蓮くんと帰るも〜ん」
「そういうことだ。じゃあ、今日はこれで解散! 気をつけて帰れよ〜」
「そ、そんなぁ......」
先輩二人が扉を閉め、夏輝の声は虚しく散った。嵐のような騒がしさから一転、つんとした静けさと二人が残される。
「た、大変な一日だったな〜」
夏輝は他人事のようにこぼす。
「なんたって、たまたまお姉さんと同じ部活に入っちゃって、たまたまお姉さんが部長とイチャ......仲良くしてるところを見ちゃったんだもんな〜」
「わざわざ言わなくていいわ」
「アッスイマセン」
再び、沈黙が重くのしかかる。部長のように空気を変えるスキルは、残念なことに持ち合わせてなかったらしい。どうしたものか。このままさっさと帰ってしまうのが賢い選択だろうか。
使うかと思って出しておいた筆記用具をリュックサックに放り込み、夏輝はいそいそと立ち上がる。
「......じゃあ、俺は帰る、部長も言ってたけど、戸締りは不要だからな、それじゃあ」
早口でそう言い残すと、逃げるように扉へ向かった。
『俺にとっても疲れる一日だったな......入部は阻止できなかったけど、冬華が部室に来ることは少ないだろうし』
夏輝は無意識に頷く。
『にしても未羽も災難だったな、身内のあんなところを......しかもこの後も顔を合わせるのに』
夏輝の頷きは加速する。
『気の毒だけど、結果的にここは守り抜けたことだし、被害は最小限で済ん』
前側の半身が部室から出たところで、突如ガシッと左腕を掴まれた。掴んだ人は明白である。理由は不明だが。体の向きは変えないまま応じる。
「どうなさいましたか、未羽さん」
「あら、ここまで傷心の女の子を一人で帰らせるつもりかしら」
「あなたなら一人で帰れるでしょう。下手なチンピラより強そうだし」
事実を言ったつもりなのに、掴まれていた手首を締め上げられる。ほら、間違っていないじゃないか。
「それに渚にも送っていけって言われたでしょう?」
「流石に冗談じゃないですかね」
「いいえ、あの子は滅多に冗談なんて言わないわ。本心で思ったことしか話さないもの」
「きょ、今日がほんとにたまにある冗談を言う日だったのかも......」
「————もう!!」
「まどろっこしいわね」と吐き捨て、冬華は腕を引っ張って無理やり体の向きを変えた。
「そんなに私と帰るのが嫌かしら!?」
そんなふうに言われたら、一人で帰りますとは言えないじゃないか。
大変な一日がもう少し続くことへの涙を飲み込み、夏輝は泣く泣く一緒に帰ることを了承した。
腕を引かれた時に自分の胸板に触れた、柔らかいものの感触を脳に刻み込みながら。
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