第二十一話
「……さて、照明のスイッチはどこかな」
そうして現れた美奈子さんは、愕然とする二人を尻目に、まず照明のスイッチを探した。二人とのやり取りに熱中していて、今まで気づかなかったけど、窓の外はもうすっかり暗い。私は何だか急に頼りない気持ちになって、お姉ちゃんの隣の席に戻った。
「明るくなったわね。次にカーテンも閉めましょう」
部屋全体がパッと明るくなり、それと同時に、まだ見慣れない美奈子さんの姿も浮き彫りになる。背は高く百七十センチ近くあり、髪もサラサラしたロングヘア。だけど、目元の感じがあの女とは違う。丸い目に太い眉、全体的に明るい雰囲気をまとっているのが、あのクソ男に言わせれば、「恵理子に似ていない」のだろう。
「さっきは『少し考えさせて』と答えたけど、もう覚悟が決まった。徒花ちゃ……いや、徒花は今日から私の娘よ」
そしてカーテンを閉め終えると、美奈子さんは私の方に歩み寄って、笑顔でそう言った。
「……本当ですか?」
崩れ落ちそうになる体を気合で支え、私は震えた声で訊き返した。
「うん、本当」
すると彼女は、少しの迷いもなく深く頷いてくれた。その瞬間、私の長年の悲願はやっと成就したのだ。
「お母さ……」
火口を塞ぐ負の感情を吹き飛ばして、私の喜びの火山は大噴火した。食卓、冷蔵庫、ガスコンロ、電子レンジ。目に見えるもの全てが、目に沁みるほど色鮮やかに見える。私はすぐに両手を広げ、彼女に抱き着こうとしたが、
「ストップ。喜びを解放するのは、全てが終わってからにしよう」
そうやって止められてしまった。
「『一時の気の迷いだ』なんて思って、こんなドブカスを引き止めた私が間違ってた。何も躊躇せず、唯さんにあげれば良かったのね。茜、今までギスギスした家庭で嫌な思いをさせて、本当にごめんね」
「お母さんは何も悪くないよ」
二人の方を睨みつけながら、お姉ちゃんはそう言った。そして美奈子さ……いや、お母さんも、それを追うように二人の方を見た。
「あなたも唯さんも、もう自由に暮らしていいですよ。徒花は私が預かりますから。ああでも、戸籍上の親の権限が必要になったり、唯さんの協力が必要になったりした時は連絡しますので、ちゃんと対応してくださいね」
「本当にいいんですか?」あの女はお母さんの元に駆け寄り、跪いてそう訊いた。
「はい。その前に、二人には罰を受けてもらいますけどね」
「悟さんと一緒にいられるなら、どんな罰でも甘んじて受け入れます! ねえ、悟さんもそうでしょ?」
「……うん」あの女の狂気に気圧されて、渋々頷いた様子だった。
「……了解です」
立ち尽くす二人には構いもせず、この部屋に入って来た瞬間、照明を点け始めたお母さん。その姿を見て私は、「実はそこまで怒っていないのでは?」と少しだけ思ったが、やっぱり、そんなわけがなかった。お母さんはその時、はち切れそうなほどの満面の笑みだった。
*
美奈子さんが私のお母さんになってくれただけで、もう万々歳だというのに、「復讐する」という目的もちゃんと果たせるなんて、本当に幸運だ。
「さて、まずは鞭から」
畳に正座して、あの女はこちらを見つめている。私はタンスの一番上の段から鞭を取り出し、それを彼女に見せつけるように、空中で振るってみた。だけど、その表情は中々恐怖の色を見せない。
「……打たれる場所、顔でいいの?」
だから私は、小一のあの夏の日に言われ、ずっとトラウマになっているその言葉を、そっくりそのままあの女に言ってやった。
「…………」
あー、本当に打つんだ。心の中でそう小さく呟いているような、静かな絶望の目だった。
「そんな目でこっちを見ないで。五秒以内に体勢を変えなかったら、本当に顔を打つからね? 五、四、三、二……」
私はただ、これを振るうだけ。あの女がどれだけ痛い思いをしようと、別にどうでもいい。なのに……自分が打たれそうになっている時と同じくらい、私の心臓はドキドキしていた。
「背、伸びたなと思って」
「……はっ?」
出し抜けにそんなことを言われ、私は素っ頓狂な声を上げた。
「あのタンスの一番上の段にも、もう手が届くのね。少し驚いた」
「……命乞いのつもり?」
「まさか。……はい、どうぞ。気が済むまで打って」
一体、どういう意図で言ったのだろうか。何もヒントをくれないまま、あの女は四つん這いになって私にお尻を向けた。
『パンッ』
『パンッ』
『パンッ』
「……あれ、たった三発で終わり? ずいぶん優しいのね」
あの女は結局、始終黙り込んでいた。
「……まあね」
あれだけ待ち望んでいた復讐なのに、いざ実行してみると、こんなにもすぐ気分が悪くなってしまう。さっきのあの女の言葉が影響している? いや、そんなことは絶対にない……はずだよな?
