おまけ

第51話 天使のポロリ★

道の両脇の街路樹からは、蝉の鳴き声が喧しく鳴り響いている。

一体何匹いるのだろうか、ステレオ音声のように多重に聞こえるその音は、頭の上から雨のように降り注ぎ、耳にこびりついて離れない。

陽射しは木々を挟んでもなお強く、その暑さにTシャツの背中は汗でべったりと張り付いていた。


立花蓮司は額の汗を拭うと、隣を歩く少女をチラリと一瞥する。

そこにいるのは、天使のように美しく――そして蓮司の彼女である、古川美咲だ。


「ふ…美咲、大丈夫?」


蓮司は美咲を気遣うように声をかける。

彼女は麦わら帽子を深くかぶり、ぐったりと目を伏せていたが、蓮司の言葉にぱっと顔を上げた。


「うん、大丈夫。ありがとう、蓮司くん。」


にっこりと微笑む美咲の姿は、いつもと変わらず可憐であった。

ちょうど木漏れ日が後光のように差しており、彼女の神々しさを一層引き立たせている。

白いワンピースは彼女の清廉さを表しているようで、ノースリーブの袖口から見える華奢な肩は、丸みを帯びてとても女性らしい。

もう何度も顔を合わせているのだが、いまだにその美しさに慣れることはなく、毎回惚れ惚れとしてしまう。


「もうちょっと、だよね?」


美咲はそう言うと、前のほうに向きなおって目を細める。

蓮司の位置からでも、前方にある大きな建物がすでに視界に入ってきていた。

とある人物から、呼び出されたその場所。

蓮司も名前は聞いたことがあるが、実際に行くのは初めてだった。

しかし、何だってこんなところに行く必要があるのだろう。

相変わらず、あの女の思考回路は読めない。


「九条先輩、何の用事だろうね?」


美咲は一歩一歩を踏みしめるように歩きながら、首を傾げた。

そう、ふたりを呼び出した人物とは、他ならぬ九条生徒会長だった。

うちの学校の影の支配者にして、あのゲームの主催者。

その人物の呼び出しとあって、蓮司も美咲も気が進まなかった。

どうせろくでもないことだろうと思っているのだが、例のごとくこちらに拒否権はなかった。


『必ずふたりだけで来ること。来なかったら、今から夏休みの宿題を倍にするので、覚悟しておくように。』


ド直球のパワハラ発言とともに届いたメッセージを見て、気が遠くなったのを覚えている。

そんなわけで、ふたりは少し遠出をして約束の場所へと向かっていた。

広大な面積のあるその施設は駅から少し遠いため、こうしてヒーヒー言いながら歩く羽目になったのだ。


ほどなくしてふたりは目的地へとたどり着いた。

横に長いその建物の上部には、「サマーバケーションランド」と書いてある。

ここはこのあたりでも一番の大きさを誇るレジャープール施設だった。

夏休み中はあらゆる人でごった返す、はずなのだが、意外にも蓮司たち以外に人影は見られない。


「立花様、古川様ですね。お待ちしておりました。」


ゲームの時によく見かけていた黒服たちが、蓮司たちを案内する。

今回も施設のスタッフは丸ごと九条の部下に入れ替わっているようだった。

一体どんな交渉をすればそんなことができるのか、全く見当もつかない。


「では、まずは更衣室でお着替えをお願いします。立花様はこちら、古川様はあちらです。」


指をさす黒服の言葉に、蓮司と美咲は顔を見合わせた。

レジャープールでの着替えとなれば、当然水着になるということである。

九条からのメッセージにも水着を持参するように書いてあったので用意はあるが、まだ本題もわからない中では困惑するしかない。


「一体、何をするんですか?」


