第四十二話 ここにはいない彼女

 シュウは病室で目を覚ました。どうやら個室に寝かされているようだ。


「いって……。何日寝ていたんだ、俺は」


 身体を起こすと、リンが自分の膝の上で寝ている姿が見える。徹夜で付き添ってくれていたのかもしれない。


 窓から外を見ると、快晴である。今日も暑そうだった。照りつける日差しにうんざりしていると、病室の扉がノックされた。シュウの返事を待たず、入ってきたのはランである。


「やっほー。しゅうちん。目が覚めたんだね」


 いつものエメラルドグリーンのパーカーではなく、ブラックのタンクトップ一枚である。スタイルの良さが相まって目のやり場に困る格好だ。


「お師匠! 俺、何日寝ていたんですか?」


 ランはベッドの横のスツールに腰を下ろした。そして長い足を組む。


「三日だよ。普通人なら致命傷だったけど、あんたはもう一週間入院すれば退院できるってさ。タフで良かったね」


 ランは「きゃはは」と笑った。そしてシュウの頭を撫でる。


「本当に……あんたが無事で良かった。お姉さんはほっとしたよ、まったく」


 シュウは照れ笑いを浮かべた。


「お師匠、リンはずっとここにいたんですか?」


 そう言い膝の上のリンを指差した。リンはまだ目を覚まさない。ランは苦笑いをして答える。


「うん、ずっとだね。凄かったんだから、取り乱し方が。『兄さんが死んだら私も死ぬー!』って。トラウマになっても知らないよ、私は」


 シュウは優しくリンの頭を撫でた。


「あ、チェンは無事ですか?」


「元気だよ。さっきまでここにいたけど、あの子も忙しいからね。後でお礼を言っておきなさい」


「そうすか。分かりました。五郎系ラーメン大盛りですね」


 シュウはもう一度外を見た。雲一つない青空が視界に入る。ぽっかりと胸に穴が開いたような……何もない空である。適度に雲があった方が良いと、今日のシュウは思った。


「ああ、そうだ。ギフターの二人は生きていますか? 南とフィオナでしたっけ。あいつらには俺が直接借りを返したいんですが」


 ランは肩をすくめて答える。


「誰かさんが殺すなって言うから見逃したわよ。瀕死だったから生きているか分からないけど」


「そうすか。敵ながら気の毒っすね。でも俺も倦怠感が凄いっす……」


「そうね。あんたは死にかけたのよ。ゆっくり休みなさい」


 そう言うとランは席を立ち、そっとシュウを抱きしめる。ふわっと香る香水がシュウの脳を麻痺させた。心地よい沈黙が流れた。


「……師匠。あの?」


「……うん?」


 シュウは一呼吸置いて――知りたかったことを聞いた。


「……シャーロットさん……は?」


 ランはシュウを抱きしめたまま答えた。


「……いないね。もう……ここには」


 数秒の沈黙後、シュウは言った。


「そう……ですか。もういないん……ですね」


 シュウはランに身体を預けたまま動かない。


「……」


「師匠……。俺……守れなかったよ」


 涙声のシュウを抱きしめたままランはこう答えた。


「一緒に背負ってやるって言ったでしょう。……あんたはよくやったよ」


 シュウはランの腕の中で、静かに泣いている。ただただ悲しかった。真っ青な空のように、シュウの心には何も無かった。


――リンは寝たふりをしながら、二人の会話を聞いていた。


 いつも強い兄が泣いている現実にショックを受けていた。


 兄に優しい声を掛けたいという感情を必死に抑えていた。


 今は眠り続けることが優しさだと思いながら――。

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電拳のシュウ ~異能サスペンス~ @yuarano

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