すれ違い

 今まで何となくで合わせていた電車の時間をラインで送って、週末になったら電話する。いつもは一人で楽しんでいた空模様を初めて共有したいと思った。文化祭は一緒に回って、くじ引きで隣の席になった。満月の次の日に室内で画面の月を見ながら月見バーガーを一緒に食べた。あっという間に過ぎた1か月はすれ違いを上手に隠していた。


「………」

「………」


 無言でスマホを触る君を無言で見つめる。一人で話し続ける会話はもう30分前に諦めた。気分の上がり下がりが激しい人ではあったけど、ここまでひどいのは初めてだ。どうすればいいか分からないまま駅に着く。いつも手を振って別れる所でも君は振り返らずに帰っていった。いっそ雨が降っていればよかったのにと思いながら晴れた夜空の下、一人で電車と揺れる。


 次の日、いつものテンションに戻っていた君と話しても、変なスタンプを送られても私の心は晴れなかった。あの日の事がなかったように世界が回る。君はそう振る舞った。相変わらず毎日電車で話したし、電話もした。確認する勇気がなかったから私もあの日の事をなかったことにしてしまった。心に小さな楔を残したまま。


 テスト期間に入ってすれ違いは最大になった。今まで途切れたことのなかった会話を続けるのに必死になるけど、君はスマホのほうを見続けていた。一人で電車に乗ることが段々増えて行って、私は焦ってしまった。君の帰るタイミングを窺って放課後まで無駄に残ったり、会う機会をつくろうとした。追えば追うほど、君が離れていくことに気づけないくらい愚かだった私への罰。毎日がしんどかった。


 恐い気持ちを何とか抑えて君と話し合ったけど、すれ違ったまま時間が過ぎる。席替えで唯一の接点すらなくなった君はクラスの誰よりも離れていた。少し解放感があったことに驚いた。


 でも私は許されなかった。教室に入ると隣の席に君がいた。どうしてか聞けないほど冷めた関係。その日の夜に送った『朝来た時隣にいたの嬉しかった』というラインに返ってきたのは既読の二文字だけだった。


 毎朝、重い気持ちで登校する。教室に入るのが恐い。授業で関わる時以外ずっと話さない君の隣に座る。挨拶くらいしようと思って学校に行くけど、無言のナイフが首元に当てられて、何も言えずに一日が終わる。


 二週間たったころ、とうとう私に限界が来た。放課後私以外の人たちと楽しそうに話している君を廊下に呼び出して一言。


「別れませんか?」


 いろいろ考えていたけれどこれ以上言葉が出なかった。そのあと自分でも分からない会話をして別れる。教室に戻るまで君の声は一つも揺らがなかった。


 君を見届けた後、誰もいない廊下に座り込む。足に力が入らない。不思議なことに振った私の方が失恋していた。君からしたらとっくのとうにだろうけど。


 別れたからってすぐに楽になるわけじゃない。好きな気持ちは少しも消えてくれないし、相変わらず隣の席には君がいる。次の席替えで引いたくじは君の隣を示していた。普通に話せるくらいには少し仲の戻った君は三連続で隣だったことにはしゃいでいたけど、上手く笑えなかった。


 そこからほとんど関わりのないまま、というより意図的に関わらないようにしたまま学年が変わる。


 吹っ切れたふりをし続けた三か月。君とクラスが別れたことで苦しさと安心が心の中ですれ違う。

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梨の果実 和音 @waon_IA

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