蓮司の問いかけに、黒服は機械的な微笑みを返すだけだった。

埒が明かないので、渋々ふたりはそれぞれの更衣室へと向かう。

誰もいないロッカーの前で、蓮司は昨日小田切と買いに行ったショートパンツ型の水着を身に着けた。


『プール、ねえ。』


蓮司は鏡に映る自分の姿を見ながら、ぼんやりと考えた。

プールに水着と言えば、思い出されるのはあのゲームの終盤、水着剝ぎ取りゲームとブラジャー綱引きゲームである。

今回は蓮司と美咲のふたりしかいないので大丈夫だと思うが、それでも嫌な予感は拭えなかった。


着替えを済ませた蓮司は、早々にプールのほうへと向かう。

更衣室を出ると、そこには想像の数倍は広い空間が目の前に広がっていた。

ここは屋内プールのようだが、それでもいくつものプールやウォータースライダーがあり、かなりの広さがある。

さらにその向こうには屋外のプールがあり、さらに大きなウォータースライダーなどがあるのが見て取れた。

1日では遊びつくせないほどのボリュームである。


「蓮司くん。」


振り返ると、水着姿に着替えた美咲がこちらに歩いてきていた。

どんな水着だろうと期待していたが、彼女は大きなパーカーのようなものを身に着け、上半身から太もものあたりまでをすっぽりと覆っていた。

長い髪の毛も後ろで結んでおり、可愛らしいシュシュがチラリと覗いている。

ちょっとだけがっかりする蓮司だったが、美咲の性格を考えれば当然と思い直す。

それでも、首元から見える白い紐や、露わになった太ももを見るだけで、蓮司は胸がドキドキとするのだった。


「揃ったようだな、今そちらに向かう。」


ふいに、施設全体に声が響き渡った。

ドスの効いた声はスピーカー越しでも誰のものかわかる。九条だ。

しかし彼女はどこにも姿が見えない――と思った瞬間、目の前のウォータースライダーから浮き輪に乗った人物が流れてきて、派手に水飛沫を上げながら着水した。


「やあ、立花蓮司、古川美咲。元気だったか?」


激しく水を被った蓮司と美咲は、ぽかんとしながら九条のほうを向く。

彼女はあのゲームのときと同じ、真っ黒なビキニを身に着け、グラマラスな体を見せつけるようにポーズを決めていた。

その規格外の爆乳も、健在である。


「…何なんですか、一体?」


蓮司は顔にかかった水を払いながら、九条に言い放った。

美咲もぶるぶると子犬のように水を切っている。


「何って、プールに来たんだからウォータースライダーに乗らないともったいないだろう。」

「いや、そういうことではなくて…。」


大げさな仕草で歩いてくる九条に、蓮司はため息交じりに続ける。


「こんなところに呼び出して、何の用だって聞いているんですよ。」


九条は立ち止まると、品定めするようにしてふたりの姿を眺める。

ぐっと緊張感が高まり、蓮司は九条の次の言葉を待った。

しかし、出てきたのは全く予想外の内容だった。


「お前たち、最近はうまくいっているのか?」

「へ?」


蓮司はずっこけそうになりそうなのを必死で堪える。


「それは、どういう…。」

「どうって、お前たち付き合っているんだろう? 進展はあったのかと聞いている。」


美咲が隣で、もじもじと体を揺するのが分かった。

確かにふたりは付き合っているが、改めて言われるとなんだか照れくさい。

しかし進展って、もっとオブラートに包んだ言い方はないのか。


「ええ、まあ、仲良くやってますよ。」

「そうか、それは良かった。それで、もうキスはしたのか?」


キスだって――!