「次に移る」
そうして私は、タンスの一番上の段を再び開けた。
「……次はナイフで二の腕を切りつける」
大量の血が染みついたバスタオルと、真っ白いハンドタオルに包まれた清潔なナイフとの対比は、なんだか天国と地獄みたいだが、残念ながらそれらは、どちらも地獄の責め道具だ。
あのナイフがやけに清潔な理由は、「菌をまとったナイフを使ったら、壊死などの一大事が起こってしまうかもしれないから」だ。あの女はあくまでも、「病院に行かなくても命に関わらない程度」で、私を傷つけようとしていたのだ。
「そこの椅子に座って、二の腕を出せ」
「わかったわ」
すんなりと頷いて、あの女は立ち上がった。
「……何だか予防接種みたいで滑稽ね」
机に敷いた血だらけのバスタオルの上、あの女の腕の白さは余計に強調されている。
「そんな滑稽な真似を、あんたは娘にさせてたんだよ?」
「そうね。だってあなたは、私の所有物のくせに勝手に動いて、神の教えに背くんだもの。ただの置き物でいてくれたら、それで良かったのに」
「……あんたにとって聖護会は、『生きる目的』なんだよね。それはわかるけどさ、生きる目的のためなら何をしてもいいの?」
「少なくとも私はそう思ってるわ。でもまあ、そんな聖護会への信仰も、これから始まる悟さんとの暮らしには不要だから、もう捨ててしまうけどね」
「……あー、そう」
涼しい顔をして言ったあの女。さっきのように彼女が悲鳴を上げなくても、ナイフでの切りつけをすれば、「血」という明確な暴力の証が見える。だから私は、少し躊躇していたのだが……その顔を眺めていると、そんなものは、あっという間に吹き飛んだ。
「……うっ」
私の予想を裏切り、今回はすぐに呻き声を上げた。
「どう? 痛い?」
酷い出血にならないように気をつけながら、あの女の肌を浅く切っていく。流れ出す真っ赤な血を眺めていると、私の気分は段々と高揚してきた。
「うん……」
苦痛に顔を歪めながら、あの女は喘ぐように言う。その額には、冷や汗が流れていた。
〈楽しくて当たり前なんだよ! だって私も、恭平のみぞおちを殴った時、めっちゃ愉快だったもん!〉
由紀ちゃんのあの明け透けな言葉が、ふと脳裏に蘇る。暴力を振るうことは楽しくて当たり前。それに、あの女が今まで私にしてきたことを考えると、もっと過激なことを何時間もやったって、決して過剰な復讐ではない。なのに……まだ躊躇が残っているのは、どうしてなんだろう?
