梨の果実

和音

告白



「俺じゃダメ…かな?」


 口から離れたその言葉が空気を変える。ショッピングモールの中にあるカフェに入ってから2回は見送った言葉がようやく相手に届く。ここまで口が重かったことも時間がゆっくりに感じたこともない。彼女の顔を見るのが怖かった私はストローに口をつけて目の前の窓に視線を向ける。隣に座る彼女も真似をするが、このことを見越して半分以上残しておいた私とは違い、ほとんど空のコップはズゴゴと音を立てる。彼女の恨みがまし気な視線を横から受け、謎の優越感に浸りながらちびちびと時間を稼ぎ続ける。


 10分ぐらいに感じる無言の時間が流れるが、実際は1分も経っていないのだろう。残り4分の1になったコップをそっと置く。


「返事はまた、今度でいいから」


 そうして店から出る準備をしだした私を呼び止めるのは彼女の声。


「………」



 だめだ、思い出せない。ある夏の日、急に決まったデートで告白したことも、自分の言葉も違わずに覚えているのに。君の言葉がほとんど記憶から消えている。そのことに気付いた私は筆をとった。一番の席に堂々と座る君の事を覚えているうちに。


 出会ったのは中学の修学旅行。搭乗待合室で暇つぶしのスマホゲームをしていた時に話しかけられた時だと思う。その前にもクラスメートとして話したことは何回かあったが、一人の人間として認識したのはこの時だ。何となく君もそれくらいの時期に私を認識し始めていた気がする。


 今まで入っていた部活を辞める選択をしたばっかりだった私は次のコミュニティを探していた。当時仲の良かった友達が所属していた部活に誘われたのもそれくらいの時期だったはずだ。修学旅行中に君と話す機会が何回かあったが、印象は変な人だった。当時、君には付き合っている人がいることもあって恋愛対象ではなく友達のように仲良くなっていった。


 私が科学部に入った頃、君は新しいものが好きなのか教えるのが楽しかったのか私に色々な事を紹介してくれた。うちの学校が保有する山に入ったり、新しく入った部活以外にもいくつかの部活と顔つなぎをしてくれたり。割と常識の中で生きてきた私にとって君は奇想天外な事をしようとする。山の中でクリスマスパーティーをしたり先生の事を本気で推したり、君はいつ見ても忙しそうで楽しそうだった。私はそんな君の変な部分が魅力的に見えた。


 たくさんの事を紹介してくれた流れで私たちはよく一緒にいるようになった。通学路もクラスも部活も一緒だったから毎日が楽しかった。その中でも電車の中でするくだらない話が、その時間が大好きだった。君が選んだからという理由で大学受験の社会科目を選択したし、君の成績がトップレベルに高いことを知って勉強を頑張った。下から数えたほうが早かった成績がじわじわと両手に収まるくらいの順位まで上がったときには私はなんて単純な人間なんだろうと少し面白かった。君が得意だったことのいくつかは上達しなかったけど、一緒にいるだけで人間として成長できたのを実感していた。


 出会ってから季節が逆転し、夏休みが始まった頃。私はとうとう道を踏み外してしまった。スイカと同じように破裂するのかとテニスボールに延々と輪ゴムを巻いていた時、タピオカを飲みに行こうという話の流れになった。それは文化祭の準備中、仲の良い数人で黒板いっぱいに描いたやりたい事リストの一つだった。大型のショッピングモールに行けば一つはあるだろうと、当時でさえ流行の過ぎたタピオカ屋に目星をつける。早速行く日を決め、何人か誘った。


 案の定というか半ば作為的というか人は集まらなかった。そこから私が誘った事がきっかけになり、二人で行くことになった。昼前に集まり、タピオカを飲む。思ったよりおなかいっぱいになりながら昼ご飯。デートの中でいくつかの手ごたえを得た私はついに冒頭の流れへと持っていく。


 返事にまるをもらった私は、少し奇行。帰り道、二人ともだいぶテンションの高い状態での会話はいつもより緊張した。『推し』と同じくらい好きという言葉をもらった時は流石になんて返したらいいか分からなかったけど。


 幸せだった。

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