蓮司は体中から汗が噴き出してくるのを感じる。


「そ、そ、それは、まあ、いいじゃないですか。」

「なんだまだなのか。まさか、手も繋いでいないなんてことはないだろうな?」


九条の言葉に、蓮司はぎくりと背筋が伸びた。


「ふん。そんなことだろうと思ったのだ。」


九条は両手を広げ、くるりと振り返る。


「お前たちのことだ。どうせ大した進展もないのだろうと心配していたのだ。どうやら予想は的中したようだな。」


蓮司は言い返したかったが、事実なのでぐっと唇を嚙み締めた。

九条の言うとおり、ふたりは付き合い始めたのだが、まだそれらしいことは何もしていなかった。

夏休みに入ってから、毎週のように遊んではいる。

ふたりきりで花火も見に行ったし、図書館で一緒に宿題を進めたりもした。

美咲の買い物に付き合うのも、何だか新鮮で楽しかった。

それでも、まだ何というか、友達の延長という感じが抜けないのだ。

お互い初めての恋人ということもあって、距離の縮め方がわからない。

ひとつのアイデアとして、つい先日からお互いを名前で呼び始めたところではあった。


「そこで、今日はお前たちに親睦を深めてもらう場を用意したのだ。優勝賞品だと思って、思う存分楽しんでくれ。」


九条は再びこちらに振り向くと、不敵な笑みを浮かべた。

拍子抜けした蓮司は、思わず間抜けな声が出る。


「そ、それだけ、ですか?」

「それだけとはなんだ。」

「俺たちの進展を聞くだけで、あとはプールで遊べと?」

「そうだ。そのためにわざわざ貸し切りにしたのだぞ。」


蓮司と美咲は絶句して、どや顔の九条を眺めた。

忘れていたが、この女は本物の狂人だった。


「な、なんでわざわざプールまで呼び出したんですか?」

「夏だからに決まっているだろう。夏のデートと言えば、プールだ!」


会話が成立しない。

久しぶりの宇宙人とコミュニケーションをとっている感覚である。


「そんなわけで、あとは若いふたりに任せるとしよう。…ああそうだ、古川美咲はお色直しがいるな。」


九条が手を叩くと、どこからともなく黒服たちが現れ、美咲のまわりを取り囲む。

そして手慣れた手つきで、美咲が身に着けたパーカーを剝ぎ取った。


「き、きゃあああ!」


あっという間に美咲の水着姿が露わになる。

彼女の水着はビキニタイプのもので、白地にカラフルな花が描かれた可愛らしいものだった。

もちろん、あのゲームの時とは違いちゃんと面積のある水着だったが、それでも美咲の大きなおっぱいや、色っぽい太ももの大部分は露わになっている。

突然の出来事に、蓮司は心臓がぎゅっと掴まれたように飛び上がった。


「やだ、あんまり見ないで。」


美咲は恥ずかしそうに体を隠そうとする。

普段は当然ここまで肌を露出することはないので、蓮司も目のやり場に困ってしまった。


「カップルのプールデートなんだから、出し惜しみしたらもったいないだろう。あとは好きに遊んでくれ。浮き輪やボールはあそこにある。」


九条はそう言うと、ひらひらと手を振って建物の中へと消えていく。

プールサイドには、蓮司と美咲のふたりだけが残された。


「…な、何なんだろうね、ほんとに。」


蓮司がおずおずと笑いかけると、美咲も困ったように微笑む。


「まあ、びっくりしたけど、九条先輩は相変わらずみたいね。」


蓮司もふっと吹き出し、ぐるりと周囲を見回した。

確かに、誰もいないと美咲の薄着を気にする必要もないので、気は楽である。

九条の黒服たちもみな女性であったし、気を遣っているのかあまりその姿を見せようとはしない。

おそらく貸し切りのプールで遊べる機会など、今後一生ないだろう。


「せっかくだから、少し遊んでいくか。」

「うん!」


美咲がにっこりと微笑み――、ちょっとだけ怒った顔をする。