「……痛っ!」
あの女がナイフを持っていない方の私の手を取り、その人差し指に犬歯を突き立てたのは、突然のことだった。
「……どういうつもり? 返答によっては、二の腕じゃ済ませないけど」
一筋の真っ赤な血が、不吉な流星のように人差し指を流れ落ちる。私は近くにあったティッシュを使って、そこをすぐに止血した。あの女はその時、とても愉快な様子でヘラヘラと笑っていた。
「その血と、私の二の腕から流れている血、見比べてみて? ……同じ色でしょ?」
「……そりゃあそうでしょ。あんたも私も、同じホモ・サピエンスなんだから。それを言うために、私の指を噛んだの?」
イライラしながらそう訊くと、あの女は相変わらずの腹立たしい表情で、
「……自分の胸に手を当てて、よく思い返してみて。私を傷つけている時、徒花は確かに楽しかったでしょ?」
と言った。私の罪悪感を掻き立てて、早くやめさせようという作戦か。お生憎様、その手には絶対に乗らないぞ。そう決め込んで、私は臆面もなくハッキリと答えた。
「そうだね、当たり前じゃん」
「……なんだ。徒花なら、それすらも嫌がると思ってたわ」
あの女は俄かに興覚めし、私は思わずしたり顔になったが、それで終わりではなかった。
「その割には、楽しさと躊躇を一対一で混ぜたような表情だったけど」
そんな言葉のカウンターを食らい、私はギクッとした。
「……気のせいじゃないの? それより、早く質問に答えてよ。あんたはどうして私の指を噛んだの?」
素知らぬふりをして、話題を切り替える。一つ不思議なのは、あの女の顔にあのムカつく笑みが浮かんでいないことだ。
「端的に言えば、徒花の言う通りよ。『私たちは同じ生物なんだ』と知ってもらいたかったから。結局ね、私たちはどれだけお利口ぶったところで、所詮は猿なの。お腹が減ったら、店から盗んででも食べたくなる。気に食わないことをされたら、たとえ相手が目上の人でも、ウッキーって威嚇したくなる。つまり人は、自分のしたいことをしている時が、一番幸せなのよ。もちろん、徒花だって例外じゃない」
身も蓋もない言葉なのに、不思議と重みがある。まるで自分自身の哲学を語るように、彼女は真剣な表情をしていた。
「……正しさなんて捨てて、あんたみたいな生き方をしろと?」
「そんなことは言ってないわ。だって徒花にとっては、『正しさ』というのも『大切にしたいもの』なんでしょ? 『大切にしたいもの』が一つだけなんて、そんな人間、中々いないわよ」
「あー、長ったらしい! さっさと結論を言ってよ。あんたは結局、何が言いたいの?」
この話にずっと耳を傾けていたら、何だか怪しい催眠術をかけられてしまいそうだったから、私はそれを早く終わらせようとした。
「『自分が本当にしたいと思っていること』は、時によく考えないとわからないもの。私に対する恨み、あなたの思う正しさ、暴力に対する本能的な嫌悪、そして……私が徒花の身長について触れた時、微かに見えた私への愛情。それら全てを総合して、徒花は今、どうしたいの?」
だけど、どうやら無駄な抵抗だったらしい。あの女に説得されて終わりなんて、これほどまでに屈辱的な終わりはないが……私は、この胸が軽くなる心地良さに抗えない。
「目を閉じて。深呼吸をして。……はい、目を開けて。どう? 私の傷は今、こんな感じだけど」
あの女の細い二の腕。それも動脈がある内側を避けるから、もう半分の外側だけ。猫の額……は言い過ぎだけど、本当に狭い狭い範囲。そこにギッシリと刻まれ、今も血を零しているグロテスクな赤い筋。
「……もういいや」
胃液がグッと上がって来て、私は思わずそう呟いた。
「はい、おしまい」
再びタンスの一番上の段を開け、新しいフェイスタオルを取り出して、あの女の二の腕に巻いてやった。正直、こんなことをしてやる筋合いはない。だけど、私はお人好しだから「こうすること」を一番望んでいた。
「……ずっとそのまま、良い子でいてね」
