第2話
事故車の修理は三週間ほどかかった。作業自体はそこまで難しいものではなかったが部品の取り寄せに時間がかかった。北溝に電話を掛けるがつながらない。時間を置いて何度かかけてみたが一向につながる気配がなかった。SMSを送ってみるも読んだ跡がつかない。
「店長、北溝さんに連絡が一向に付かないんですが……」
「珍しいな。いつも長くても一時間以内には返事来るのに……」
佐島は身体に冷気が纏うような居心地の悪い寒さを覚えた。あのテナントの男が何か災いを起こしたのではないだろうか。
佐島は仕事終わりに北溝宅へ向かうことを決めた。
今日はテナント近くの信号が青になっていたのでじっくり観察できなかった空きテナントにあの男はいないことだけは確認した。
北溝宅に到着すると駐車スペースに貸していた代車があった。しかし、この前カーテンの隙間から光が漏れていたが今日は真っ暗だった。一度インターフォンを押してみるが返事はない。
佐島はスマートフォンのライトをつけて代車の周りを歩きながらボディに傷がないか確認した。古い車種ではあるが目立った傷はない。中を覗いてみても貸したときと変わらない簡素さだった。
北溝夫婦はどこに消えてしまったのだろうか。今日はもちろん明日も平日なので、遠出をすることは考えにくい。北溝宅は国道から外れて、駅やバス停も近くにない。車がないと不便な場所だった。そんなところで車を使わずにどこかに行くのは考えにくかった。
乗ってきた車に背を持たれて考えていると、北溝宅の隣の家から中年の男が膨らんだ袋を重そうに持ってきた。佐島は腰をかがめながら近づいた。
「あの、すいません。私〇〇自動車の佐島と申しますが」
「はあ」
「北溝さんに代車をお貸ししていたのですが、連絡がつかなくって直接伺いましたもののやはりいらっしゃらなくて……」
「ああ、そういえば見てないですね」
「そうですか」
中年の男はゴミ袋を持っている手に視線を向けた。佐島は一礼して男を解放した。佐島は上司に連絡を入れた。
「しょうがないな。じゃあ、まあ申し訳ないけど北溝さんの車で今日は帰宅してくれ」
「かしこまりました」
佐島は北溝夫婦の失踪に対する心配の中に安堵のようなものが一滴混ざった。正直、代車の助手席に座っていたあの男を見た以上、夜の道を代車で帰りたくなかった。
佐島は北溝の車に乗り込みエンジンを入れると自動的にフロントライトが前方を白く照らした。今はいちいちつける必要がないから便利になったものだと思う。
ふと駐車スペースに停められた代車を見て、佐島は悲鳴を上げた。ライトで明るくなった車内には北溝夫婦とあの男が真っ白な肌をして佐島を凝視していた。
「うわああああ」
佐島はアクセルをべた踏みし、代車から一刻も早く離れたかった。サイドミラーを見ると、代車がゆっくりと駐車スペースから出てきた。前方に視線を戻すと右折するところがあるが、アクセルを踏みすぎて曲がり切れない。猛スピードのまま歩道のブロックに乗り上げ、目の前に電柱が迫った瞬間、衝撃が身体全体に巡り佐島は意識を失った。
目を開けたとき、佐島は全身に力が入らなかった。赤い光が一定のリズムで見えるのがわかる。
助かるのか――
そう思い、力を振り絞って前方を見ると北溝夫婦とあの男が佐島をじっと見つめていた。
空きテナントの男 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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