「…ねえ、蓮司くん。この水着、どう思う?」

「え?」


蓮司はその質問の意図を図りかねるが、すぐに理解し、慌てて言った。


「す、すごく可愛いと思うよ!」

「…ありがとう。」


満足そうな美咲を見て、蓮司はほっと胸を撫でおろした。


それから、ふたりはひと通りのプールで遊ぶことにした。

まずは屋内のプールで泳いでみたり、ウォータースライダーに乗ってみたりする。

それから、浮き輪を持って外のプールへと繰り出した。


「わー! すごく広いね!」


施設には、先ほど少し見えた巨大なウォータースライダーに、流れるプール、アスレチックのようなプールに、温泉のような場所まである。

とりあえず、ふたりは流れるプールへと向かってみる。

暑い外気もあるので、先ほどよりもプールの水がひんやりと感じた。


「ねえ、蓮司くん。こっち来て。」


プールでぷかぷかと流れていると、美咲が浮き輪持って声をかけてきた。

言われたとおりに近づくと、美咲は蓮司の頭からすぽっと浮き輪被せる。

そして、自分は水に潜ると、浮き輪の小さな輪っかの中から頭を出した。


「み、美咲!」


蓮司はびっくりして声を上げた。

浮き輪の中で、ふたりは密着したまま浮かんでいる。


「へへ、冷たくて気持ちいいね!」


いたずらっぽく笑う美咲の顔が目の前にあり、蓮司は胸が早鐘のように打つのを感じる。

彼女の大きなおっぱいも蓮司の体に密着しているので、嫌でもその感触がわかってしまった。


『プールデート、悪くないな…。』


蓮司は心の中で、はじめて九条に感謝する。

せっかくなので、このままふたりで思う存分遊んで帰ろう。


そう思っていたが、やはりそう簡単にはいかなかった。


「きゃあ!」


流れるプールから出て、ふたりで波のプールで遊んでいるときのことだった。

ふいに美咲が悲鳴を上げ、蓮司は振り返る。

すると、彼女のビキニのブラに、釣り針のようなものが引っ掛かっているのが見えた。


「なに、これ!」


釣り針はどこかから引っ張られるように、美咲のブラジャーを持ち上げる。

蓮司は慌てて傍へと泳いでいくと、急いでその針を外した。


「ああ、すまない。ちょっと釣りを楽しんでいてね。」


顔をあげると、そこにはビキニ姿の九条が、壁の上から釣竿を構えていた。

先ほどの釣り針の犯人はもちろんこの女である。


「釣りって…。こんなところに魚なんているわけないでしょう!」

「それもそうだな、失敬失敬。」


蓮司の叱責に、九条は悪びれる様子もなく立ち去った。

その様子に、蓮司は一抹の不安を抱える。


そのあとも、不審な出来事は続いた。

例えばウォータースライダーに乗ろうとしたとき、スタッフの黒服がこっそり美咲のブラの紐を解こうとしていた。

蓮司が気づいたので事なきを得たが、あのまま滑っていたら着水と同時にブラが外れていただろう。

アスレチックで遊んでいるときも、どこからともなくボールが飛んできて、美咲の胸に直撃した。

その弾力によってボールは跳ね返されたので何も起きなかったが、それでもぷるぷると震えるおっぱいを見て、蓮司はこぼれ落ちてしまうのではと気が気でなかった。

ともかく、遊んでいる間、美咲のおっぱいを狙う悪戯が何度も発生したのだ。


「ねえ、そろそろお腹すかない?」


当の美咲はというと、あまり気づいていないのか、すっかりプールを楽しんでいるようである。

彼女に促され、ふたりで食堂でご飯を食べていると、遠くからこちらを見つめている九条の姿に気がついた。


「ごめん、ちょっと待ってて。」


蓮司は立ち上がると、逃げるように立ち去る九条の姿を追いかける。

角を曲がったところで、九条がこちらに向かって仁王立ちしていた。


「どうした? お手洗いならあっちだぞ?」