傷の処置が終わった後、早々に背を向けた私を引き止めるみたいに、あの女はそう言った。あの女の口から出たとは思えない、その率直で温かい言葉に、私の心は不覚にも揺らいでしまった。
「最後だけ母親ぶるの? もう何も感動できないけど」
振り返り、吐き捨てるように言う。
「だって、手放した花瓶に醜い花が飾られたら、徒花だって嫌でしょ?」
そんな憎まれ口を叩きながら、あの女は笑っているような泣いているような、そんな酷く不安定な表情をしていた。
〈『大切にしたいもの』が一つだけなんて、そんな人間、中々いないわよ〉
あの女の言葉が脳裏に蘇る。それによって芽生えた淡い憶測は、急速にその彩度を増して、いつの間にか確信に変わる。自らの生きる目的を百としたら、もう一にも満たないほどの比率かもしれない。だけど……あの女は確かに、私のことを想っているのだ。
「……本当にバケモノだね」
心の底から出た言葉だった。バカみたいに熱くなる目頭に気づき、私はすぐに扉の方を向くと、振り返らないまま歩いて部屋を出た。
「徒花の復讐は終わったの?」
熱中して視線を逸らさないまま、お母さんはそう訊いてきた。
「うん」
調理台を背もたれにして、グッタリと蝋人形のようになっているクソ男を、二人は靴を履いた足で容赦なく蹴り飛ばしていた。
「……そうか、良かった。じゃあ、私たちも終わりにしようか」
軽やかに笑いながら言うと、二人は靴をそこらに脱ぎ捨てて、すんなりと復讐を終わらせた。その額には、白熱したスポーツの試合の終わりみたく、爽やかな汗が流れていた。
「じゃあ、これから早速うちに帰るから、荷物をまとめて来てね」
鼻血と内出血と土汚れとで、グチャグチャな顔になったクソ男を尻目に、二人はこっちに歩み寄って来た。
「はい」
そう言って頷いた途端、溜まっていた疲れが一気に爆発して、私は倒れそうになった。
「うわっ、大丈夫? ついて行ってあげようか?」
フラついた私をサッと支え、お姉ちゃんはそう言ってくれた。
「お願い、お姉ちゃん」
「……へへっ、お姉ちゃんか。やっぱりまだ慣れないな」
そう言って、恥ずかしそうに笑うお姉ちゃんと、私は自室に向かった。
「布団敷きっぱなんだね、なんだか意外」
「へへっ、そうだね」
「……やっぱり疲れてるね」
「そりゃあ疲れるよ。今日は色々あり過ぎたから」
「だよね」
二人でそんな話をしながら、新しい家に持って行く荷物をまとめる。
「あっ、植物図鑑だ。サラちゃんはお花が好きだもんね」
「ちょっと待って。それは持って行かない」
「どうして?」
「……どうしても」
「あのクソ男からのプレゼントか?」とも思ったけど、私が所有するのを許可している時点で、それは違う。加えてこれは、必要最低限の物品しかないこの家に存在する、ほぼ唯一の「生活に関係ないもの」だ。だからきっと、これはあの女が「生きる目的」に関係なく大切にしている数少ないもので……まあ、「それがどうした?」という話なのだけど、それまで奪い去ってしまうのは、何だか忍びない気がしたんだ。
「服、お絵描き関係のもの、学校関係のもの……持って行く荷物と言っても、大きく分けたら三種類だけだね」
「そうだね」
床に並べた荷物を見つめていると、段々と実感が湧いて来た。本当に、これで全部が終わるんだ。私はやっと、優しい家族に囲まれて、生きることができるんだ。
「……ふふっ」
「何が可笑しいの?」
優しく尋ねて、私の顔を覗き込むお姉ちゃん。
「私は今まで、色々なことを難しく考えて、その度に自分なりの正解を出そうと思って生きてきたけどさ、二人との暮らしを始めたら、そんなこともなくなるんだろうなって。頭空っぽで生きていても、毎日が幸せなんだろうなって。……そして、そんな風に考えたら、何だか今までの努力が虚しく思えてきたの」
「……そんなことない」
断固とした口調でそう言って、お姉ちゃんは私の肩をトンと叩いた。
「こんな地獄みたいな家庭に生まれたのに、優しくて純粋で、頭も良くて非行にも手を染めていない。そんなパーフェクトヒューマンな今のサラちゃんがいるのは、ひとえにサラちゃん自身の努力のお陰だよ。私なんてさ、あのクソジジイの言動が自分と重なって、ずっとクラクラしてた」