とぼける九条を、蓮司はキッと睨みつける。


「さっきから、何かしてますよね? 何を企んでいるんですか?」


九条は肩をすくめると、白々しく答える。


「別に、ただちょっとしたイベントを用意しているだけだ。」

「イベントって、何なんですか?」


食い下がる蓮司に、九条は少し考えこむ。

どこまで話そうか、そんな迷いが表情から読み取れた。

そして、彼女は驚きの言葉を口にする。


「"ポロリ"だよ。」

「ぽ、ぽろり?」


思わず復唱する蓮司に、九条は大真面目に頷いた。

ポロリとはただの擬音語だが、ここプールでは別の意味を持つ。

すなわち、おっぱいポロリということだ。


「プールデートにポロリは定番だ。だが発生確率は極めて低いのでな。何とか人為的に起こせないか試行錯誤しているのだ。」

「な、なんでそんなことをするんですか!?」


動揺する蓮司に、九条は指を立てて解説する。


「お前たちの仲を進めるためだ。古川美咲は少し緩くはなったが、まだガードが固すぎる。何か外的要因で一線を越える必要があるのだ。」

「それが、ポロリだって言うんですか?」


話についていけない。

例のごとく九条の理論はとんでもない飛躍を見せている。


「そうだ。自分の恥ずかしい部分を見られて、初めて心を許せる関係になるというもの。お前だって、彼女のおっぱいを見たいだろう?」


その言葉に、蓮司はぐっと黙り込んだ。

もちろん、見たい。

彼女の大きな乳房がどんな形なのか、その先端にどんな乳首があるのか、知りたくてたまらない。

でも――。


「でも、美咲はそれを望んでいません。」


蓮司は九条にはっきりと答える。


「俺は、美咲が見せてもいいと思えるまで、待つつもりなんです。」


九条は呆れたように息を吐くと、やれやれと首を振りながら答えた。


「ふん。そんなもの、いつになるかわからんぞ? お前は古川美咲の彼女なのだろう? 素直におっぱいを見たいと言えばいいじゃないか。」


そんなこと、言えるはずがないーーと思ったが、蓮司は少しだけ考える。

やる前から諦めるのは良くないと、先のゲームで学んだばかりだった。

蓮司がおっぱいを見せてくれと言ったら、美咲はどんな顔をするだろうか。


「まあ、ポロリはそう簡単に起こせるものじゃないからな。何も気にすることはない。お前は思う存分、プールを楽しんでいればいいのだ。」


九条はそう言うと、颯爽とその場を立ち去った。

どう見ても引き下がっている様子がない。

今後も美咲のポロリに注意しなければならないと思うと、蓮司は気が重くなるのだった。


「おかえり。このジュース、美味しいよ。」


先に戻ると、美咲がフルーツの乗った鮮やかな色の飲み物を差し出しながら、笑いかけた。

彼女の笑顔だけが癒しである。

蓮司は美咲が傷つくことがないよう、しっかり守らなければと心に誓うのだった。


ご飯を食べ終わったふたりは、その後もプールで遊ぶことになった。

ちょくちょく九条とその部下がちょっかいを出してくるが、蓮司はそれを冷静に対処する。

悲しいかな、水着剥ぎ取りゲームでの経験が活きているような気がした。


「最後にあそこに行ってみようよ。」


夕方近くになったところで、美咲が指をさしたのはプールの横にある温泉施設だった。

水着着用のままで入れるので、ふたりで一緒に入ることができる。


「ちょうど良い暖かさだね。」


美咲は湯気のあがるお湯を手で揺らしながら、満足そうに微笑んだ。

温泉に入ると、なんだかほっこりする。

蓮司は体の力を抜きながら、横に並ぶ美咲をぼんやり眺めた。


「…!!!」


蓮司はふいに、美咲のおっぱいに目が吸い寄せられる。

温泉は座っても腰のあたりまでしか水位がないため、彼女の胸は水面の上にあった。

ビキニのブラでも収まりきらない大きな乳房と、深い谷間が目の前にある。

確か、Eカップだったよな。

先ほどの九条との会話のせいか、蓮司は思わずその神秘の膨らみを凝視してしまった。


「…! ちょっと蓮司くん、胸見過ぎ!」


美咲が口を尖らせたので、蓮司は慌てて視線を逸らせた。

しかし、彼女は胸を隠したりはせず、そのままの姿勢でじっとこちらを見る。


「…ねえ、蓮司くんもやっぱり、私の胸、見たいの?」


唐突な質問に、蓮司は頭が沸騰しそうになった。

急に何を言い出すんだ。

もしかして、見たいと言えば今ここで見せてくれたらするのだろうか。

いや、美咲がそこまで大胆とは思えない。

何と答えるのか、試されているのかもしれない。

おっぱいへの想いとまともな思考回路がぐちゃぐちゃになり、蓮司は目がぐるぐると回ってしまう。


「俺は――。」

「取り込み中のところ、失礼するぞ。」


蓮司を口を開いた、そのときだった。

どこからともなく九条が現れ、ふたりの前に仁王立ちした。


「な、なんですか?」


美咲が驚いたように聞くが、九条はにこりともしない。


「もう時間がないのでな。最終手段だ、私自らの手でポロリを成功させる。」

「はああ!?」


理解不能な宣言に、蓮司は度肝を抜かれた。

隣の美咲はポロリの話を聞いていないので、きょとんとした顔で蓮司と九条の顔を見比べる。


「では…悪く思うなよ。」


九条はそう言うと、おもむろに美咲の首元へと手を伸ばした。

そして、そのビキニの紐を掴むと、手前に引っ張ろうとする。


「ちょっ…! 何するんですか!?」


美咲は立ち上がって避けるが、少しだけ引っ張られたのか、ビキニの紐が少し緩んでいるように見えた。


「ええい。今日、お前はポロリをする予定なのだ。大人しくブラジャーを剥ぎ取らせろ!」

「意味、わかりません!」


ふたりはその前組み合うと、互いの体を押し込みあう。

そんな場合ではないのだが、蓮司はビキニ姿の女子たちの戦いを、じっくりと眺めてしまった。

どちらもおっぱいが大きいので、体勢が変わるたびにぷるんぷるんと揺れるのが実に眼福である。


「この、さっさと諦めんか!」

「嫌です! こんな風にポロリするなんて、絶対嫌です!」


ふたりは一進一退の互角の戦いを繰り広げていた。

しかし、ついに堪忍袋の尾が切れたのか、美咲が九条を思い切り突き飛ばした。


「えいいいい!」


九条は大きく後ろにのけ反り、温泉の床に足をとられたのもあって派手に転倒した。

温泉が飛沫のように舞い、少しして九条が顔をあげる。


「ふん…。やるではないか。」


九条は立ち上がると、再び美咲に向かってファイティングポーズをとった。

――しかし、美咲はそれに応じなかった。

驚いたように口を開け、呆然と九条の姿を眺めている。


「ん?」


九条がその視線を追い、自分の体を確認する。

今の彼女は、ビキニのパンツしか身につけていなかった。

ブラジャーは、先ほどの衝撃で外れてしまったのか、あるべき場所からなくなっている。

つまり、九条はおっぱい丸出しだったのだ。


「な、なああああああああああああ!?」


九条が慌てて腕を交差させるが、もう遅かった。

蓮司の目にも、その大きすぎるおっぱいの全貌が、すべて確認できた。

乳房は予想どおり迫力のボリュームで、メロンなどの果物と見紛うほどの大きさで重そうにぶら下がっていた。

そのピンク色の乳輪も大きく、乳房からさらにぷっくりと突き出て膨らんでいる。

乳首はその中心に、これまた大きなサイズで鎮座していた。


「み、見たな! 立花蓮司!!」


九条は顔を真っ赤にし、慌てた声で叫んだ。

かと思うと、両手で顔を覆い、悔しそうに地団駄する。


「あああ! 殿方に見られた! 見られた!」