私を力強く励ましてくれた後、彼女は力なく笑った。
「いつかサラちゃんにも言った通りさ、やっぱり私、『人生って九割が運だ』って思うんだよね。もちろん、これからも『変わる努力』はし続けるつもりだけど、あのクソジジイの娘に生まれて、その最悪な部分を受け継いでしまった私は、結局のところ……」
「いいんじゃない? 少しくらい自分勝手に生きても」
思い詰めた彼女の横顔を見つめていると、自分でも思ってもみなかった言葉が口から零れた。
「……えっ?」
そう言って目を丸くしたお姉ちゃんと同じくらい、言った本人である私も目を丸くした。
「……だってお姉ちゃんにはさ、『自分自身』以外にも大切なものがあるでしょ?」
脳裏に浮かんで来た理屈を、素直にお姉ちゃんに伝える。私自身、言葉にすることで心の中を整理したかった。
「うん。お母さんと……サラちゃん」
「こら、ためらうな。今までのことはもう許したでしょ?」
「……そうだね。私、お母さんとサラちゃんが、自分と同じくらい大切!」
「なら、大丈夫だよ。お姉ちゃんが道を踏み外しそうになったら、私たちが止めるから」
「……本当にいい妹だよ、サラちゃんは」
涙ぐみながらそう言って、お姉ちゃんは私に抱きついてきた。
「そろそろ終わった? ……私も交ぜて!」
続いて、お母さんも参加した。
「逆に、私が正しさに執着して損をしそうなら、お姉ちゃんたちが私の手を引っ張ってね。……冴島君に由紀ちゃんに麻里ちゃん、お姉ちゃんにお母さん。これまでは無理だったけど、今はこの五人の言うことなら、ちゃんと素直に受け入れられる気がするの」
お姉ちゃんの体温が高いのは、どうやらお母さん譲りらしい。あり余る温もりと幸せを感じながら、私は二人にそんなお願いをした。
「もちろん。悪いことをするのは楽しいぜ」
いたずらっぽく笑い、お母さんは快く頷いてくれた。お姉ちゃんは感極まって泣き出してしまい、返事をするどころではなかった。
ランドセルは私が背負い、その他のものは適当な袋がなかったので、仕方がなくゴミ袋に入れることにした。パンパンになるような量は入っていないけど、お母さんはそれをサンタクロースみたいに背負って運んでいる。部屋の外は、もうすっかり夜だ。
「明日、みんなでどこかに行こうか」
「じゃあ、プール!」
「いいアイディアだけど、先に体の傷を治してもらいましょう。知らないお医者さんが診たら、『絶対虐待だろ!』ってなって説明が大変だけど、幸い私の兄さんは皮膚科医なの」
「わかった。えーと、じゃあね……あっ、ラベンダー畑とか?」
「サラちゃんらしくないね。この時期、ラベンダーは咲いてないよ。……だけど、夏になったら三人で、いや、冴島君たちも連れて六人で行ってもいいね。みんなで色々な場所に行こう。なんか――ワクワクするね」
「……あっ。お姉ちゃん今、『ワクワクするね』って言った」
「それがどうしたの? ……って、あーっ! 私いま、ワクワクしてるじゃん! サラちゃん、覚えてたんだね。あの秋の日に、私が『ワクワクしたことがない』って言ったこと」
「……ところで、結局どうする? 明日、どこに行きたい?」
「プールもラベンダー畑もダメなんでしょ? ……あっ、牛丼。牛丼を食べに行きたい!」
「ふっ。ごめん、笑っちゃいけないのは知ってるけど……ははっ、ダメだ」
「ごめんね、私も。あまりにも可愛くて……」
お腹を抱えて笑う二人につられた私は、自分の言った言葉に吹き出してしまった。そして、その拍子に思わず仰いだ夜空には……明るい星々と、綺麗な満月が浮かんでいた。
胸に抱いた色々な感情が逆巻いて、積み上げてきた色々な答えが崩れ落ちて、グチャグチャになった全てが混ざり合い、出来上がった私の人生は今……やっと、ほぐれた。
逆巻く。崩れ落ちて、ほぐれる てゆ @teyu1234
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