普段からは想像もできないほどの恥ずかしがりっぷりだ。

超然とした彼女も、ひとりの女の子であったようである。


「ごめんなさい、九条先輩。私そんなつもりじゃ…。」


美咲も謝るが、九条は聞く耳を持たなかった。

顔を上げると、涙目のままで蓮司に言い放つ。


「こうなったら仕方がない。立花蓮司には九条家の家督を継いで責任を取ってもらおう。」


耳を疑う発言に、蓮司は素っ頓狂な声を上げる。


「えええ!? それって…。」

「そうだ。我が婿となり、九条家の一員となるのだ!」

「そ、そんな大げさな…。胸を見てしまったのは悪いと思ってますよ!」


蓮司は必死に弁明するが、九条は邪悪な表情で突っぱねた。


「乙女の胸を見ておいて、そんな謝罪で済むわけないだろう!」


いや、一体どの口が言っているのか。

今まで散々クラスの女子たちに恥ずかしい想いをさせてきたくせに。

蓮司は呆れ果てるが、今はそんなこと言っても仕方がない。


「ちょっと待ってください!」


美咲も口を挟んだ。

その顔はいつになく怒っているようにも見える。


「蓮司くんは、私の彼氏です! 九条先輩には渡せません!」

「うるさい! 乙女の貞操を奪われたのに、このまま引き下がれるか!」


美咲と九条は睨み合うと、またしても取っ組み合いの戦いになった。

自分を取り合って女の子たちが喧嘩をしている、と言えば聞こえはいいが、実際はそんな呑気なことを言っている余裕はなかった。


「ち、ちょっと! ふたりとももうやめ…うわ!」


蓮司は立ち上がると、ふたりを制止するように間に入ろうとする。

しかし、今度は蓮司が温泉の床に足をとられた。

ふたりを止めるつもりが、ふたりを巻き込んで温泉に突っ伏する。


「うわああ!」

「きゃああ!」


3人まとめて温泉に着水し、激しく水飛沫があがる。

蓮司は正面から突っ込んだので、硬い床におでこをひどく打ちつけた。


「いってーーー!!!」


蓮司は顔をあげ、あまりの痛みに悶絶する。

幸い血は出ていないようだが、しばらくは残りそうな痛み方であった。


「蓮司くん、大丈夫!?」


頭を抱えた蓮司を見て、すぐに美咲が立ち上がり、駆け寄ってくる。

蓮司は目を開け――夢見心地で頷いた。


「よかった〜。…どうしたの?」


安堵した美咲は、固まる蓮司の様子に首を傾げた。

しかし、蓮司はその問いには答えない。

目の前の光景に釘付けになっていたのだ。

ほんの数センチ先にあるそれは、現実のものとは思えないほど美しい。

頭を打ったので、幻覚でも見ているのだろうか。

いや違う。

そこにあるのは、間違いなく、美咲のおっぱいだった。


「あ…。」


美咲も自分の状態に気がついて、声にならない声を上げた。

彼女のビキニのブラは、首元の紐が解けてだらりと垂れ下がっている。

本来彼女のおっぱいを守護するはずのカップも完全に裏返り、細い腰のあたりでぶら下がっていた。

美咲のおっぱいは何物にも隠されず、生まれたままの姿でそこに存在していたのだ。


『み、み、美咲の、おっぱいが…!』


蓮司はあまりの衝撃に息が止まったように口をパクパクさせた。

うまく呼吸ができない。

でも、このまま死んでもいい。

そう思えるほど、目の前の美咲のおっぱいは魅力的であった。


大きな乳房は釣鐘型に整っており、若々しく張りを保ったままそこにあった。

その中心にある乳輪は均一で美しく、まるで雪のように白い肌に、淡い色味がちょっとだけ染まっているように見える。

そして、その中心に咲き誇る乳首は綺麗な桜色で、天と対峙するようにツンと上向きに飛び出していた。

至近距離から見ているため、蓮司の目にはそのきめ細かな肌の質感や、それが乳輪へと変わる境目の淡い色味、ぴょんといじらしく隆起する乳首の隅々までもをじっくりと観察できる。

ここ最近は色々な人のおっぱいを見てきたが、美咲のおっぱいが、今まで見た中で一番の美乳だと言いきれた。


「あ、だめ、見ないで…!」


美咲が腕で胸を隠そうとする数秒間も、蓮司の目はその能力以上に機能し、コマ送りのようにそのおっぱいの一挙手一投足を見逃さない。

ぷるぷると揺れるその乳房は、一体どれだけ柔らかいのだろう。

その先端で色づく乳首を、忠実に脳裏に焼きつける。

温泉の湯気がまるで鱗粉のようにきらきらと輝いており、人間の手では作り出せない美の極致を演出していた。


それ以上は、蓮司の頭がついていかなかった。

ただ美しい。そしてエッチだ。とてもエッチだ。

そんな言葉ばかりが、ぐるぐると脳内を埋め尽くしていった。


「やだ…。恥ずかしい…。」


美咲は顔を真っ赤にしながら、静かに羞恥に耐えていた。

胸を隠す手が震えているのがわかる。

彼女の誰にも見せたことのないおっぱいは、ついに蓮司の目に晒されてしまったのだ。


「ふん、痛み分けか…。」


九条も立ち上がると、落ち着いた様子で自分のブラジャーを拾いあげ、すばやく身に着けた。


「私としたことが、取り乱してすまなかった。今日はお前たちの仲を進めることが最優先であったな。先ほどの世迷い言はすべて忘れてくれたまえ。」


九条はそのまま立ち去ろうとし――、くるりと振り向いて蓮司を指さした。


「立花蓮司、覚えておけ。うちの優秀な部下たちが、必ずお前の記憶の一部を消去する装置を作り上げるだろう…!!」


鬼気迫る表情に、蓮司はひいっと小さく悲鳴を上げた。

胸を見られたことは全然許していないようだ。

あの女ならやりかねない――と思ったが、奥のほうで黒服たちが右往左往している様子を見て安堵する。

いくら九条でも、ファンタジーな代物は作れないだろう。


「ねえ、蓮司くん…。」


美咲に呼ばれて振り返った蓮司は、また卒倒しそうになる。

彼女はブラジャーを手で押さえ、結ばれていない首元の紐をこちらに向けている。


「結んで…。」


蓮司はこくりと頷くと、震える手でその紐を結んでいく。

先ほど、このブラジャーに隠された、美咲の生のおっぱいを見たのだ。

そう思うと、とても落ち着いて作業などできない。


「あーあ、見られちゃったなぁ…。」


ふいに美咲が小さくこぼした。

恥ずかしさとか、切なさとか、色々な感情が詰まった言葉だった。


「…ごめん、俺のせいで。怒っているよね?」


おずおずと声をかける蓮司に、美咲はふるふると首を振った。


「で、でも。恥ずかしかったんじゃないの? 俺におっぱいを見られたの。」

「もちろん恥ずかしいよ! 恥ずかしすぎるよ! でも…」


美咲はそう言うと、くるりと顔だけあげて蓮司のほうを見つめる。


「でも、蓮司くんのこと、好きだもん。だから、いいのよ。」


その瞬間、蓮司は昇天した。

この子は天使だ。

その天使のおっぱいを拝み、その上で好きだと言ってもらえるなんて、前世でどれだけの徳を積んだのだろう。


「ねえ? 大丈夫? 結び終わったの?」


美咲が何度も呼びかけるが、蓮司が正気に戻ったのは、しばらく時間が経ってからであった。


*******************************************************


「ごめん、お待たせ。」


美咲が更衣室の扉からパタパタと出てきた。

白いワンピースの裾がはためき、彼女は手にした麦わら帽子を小さな頭に軽く乗せる。


「ううん。俺も今出たとこだから。さあ、帰ろう。」


大量の黒服たちが整列して手を振る中、蓮司たちはレジャープールを後にする。

もうすっかり夕方だ。

最後に振り返ると、建物の2階から九条がこちらを見下ろしているのが見えた。

彼女は何やら手でサインを作ると、いつものように不敵に笑って去っていく。

彼女なりの挨拶なのだろう。


「今日は楽しかったね!」


微笑む美咲の顔を、蓮司はじっと見つめた。

そして、意を決して、彼女の小さな手を掴む。


「わ!」

「楽しかったね。来年もまた来よう。再来年も、その先も、ずっと。」


蓮司の言葉に、美咲の顔がぱっと輝いた。

夕日に照らされて煌めく瞳は、どんな宝石よりも美しい。


「…うん!」


美咲の嬉しそうな声が響き渡った。

ふたりは仲良く手を繋いで、ひぐらしの鳴く緑道を歩いて行った。

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